第27話
少しして岳田、芒野、道野の三名が賊集団の側に集った。
近隣住民を含むこの集団は少々精力的であるため協議中は耳に障らぬよう一時停止状態にしてある。
岳田が口火を切った。
「さて、旧二番組の一次報告会だな」
言いつつコートの内ポケットから手帳サイズのリングノートを取り出す。芒野はすでに所持してペンも持っている。
メモを見ながら岳田が話す。
「先程まで調べていた靴裏だがな。こちらに来る前に公園内で型を取っておいた」
「地行の!行使できるようになったのですか」
「先日やっとな。だがまだまだだ、出来るときと出来ないときの差がわからん」
「一度でも出来たならば希望が見えますよ!」
興奮しながら芒野が岳田を祝う。
少々失礼な言動がみえるがそれも仕方のないことだった。なんといっても陰陽寮式気組の岳田といえば武術一辺倒で探査封印捕縛とその他術式を一切使えない”ホウシ”陰陽師としてそこかしこで有名だった。最初は陰陽寮の仲間内で。事案に関わるごとに外へ広まり、とある一件で一気に世界へ広まった。
ホウシは法師でも奉仕でもなく鋒矢である。
他に技能がなく攻撃式に傾倒した術者を指して鋒矢術者と呼ぶ場合がある。岳田は陰陽寮所属であるので鋒矢陰陽師というわけだ。
だが岳田がただの鋒矢術者ならば小隊の長には収まることはなかっただろう。
彼女が得意とする攻勢術式は破壊。
彼女の拳は血族や一定の基準で選別されたもののみが通行できる特殊な結界をも破壊できる。
問題があるとすれば彼女に可能なのは全破壊のみで、ちょこっと行き来するだけの小さい侵入口を作るなどという器用な真似はできない。壊せば大混乱が引き起こされるような場所へ行きたい場合は他の陰陽師を総動員して保全にかかる。
1か0か。極端ではあるが非常に有用な技能である。
数年を遡る事例ではあるが、主犯の自害を許したとき陰陽寮では彼女を頼って彼岸と此岸を遮断する境界を打ち壊した。此岸とは現世を指し、彼岸の対義語に位置する。
なんとか、被疑者が月光菩薩の御前に到達するまえに確保することが敵ったが事件解決が成った際に月光菩薩の顕現があり現場責任者だった逢馬と顧問官であった砂北翁が絞られた。一応、陰陽寮で随一の術者である砂北という老術者と死霊への融和性に優れる鯨間徹が揃っていたからこそできた芸当であるが一歩間違えば現世の崩壊を招いたとの叱責を受けていた。
だがそれは岳田が成すことが出来た上での方策。
本来、何をどうしても彼岸への結界は壊れない。
罪咎の裁定者たる閻魔大王、現世では月光菩薩としても働くオーバーワーク気味の、、。ともかく彼の菩薩でも不可能なことだ。
過去に地獄の蓋をあけ現世に混乱を招いた者たちも死者を紐のついた条件付きで呼んだのみで現世で自由に動けるよう解き放った事例はない。また生者を魂が肉体に宿ったままで彼岸に踏みこむことに成功した事例もない。
小野篁が往来していたのは月光菩薩の業務秘書としてであり位置としては彼岸のギリ手前である。その上で彼の御仁は幽体離脱して裁定の間に立っていた。
そんなわけで誰もが諦めていた、岳田が調査術式を使うことに芒野が驚くのも無理からぬ話である。
「で、収穫は」
尋ねられた岳田がわずかに、だがしっかりと頷いた。
「ほぼ無い。だが一つだけ、いや一組か。足跡が合致してる」
岳田がこの術者界に入って初めて自分で掴んできた証拠だ。だが取り乱してはいないものの瞳が揺れ幾度も唾を飲み込む様子から動揺していることは容易に窺い知れる。
相対する芒野も気がついているが歴戦の戦士たる先輩術者が心を乱す原因を未だ聞いていないため行動の起こしようがない。
岳田が話を先に進めないために彼が続きを急かす。
「誰の靴で、跡はどの辺りにあったものですか」
靴足の証拠が一組と呼ばれたとき、一組とは左右一足ではなく芒野が述べた靴裏と判のように押された靴跡でもって一組と呼ばれる。
本事件は樹木の盗掘もあるが表社会で大きく取り扱われるのは誘拐のほうだ。誰の足跡が見つかっても大きな一歩であることは疑いようがないが。
はたして。
「いま頭を下げてる現場の頭分だな。警察の出入りする捜査本部の近辺で踵の欠片があったようだ」
「踵のですか」
岳田の伝えてきた成果に芒野も嫌な予感が隠せない。
急に寒気がしてきたのも気のせいだけには収まらないだろう。
この場の空気と動きを支配する頭分が術者でないはずがない。現場労働者にも術者が混じっていたこともある。証拠品の映像や捜査官たちの記憶にも手が加えられている。ここまで揃えば今だって捜査本部や岳田、逢馬の監視が継続して為され盗掘を実行した術者たちの手の上を出られていないことは明白だ。
だが、そんな現場は陰陽寮にあっては日常である。
魚人族がタンカーを沈めた事件、森林の杣人族が縄張り争いで対立種族の山を放火した事件に貴金属強盗をした火山の山人族が火山の下へ逃げるなど、昔ながらの騒動のほか最近では現代社会に合わせて他種族が引き起こす事件も多様化してきた。
当然、これらの現場では海で魚人族を追い、森林で杣人族を探し、活火山の付近で山人の動きを見る。彼らは各々が棲所のある環境で猛威を奮う行へ極めて高い親和性を持つ。
魚人族は水と金、杣人族は草と火、山人族は土と灼。これらを遮断し遠ざけねば情報は漏れ、身の安全すら危ぶまれる。
なにも持たぬ普人族の術者が監視してくる程度で平静を失うような陰陽師ではない。
平静を失った動揺が移った芒野が重視するのは残っていた痕跡が踵であるという点だ。
先程も盗聴防止に岳田と竹林庵の二人で踵に彫込を鋳れた靴の踵で術式陣を描いたばかりである。靴に細工するという知識は実際加工が面倒だという実務的な理由と見た目が地味という術式を修める者からすればあまりにも理想を砕くと、いう観点や認識もあって広まっていない。
理想より実務を取るのは陰陽寮を除けば無駄の排除に狂信的な一部の研究者くらいなものである。
「岳田さん、踵の彫りは何型でした?」
地面に跡を残す鋳型とも言われる靴に造られた形が複雑であればあるほど術者の程度は下がる。複雑な術式は強力極まりないがその効果の発現のみに特化し応用は利かない。岳田や竹林庵の履く靴に見る正三角形など彫られた型が単純であれば応用は自由だ。
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