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逢馬ヶ刻〜陰陽師奮闘譚  作者: 静ヶ崎 顯
術師翻弄
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ストック無くなるまでは毎日投稿します。

 時間は少し巻き戻る。


 時刻は23時半ばを少し回ったくらい。

 霞が関近郊の小さな林にある陰陽寮で所属員の逢馬文秋(おうまふみあき)はうどんタイプのカップ麺にお湯を注いでいた。

 逢馬は中年で痩せ形の男性だ。

 紺色のズボンに白の綿シャツ。

 長袖を肘まで捲り上げて机に頬杖をしている。


 無精ヒゲが薄く頬を覆う。

 どこを見ているのか、何となく覇気の薄い顔つきで目も焦点が合っていない。

 それでもお湯は溢さず内側の線までキッチリ入れて蓋を戻す。

 重石に使うのは目の前にあったネームプレートだ。

 橋賢(はしかた)、と書かれている。


 カップ麺は、先日大阪で小石が降った異常気象を抑えるため派遣され、お土産代わりに3箱買って送った残りだ。

小さなことだが日本のカップ麺は地域で少し味が変わる。

 関東のうどん・そばの出汁は塩辛く、関西の出汁は薄目の出汁主体のつゆになる。

 口当たりも味覚に優しい甘口だ。

 たぶん、鰹メインの出汁か、昆布メインの出汁かで微調整がされるのだろう。


 ピピピッ!ピピピッ!


 4分が経過したことを知らせるアラームが鳴る。


「お土産でカップ麺しか送んねぇからモテねぇんだろうなぁ」


 ふーっ、ずぞぞ。

 ふーっ、ゴっクっ。


「そんなことないですよ」


 そう言いつつ、逢馬に比べて若目の男性が隣で同じ銘柄のカップ麺を啜る。


 ずぞぞ。


「逢馬さんは空気が読めないし、爺さんたちとばっかり喋るからモテないんです」


 上げて落としに来た彼は鯨間徹(くじまとおる)

 明るく快活な男で今年、廿にじゅう九になる。

 服装は明るい水色の長袖のワイシャツである。

 此方は袖を伸ばして手首をボタンで止めている。


 逢馬はそれなりに経験を積んだ陰陽師だ。

 いくら服装がだらしなくても、覇気の薄い顔をしていても、である。

 同じく、ビジネスカジュアルを決めている鯨間も陰陽師である。

 他にも数人が辛気くさい顔でカップにお湯を注いでいる。


壁には標語が額に入って掲げてあった。

《一切の事象に偶然無し》

見るからに豪壮な筆跡である。


陰陽師は日本が世界に誇る退魔師であるが今の季節から察するに元旦年末年始は寺社仏閣並みに忙しくても不思議はない。

それが何故、会議室でカップラーメンを啜っているのか。

 端的に述べるならアミダくじに負けたからである。


 そもそも、長期休暇は取りやすい職場であるが年に数回、休暇の取りにくい激戦期間が存在する。

 一つが謂わずと知れたお盆の時期。

 お盆は現世で生きている人たちの先祖の中でも未だ六道に囚われている、若しくは輪廻に還らずにいるもの達が現世に観光でやって来る期間である。

 毎年、帰りたくないと居座る霊が多く一定量はキュウリとナスが灯籠と協力して連れていくのだが、なにぶん近年では伝統が薄れ気味だ。

 帰り盆のアイテムであるキュウリのうまとナスのうしは勿体ないとか言う、よく解らない理由で作られなくなっている。

 陰陽師的には作り物で佳かったし、午や丑の人形を供えてくれるならそっちの方が良いのだが。

 何より野菜で作ったとしても、そのあとは火を通して食べればいいのにとも思ってしまう。

 そんなこんなで手が回らなかった未送還者を処理するお鉢は陰陽寮に回ってくる。

 およそ、十月前後まで未帰還の霊たちの世話で奔走させられるのだ。


 年によって閏年だったり、京都の花鎮祭を失敗ったときなど様々あるが固定の激戦期間はもう一つある。

 そして、その激戦期間こそ正月を挟んだ年末年始の休暇期間である。

 この時期は年が変わる節目であり、善悪を問わず、一般に霊と呼ばれるものたちの力の消耗量がリセットされる日でもあるのだ。

 海外では本人が生まれた日を誕生日としてリセットする日としていることも多々見受けられるが、日本では正月こそが焦点にして厄日である。

 そして、リセット日の本命である除夜の鐘と元旦は陰陽寮の所属員たちの損耗が高く成る日でもある。

 多いときで留守役の3/4が死傷した記録も残っているほどだ。


 毎年恒例の正月アミダ、通称を犠牲アミダと呼ばれるくじは時空操作を始めとした視力属性の使用が禁じられている。


 上層部曰く

「普段から素での直感を鍛えろ」

 として新生陰陽寮の誕生以後、明治後期から約140年、犠牲アミダは続いてきた。


 犠牲アミダの選出数は2部隊八名~十名。

 それと、通信本部として各部門から何れかの部門長が一人。

 年によって調べ物専門の部隊と視力属性の部隊が選ばれて惨事となることも、ままあった。

 調査職が2部隊選ばれて、出撃は戦闘専門の部門長が赴くなど、判断は年、長によって様々である。

しかし、特に何も問題が起こらなかった年はそもそも部隊が文官畑で揃うなど、最悪の事態だけは起こらない。何者かに操作されているような感覚を覚えるが、日本國を守護せし陰陽師たちにとって害であったことは無いため、詳しい研究は為されていない。

この辺りも《一切の事象に偶然無し》という標語が扁額に選ばれる所以であろう。


 今年は戦闘専門の部隊が2部隊、選出されている。

 逢馬の所属部隊と鯨間の所属部隊である。

逢馬が最後に残った麺を啜る。


「ってか、おかしくねぇか?」


 訝しげな逢馬の疑問に周りが反応する。


「なんが、じゃ」


 ジジイ然とした初老の男が応じる。


 髪に白いものが混ざった彼は鯨間綴くじまつづり

 さきほどの徹の父親である。

 筋骨隆々といった風情だが彼の風貌で特異な点はそこではない。

 現在、事務フロアでほぼ全員がカジュアルスーツであるなか、彼だけが和装である。

 濃い灰色の上衣と同色の袴、柿渋の袖無し羽織。

 そして右腕だけ総金属で象られた籠手。

 なにより目を引くのは露出した肌が古傷で埋め尽くされていることである。

 薄桃色の色素が定着しない傷跡のこる肌。

 顔も同様で額、耳、口許とあらゆる場所に傷がついている。

 極めつけは、その右目である。

 眼球に傷こそないものの、瞼で塞がれず眼帯もない光を失った様で白濁の瞳を周りに見せている。


「いえ、徹が犠牲アミダに引っかかったのが不思議で」


 逢馬は首を捻る。


「こいつ、霊たちからも認められるほど運がいいはずなんすよねぇ。被弾ばっかりしてるオヤジさんとはちがうんですよ」


 逢馬はそう言って徹に眼を向ける。

 わざわざ座っていた事務用の回転椅子ごと体を徹に向けてまで、である。


「幸運の徹、のアダ名は伊達じゃねぇだろ」


 逢馬の疑問も、もっともだった。

 鯨間徹のプライベートでの趣味は宝くじの当選記録保持である。

 宝くじは日本で認可されている賭け事のなかでは、一番当選確率がシブい。

 それもあって鯨間は新しい宝くじが売り出されるたびに陰陽師仲間に属性、旧時代では五行と呼ばれていた超常能力を一時的に封印してもらい、その上で宝くじを買いに行くのである。

 ちなみに、本人の好意で当選金の半金は別口座に保管して要所節目での呑み会では、そのお金が使われている。

 そして当然のように鯨間を組員に持つ部門組は彼以外にくじを引かせない。

 逢馬としては、そんな豪運を持つ男が犠牲アミダを外したことが不審でならなかった。


「二番組は、アミダ誰が引いたんだ」

「今年は油断して紅白やら何やら録画予約してないのぉ」


 逢馬と綴は、半ば暇潰しでぼやく。


「ゎるかったわねぇ」


 すると、期待していなかった愚痴に返事が返ってきた。 

ルビ振りってこんなに難しいんだ…

他作者さま方の労苦に改めて頭が下がります。


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