逃走開始
羞恥に焼かれながらも理性の賜物か、これからのことが頭を駆け巡る。現実逃避のような気がしなくもないが気も紛れるし、生産性があると思う。こうやって理性に縋り付いていれば恥も周りの目も多少だが気にはなくなる。
まず僕らがすることは相手に見つからずにここを放棄し、別の場所を本拠地にすることだ。それも説得力を持たせるためにある程度は防衛陣地としての体裁を整えなければいけない。それも出来るだけというか早ければ早いほどいい。ゴブリンは一夜持たせることは無理筋なので前世での歴史に挑戦することになるだろう。ただ戦国時代の武将と違いここは異世界で魔術が存在する、隠密性に注意を払えば可能ではあるはずだ。
(しかし相手を混乱させるなら場所は複数用意したい。でも……)
懸念があるとすればゴブリンたちの趨勢、もしも偽装にと定めた場所へ敵を引き連れてしまえば野戦になるだろう。防御の要であったゴーレムはコアの守りに置いていくので正面衝突は避けたい。だがかといって大勢のアンデットをぞろぞろと連れていく訳にはいかない。見つかる可能性をより少なくさせるために知恵もあり格もある魔女やスケルトン、吸血姫だけになるだろう。コアから離れるために召喚も使えなくなるので急な増援、後出しで有利に運べるような存在を都合よく喚ぶこともできない。
なので各個撃破されないためにもまずは一箇所を開発し、ある程度は防衛能力を備えておきたい。一気に攻め落とすにはちょっと、と悩ませるくらいには。
(数がいれば陣地構築もはかどるだろうけど、安易に低級のものを増やせば見つかる可能性も跳ね上がる。知恵も乏しく命令の意図をきちんと読んでくれない存在を増やしても厄介ごとを抱え込むだけだ。でも少数精鋭といっても相手に勝つことができないのに少数のままなのも……ああ、悩ましいにも程があるがーー)
それも逃げ出すことが出来ればの話。まだそもそも悩む段階ではない。今はゴブリンに注意を引いてもらいつつ、ここを脱出することに専念するーーと言っても持っていくものは皆無で、着の身着のままでの逃走だ。僕は念には念をいれてというか未だ兵士の格好のままだし、万が一見つかってもいいように連行されているという状態にするらしい。
「では行きましょうか、時間が惜しいです」
「そうですな。頼みましたよゴーレム」
そしてモヤモヤしていると魔女が意を決し、スケルトンがゴーレムへと軽く声をかけているようだ。僕は塞ぎ込んでいた顔を上げると吸血姫と目があった。
「さあマスター、行きますよー」
そして優しい優しい声色で僕へと手を差し伸べてくれるが、目がほんの少しだけ小馬鹿にしているように弧を作っている。気にしすぎか被害妄想かもしれないが、羞恥にまみれてしまった僕の心にはそうとしか認識できなかった。スケルトンも骨で表情がないのにぎこちなく見えるし、ゴーレムもわざと気にしていないように動きがない。魔女も背を向けているのは表情を読まれないようにしているのではないだろうか。
「ああ」
でもきっと気にしすぎだろう。見つかれば劣勢、誰かを囮にして逃げることになるか、それとも全滅覚悟の決戦か。そんな作戦をやろうというのに僕のあのアホな行いだけで緩みきる訳がない。そう、きっと僕の思い込みに違いない。
僕は頭を振って邪推を払い、吸血姫の手を取って立ち上がった。
「ではまず使い魔ちゃんを偵察で先行させつつこちらも移動を開始しましょう、脱出する方角と場所を決める方向で。もっと慎重に行きたいところですが、問題ありませんね?」
「はい。時間がありませんしね。周辺調査も付近だけにせず派遣していれば良かったのですがーー」
「まあ後悔しても遅いし、取り戻しながらいきましょうよ」
そして口を挟む間も無くテキパキと進行していく脱出劇。僕は手を引かれる子供のように置いて行かれないよう、遅れないように先行しだす三人に集中してくことになった。
我ながら情けないというか、一応はダンジョンマスターなのにというか、適材適所だしと言い訳するが、既にコアから離れ出している以上そんなアドバンテージも消えていく。僕はこれから何で何をやっていけばいいんだろうか。
「少し止まってください、使い魔ちゃんの目視で敵がいないか確認します。スケルトンも生者の気配を確認してください、擬態されている可能性もありますしゴブリンも居て難しいしょうが大体の位置が知りたいです」
「わかりました」
「こっちも一応鼻で探してみるよ、分かんないと思うけど」
「はい、お願いします」
出入り口付近で止まって僕だけは小休止状態。あまりこの考えに至りたくはないがお荷物状態ではなかろうか。
「僕も探知とかで探してみようかーー」
「マスター、魔力の使用はお控えください。回復に専念してもらいたいですし、下手に悟られても困ります」
「あ、はい……」
完全にいらん子かもしれない。魔術の封じられた魔族なんてどうしようもない存在だ。特に僕は魔術に依存した性質、というか自分の取り柄が前世の知識を活用した魔術だったので選択肢がかなり消える。まあもし、完全に制限を解除したとしても規格外な存在達の足元にも及ばない。もしかすると、というかスケルトン達にも勝てない疑惑だって十分ある。
それほどまでに僕は戦いに向いていない。前世での感覚が地続きにあって、この異世界での戦闘に適応しきれていない具合だ。物理法則に依存、模倣したものでは理不尽に対応しきれないのである。もちろん上手く噛み合えば無双もできるのかもしれないが、こと戦いにおいてそこまでの対応力や頭脳やセンスを発揮できない。重要な場面に限って心臓が暴れたり、注目が集中すると喉が自分のものではなくなる自分にふさわしいとは思うが足を引っ張っている。
「スケルトン、使い魔ちゃん達から連絡が来るまでに知識を入れておきたいです。アンデッドの感覚ではどの方角が怪しく、距離はどの程度離れていますか?」
「良い知らせではないのですがゴブリンの数が予想以上に減っていたので案外楽に分かりました。あっちに敵はいますね」
「……そうですか、ゴブリンのボスはまだ?」
「はい。こちらもボスの強く荒々しい生命力を感じているので偽装の可能性は低いでしょう」
「なるほど、吸血姫はどうですか?」
魔女がそう聞くと吸血姫は鼻を鳴らすのをやめて難しい表情を浮かべた。
「スケルトンの言い分が間違ってるとは言わないけどそれにしては血の匂いが薄すぎるかな、本当にそんなに数が減ってるの?」
「どうゆうことですか、吸血姫」
「それはこっちも知りたいかなー、散らしてるとか?」
「ボスはまだ健在です。血を流さずに倒す方法を彼らがとっていると考えるべきでしょう」
「そうですね、スケルトンの言う通りかもしれませんが今は置いておきましょう。使い魔ちゃんから視覚的な情報が入れば精度も上がるでしょうし、移動を開始するのが先決です」
そうして各々が魔女の言葉に頷き、移動を開始することとなった。肝心の方角もあらかじめ話し合っていたのか、僕以外が迷いなく同じ方向へと歩みを進めていく。
僕はもたらされた不確定な情報に悩みが生えてきそうな状態だったが、早足で距離を縮めて森へと続く。敵とは真反対ではなく、視界の端に収めながら遠ざかるように。
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