(4)
翌日、深奈はシュエラに足を革でぐるぐる巻きにされてから出発した。
それが靴の代わりだと言われた。
代わりの靴は街へ行かないと買えないらしい。とりあえず大人しく言うことを聞く。それでも、足には切り傷やまめが出来て痛んだ。
けれど、その痛みを忘れさせるほど体調が良かった。
少し歩いたくらいでは息は上がらないし、頭痛もしない。昨夜はとても良く眠れたし、朝に貰った食事も美味しく食べられ、胃が痛むこともなかった。
天気も良く、徒歩での旅ということで足が動くだろうかと心配したのだが、杞憂に終わった。
多少の筋肉痛はあったが、それだけだった。
その日の内に宿場町へと辿りついた深奈とシュエラは、靴を新調した。変わった服だからか、あちこちで目を引いたようだったが、特に奇異の目で見られるということもなかった。シュエラが言っていた通り、ここでは異世界人という存在が当たり前のように受け入れられているようだ。
その夜、シュエラは宿ではなく、屋台で食事をしたいと言いだした。
何でも、今リオニアで話題の食べものを食べてみたいからだと言う。深奈に否やはなかったので、大人しくついていくと、見慣れたものが出てきた。
「……こ、これって」
つぶやいて、手にした二股のさじを見やる。
周囲には行商人や旅人があふれ、店の軒先には魔法の明かりがたくさんぶら下がって、妙な活気があった。時々、誰かの大声が聞こえてくる。酔っ払いが騒いでいるらしい。
「美味しそうでしょ、ライメンと言うの。地方によって味が違うんだけど、やっぱり王都周辺のものが私には一番だわ」
そう言うと、ずるずるとすすり始める。
深奈も空腹のままに食べる。ラーメンと良く似ており、動物の骨を煮たものでダシをとっているらしかった。とんこつが近いが、そもそもこの国に豚がいるかは不明だ。
美味しかったが、なぜこの西洋風な場所にこれがあるのだろうという疑問も残った。
それから宿に泊まり、翌日はまたひたすら歩く。
しばらく行くと、何だか潮の香りがしてきた気がしたので、海があるのかと問うたら、レーテス海という内海があるとの答えが返ってきた。
「王都クースは港湾都市なの。お魚が美味しいのと、珍しい異国の品々が買えるわ。リオニアは各国と平和協定を結ぶことで、そういった異国の品と自国の品をやりとりして栄えているのよ」
シュエラは遠くを見つめている深奈にそう説明してくれた。
不意に、深奈は嬉しくなった。
これは旅だ。
ずっと憧れていた旅そのものだった。車や電車や新幹線、飛行機などの移動手段は存在しないが、遠くを旅していることに違いはない。何だか嬉しくなって笑うと、シュエラに不気味がられてしまった。
やがて、王都クースまではあと一日のところにある宿場町に到着した。
道中は何ごともなく、拍子抜けするほどあっさりと辿りつくことが出来たな、と深奈は思った。
「さて、と、じゃあ私は宿を見つけてくるわ。ついでに顔を出したい場所があるの、どうせだし、その辺りを適当に見て歩いてみてて欲しいんだけど」
「でも、迷子になりそう……」
「あなたは目立つから、そうなったとしてもすぐに探せるわよ。ゆっくり見てくればいいわ、何より、さっきから見てみたそうな顔をしているじゃない。
けど、やっぱりちゃんと待ち合わせた方がいいか。じゃあ、この町の広場で待ってて。広場はこの大通りを真っ直ぐ行った場所のこと、噴水があるから間違いようがないはずよ。用事には少し時間がかかると思うから、のんびり待ってて」
シュエラはそう言うと、さっさと宿を探しに行ってしまった。あっという間に彼女の姿は雑踏に消えて見えなくなってしまう。
深奈は、とりあえず街の中を歩いてみることにした。
彼女の言った通り、見てみたくてたまらなかったのは本当だからだ。
今まで立ち寄ったどこよりも大きく、人もたくさんいる。雰囲気としては温泉街が近いような気がした。行ったことはないが、テレビなどで見たことはある。
あちこちに視線をさまよわせながら歩いていると、なにやら口論しているらしい光景に出くわした。
「ああ何度でも言ってやるさ、幾らなんでもお前の店は値段設定がおかしすぎる。
これのどこがウェルルシア製の陶器だと言うんだ! しかも皿一枚が銀貨三枚だと? 銅貨三枚の間違いだろう。本当のウェルルシア製の陶器が落ちたくらいで割れるか!」
腰に手を当て、偉そうな調子で店主に向かって説教を垂れる少年。その髪は灰色に近い銀色で、時々あらぬ方向に跳びはねているが、さっぱりと短めに整えられている。顔立ちはすっきりと整っており、偉そうにしていても嫌みさがなかった。
「だとしても、お前がウチの商品を壊したことに違いはない。大人しく代金を払え。それか保護者を連れて来い。それ以上ここでわめくようなら警備兵呼ぶぞ」
「呼べばいいさ、そいつらにもここが偽物を売ってる詐欺の店だと教えてやる! 俺は絶対に銅貨三枚しか払わない、この皿にはそれ以上の価値はない!」
少年は断固として譲らない。
深奈は人垣から顔を出して、様子を見てみた。口論する店主と少年の足もとには割れた皿の破片が散らばっている。その店は食器を売る店のようで、美しい陶磁器が所狭しと並べられているが、深奈にはどれも安ものに見えた。
とはいえ、高級磁器などデパートで見たことくらいしかないので、見た印象に過ぎない。
だが、もし店主の言うように割れた皿が高級品ならば、あんな場所に置いておくこと自体がおかしい。本当なら、ちゃんと箱に入れておくなり、店の奥の棚の上に置いておくのが普通だろう。
そう思いながら成り行きを見守っていると、人垣の中から声がした。
「見つけましたよ、セリク様!」
すると、少年がぎょっとした後で、あからさまに嫌そうな顔をして舌打ちした。
「ちっ、もう見つかったか」
声の主は長身で体格の良い青年で、冷たくて厳しい印象の人物だった。腰の大き目の剣が目を引く。青年は少年に近づくと怒気も露わに告げた。
「さあ、戻りましょう、貴方にご自分の立場と言うものを思い出させて差し上げます」
青年は少年――セリクに歩み寄ると、上から鋭い目で睨んだ。
だが、セリクは「やなこった」と答えてそっぽを向いてしまった。そこへ、困った様子の店主が割り込んで来た。
「あんたこいつの保護者? だったら説得しちゃくれませんかね、こっちもいつまでもこうしていられないんですよ。こいつが割った商品の皿、弁償しちゃくれませんかね」
店主の声に、青年は胡乱な視線を散らばった皿に向けると、小さく息をついた。