(3)
シュエラに案内されて連れて行かれたのは村長の家だった。
粗末な作りだが、大きさだけはある家だ。
興味深く眺めていたら、村長とその家族が出迎えてくれた。深奈は彼らの容貌を見て、ひどく驚いた。彫りの深い顔立ちに、色素の薄い髪と、体格の良い人たちばかりだったからだ。彼らの姿は西洋人に似ている気がしたが、少し違う。やはりここは日本ではないのだと確信した。
ただ不思議なことに言葉は通じるようなので、そこに関してはほっとした。
恐らく、あのライオンが何かをしてくれたのだろう、と深奈は思っていた。それと不思議なことに、体が軽い。これがいつも通りであれば、すぐに息切れして歩けなくなり、シュエラに迷惑を掛けていただろう。もしかしたら、もう願いを叶えてくれたのだろうかと深奈は思った。
だとしても、元の場所に戻れなければ意味がない。
とにかく、情報が必要だと深奈は思った。
「もし、迷惑でなければ話を聞かせてもらえる? 力になれるかもしれないし」
夕食を終えた後、与えられた寝室で、シュエラは単刀直入に切り出した。
最初こそ警戒心を抱いていたのだが、村長の家の者たちは総じて穏やかで優しく、狼に襲われたという深奈を案じてくれたし、温かい夕食も出してくれた。
豆のスープと、肉の欠片と芋らしきものを煮込んだシチューだ。
冷えきっていた体には嬉しく、出されたものは全て大切に頂いた。そのすぐ後で、シュエラに寝室の場所を案内された。その時には疲れもあり、かなり警戒心が解けて来ていた。
「話、ですか……」
「そうよ。貴女、どうやってここへ迷い込んだの?」
シュエラは真剣な表情で訊ねる。
好奇心に駆られつつも、話を茶化す気はないようだ。深奈は言ってしまっていいのだろうかと思ったが、言わなければ何もわからないままだ。
正直、未だに自分の身に起こったことが信じられないでいる。
冷静でいなくてはと言い聞かせて、何とか自分を保てている状態だった。
状況に、感情が追いついていかない。だが、ここでぼんやりしている訳にはいかないし、何より元の場所へ戻るには、あのライオンともう一度会う必要があるだろう。
何より、言ってみることで突破口が開けるかもしれない。
シュエラを信じて良いかどうかはわからないが、何か行動を起こさなければならないことだけは感じていた。ならば、言うだけ言ってみよう。深奈はそう決めた。
「迷い込んだ、という訳じゃないんです。ただ、私の前に白い羽根の生えた大きなライオンみたいな生き物が現れて、願いを叶える代わりにやって欲しいことがあるから、と連れてこられたんです」
そう告げると、シュエラが驚いたように目を丸くした。
「それって、リオニア王国の守護聖獣リオノス?」
「りおにあ王国って、ここの名前ですか?」
「そうよ。リオノスに祝福された国だからリオニアと言うの。ここはリオニア王国内の村のひとつ。王都クースはここから徒歩で三日ほど、って、それは後でいいわ。
それにしても、リオノスに連れてこられただなんて、伝説の勇者様みたいね」
深奈はそう言われてもいまいちピンと来ず、首を傾げた。
「そうか、本当に何も知らないのね」
その様子に、シュエラは苦笑交じりに言った。
「リオニアという国はね、異世界からリオノスが連れてきた勇者が作った国なの。当時世界は魔王率いる魔物たちが暴れていて、人は身を寄せ合って暮らしていたと言われているわ。
そんな人間たちを憐れんだ天空神ミアが聖獣リオノスを遣わした、そして勇者は苦難の末に魔王を打倒し、リオニア王国を作ったそうよ。
以来、リオノスはこの国の守護聖獣として崇められ、時には姿を現して勇者の子孫に助言を与えたり、困っている時には助けてもくれたのだけど、ここ数百年は全く姿を現していないの。もうリオノスは現れない、リオニアは聖獣の守護を失ったなんて言われていたけど、貴女をこっちへ連れてきたということは、何かあるんだわ」
滔々とひとり語り、シュエラは何か考え込み始めた。
一方の深奈はと言えば、突然説明された事実に頭がまたしても混乱していた。どこかで読んだファンタジーな単語の頻出に、これは現実なのだろうかと疑いを持つ。しかし、全ての事柄が現実味を帯び過ぎているので、疑いようがない。
「あの、私はこれからどうしたら良いと思われますか?」
不安に駆られて深奈は訊ねた。シュエラは視線を深奈に戻すと、
「そうね、とりあえずは王城を訪ねてみるのがいいんじゃないかしら。それかミア神殿かしらね」
と答えた。
ライオン――リオノスは「王子を救って欲しい」と言っていたことから考えても、王城が良いだろうなと思った。ただし、追い返されなければ、の話だが。
「何だか相手にしてもらえないような気がするんですが」
「それは大丈夫よ」
深奈の困惑に、シュエラはあっさりと答えた。
「この国の初代国王が勇者――つまり異世界人だったせいなのか、異世界から迷い込んでくる人間が時々出るの。彼らは勇者と同じ世界から来た訳だから、それが認められれば、割と大切に扱ってもらえるのよ。例え帰れなくても、ちゃんと仕事を斡旋してくれたりするし、相手にされないってことはないわ。
ただし、これはリオニア王国のみの話よ。そうじゃない場合は、あまり良い話は聞かないわね」
彼女の言葉に、深奈はぞっとした。
落ちた場所がここで良かったと切実に思う。あの時、リオノスに何があったのかはわからないけれど、とにかく今は生き延びることが先決だった。
「そうですか、それなら、王城に行ってみることにします」
「そっか、じゃあ王都までは案内してあげる」
シュエラは軽い調子で言った。
その申し出に深奈は驚いた。
「そ、そこまでして頂く訳には……」
「だって、どうせお金も何にも持ってないんでしょ? それに、若い女の子がひとりで何の装備も持たずに旅していたら、山賊の良いカモよ。そんなこと目覚めが悪くて出来ないわ。
どうしても世話になるのが嫌だと言うなら、そうね、いつかお金返してくれればいいから。後、これは個人的なことだけど、リオノスに連れてこられたという部分に興味がわいたの。わかったらでいいから、教えてくれると嬉しいな」
「……はあ」
深奈には嫌とは言えない。
何しろ、右も左もわからないのだ。彼女の申し出はありがたいとしか言いようがない。
「じゃあ、お願いします」
「よし! じゃあ寝ましょう。旅は結構大変よ、まずは、靴を何とかしなきゃね」
そう言うと、シュエラはぼろぼろになった深奈の足もとを見て笑う。
深奈も釣られて笑った。




