第2話:ズレる既視感と学食のテスト
同じ日の朝に、二度目に目を覚ました。
スマホの画面は「6月14日(月) 6:48」。
昨日も、全く同じ時刻に、全く同じ天井を見ていた。カーテンの隙間から差し込む光の角度まで、同じだ。
「……本当に、夢じゃないんだよね?」
声に出すと、少し現実になった。少しだけ。
◇◆◇◆◇
登校しながら、昨日と今日を重ねてみる。
道端の水たまりの位置が同じ。コンビニの前にいるお爺さんが同じ。交差点で信号待ちしてる自転車の人が、昨日と同じタイミングで傘を直す。
やばい。本当に全部同じだ。
でも気持ち悪いのは、私だけが「昨日」を知ってるってことだ。すれ違う人たちは全員、今日が初めての月曜日のつもりでいる。私だけが二周目で、その違和感を黙って抱えながら歩いてる。
孤独ってこういう感じか、と思った。知ってるのに言えない、共有できない、という孤独。
……でも。
教室に入って、七番目の席を見た。
時任蒼真は窓の外を見ていた。頭上には真っ赤な「999」。
そして、チャイムが鳴った瞬間。
彼は深く、ため息をついた。
昨日と、全く同じタイミングで。
◇◆◇◆◇
午前中は観察に徹した。
同じクラスの木村くんが黒板消しを落とす。昨日と同じ場所で。廊下側の席の女子グループが、昨日と同じタイミングで笑い声を上げる。先生の板書ミスも、訂正するタイミングも、全部昨日のコピーだ。
でも、ひとつだけ違うところがあった。
時任くんが、ときどき窓の外を見る。そこまでは昨日と同じ。でも昨日は気づかなかった……その目が、どこか「諦めている」んだ。景色を見てるんじゃなくて、景色の向こうにある何かを確認しているみたいな目。
まるで、終わりが見えてる人の目だ。
なんで私、そんなことに気づいてるんだろう。
チャイムが鳴るたびに、ため息をつく。授業中は半分眠っている。休み時間は一人で文庫本を読む。誰かに話しかけることも、話しかけられることもない。
それなのに、私の好感度だけが「999」で燃えている。
意味がわからない。わからないから、今日は昨日と違うことをしようと決めた。
◇◆◇◆◇
昼休み、学食。
昨日の私は購買でおにぎりを買って、友達グループのテーブルに合流した。たぶん今日も同じ流れになるはずだったけど、私は列を離れて学食のほうへ向かった。
時任くんは奥の壁際に一人でいた。トレーに乗ったうどんと、文庫本。窓に背を向けて座っているせいで、雨の光が顔に当たって、少し眠そうに見える。
空いてる席はいくつかあるのに、私はまっすぐ彼のテーブルに向かった。
「相席、いい?」
時任くんが顔を上げた。
その瞬間、頭上の「999」が激しく明滅した。点滅、というより、揺れる感じ。炎みたいにゆらゆらと。今まで他人の数値が揺れるのを見たことはあったけど、こんな揺れ方は初めてだ。
彼は私を見て、一瞬、何か言おうとした。でも結局「……どうぞ」とだけ言って、文庫本を閉じた。
向かいに座って、トレーを置く。
「時任くんって、いっつも一人でご飯食べてるよね」
「……そうかもな」
「友達いないの?」
「直球だな」
少しだけ眉が上がった。不快そうではなく、意外そうな顔。私のほうを見る目が、さっきより鮮明になった気がした。
「別にいないわけじゃない。ただ今は一人がいい」
「今は、って」
「うん」
短い。でも「今は」という言葉が、なんか引っかかった。ずっと一人でいたいわけじゃない、ということ? それとも、「今日は」という意味?
うどんを一口食べながら、さりげなく続けた。
「私、瀬名。同じクラスの……」
「知ってる」
「あ、そうなんだ。意外」
「……なんで意外なんだ」
「接点なかったから」
また少し間があって、彼はうどんの汁を飲んだ。
「瀬名さんは、鮭おにぎりが好きなのか」
私の手元を見て、ぽつりと言った。
私はトレーの上の鮭おにぎりを見た。学食のメニューの中で、これだけ昨日から変えていない。惰性で取ってしまった。
「好きだけど……なんで知ってるの?」
「見ればわかる」
「今初めて会話してるよね、私たち」
沈黙。
時任くんは少しだけ目を伏せた。何かを考えているような、何かをごまかそうとしているような、そういう顔だった。
「……気のせいだ」
「気のせいで人の好物わかるの?」
「うどん食べていいか?」
「どうぞ」
彼はうどんに集中し始めた。明らかに話を切り上げようとしている。でも、今の一瞬。「気のせいだ」と言ったときの顔が、取り繕った顔だったのを私は見逃さなかった。
頭上の「999」は、まだ揺れていた。
◇◆◇◆◇
昼休みが終わって、午後の授業が始まった。
私は自分の席でノートを開きながら、さっきの会話を反芻していた。
彼は私の好物を知っていた。接点がないのに。「見ればわかる」は明らかに苦しい言い訳で、しかも自分でもそれに気づいて焦っていた。
もし、彼もループしているとしたら。
……いや、ないない!
首を振る。ループって何。タイムループって、SF小説の話でしょ。私だって昨日から二周目なんて、まだ半分夢だったんじゃないかと思ってる。それが他の人にまで起きてるとか、さすがに飛躍しすぎだ。
でも……。
冷静になって、指折り数えてみる。
一。チャイムのたびにつくため息が、不自然なほど昨日と同じタイミングだった。いや意識的にしていた。
二。そういう意味では、授業中の居眠りの姿勢まで、昨日と全く同じだった。
三。私の好物を、初対面のくせに知っていた。
四。「気のせいだ」と言ったとき、明らかに焦っていた。
……状況証拠しかないけど、並べてみると無視できない。少なくとも、何かを知っている。何かを、隠している。
窓の外を見ると、雨はまだ降り続けていた。午後になって、むしろ強くなっている。
時任くんは今、前の席で教科書を開いている。背中しか見えないけど、また窓の外をちらりと確認した。あの目だ。終わりが見えてる人の目。
……明日、また話しかけてみよう。
そう思いながら、放課後まで過ごした。
昨日は帰り道で豪雨になった。だから今日は少し早めに出ようとしたけど、昇降口を出た瞬間にはもう雨足が強くなっていた。傘を差しても追いつかない。肩が濡れる。靴の中に水が入ってくる。
昨日と同じだ。全部、同じ。
家に着いて、濡れた靴下を脱いで、ベッドに倒れ込んだところで気づいた。あ、これも昨日と一緒だ、と。
どこまで同じなんだろう、と思っていたら。
階下から声がした。
「陽葵ー、ご飯よー」
また、このタイミングだ。
昨日も全く同じ瞬間に暗転した。ということは、もしかして夕飯の声が、ループのトリガー?
起き上がろうとして……視界が暗転した。
◇◆◇◆◇
「6月14日(月) 6:48」
三度目の朝だった。今日は目が覚めた瞬間にわかった。
ベッドの上でため息をつきながら、昨日の仮説を反芻する。夕飯の声がトリガー。だとしたら、今日は無視してみたら? お母さんごめん、実験なので。
我ながら雑な仮説だとは思いつつ、私は起き上がって制服に手を伸ばした。




