大富豪
夏休みの部室。この日は午前九時ごろから雨が降り出したかと思えば、いつの間にか雨粒が窓叩く豪雨になっていた。幸い雷は無く、傘を持って来ていたので帰る事が出来ないと言うことはない。
僕達は約束事を守り黙々と課題に取り組んでいた。人が近くに居ると集中できない人もいれば、作業が捗ると言う人もいる。遊興同好会のメンバーは偶然にも後者の集まりだったらしい。部長も先輩も、真っ直ぐ机に向かってペンを走らせている。
部室の中には、ペンが紙と擦り合う音と窓を叩く雨の音だけが響いていた。
午前十時頃。区切りがついたのか部長が席に座ったまま身体を伸ばす。
「うーん、丁度いい感じだわ。」
そう呟く部長に、正子先輩が声を掛ける。
「一区切りかな?旭。」
「ええ。課題も、もう八割くらい終わったわね。この調子なら、あと二日くらいでで全部完了すると思うわ。」
「流石だね……。」
さらりと言う部長に、正子先輩は苦笑いを浮かべている。失礼ながら部長の普段の行いから、自宅に居る時ひとりで課題に取り組んでいるとは正直思えない。なので、恐らく部長が課題に取り組んでるのは部活中の二時間のみ。夏休み前からコツコツと課題をしていた僕でさえようやく七割終わったくらいだ。
それにも関わらず、限られた時間のみで課題の次々と処理していく手際。天才はいるのだろうと、つくづく実感する。
部長は問題集をバッグに仕舞い、僕の方に歩み寄って来る。
「ねぇ優君。課題の進捗はどうかしら?」
「進捗はまずまずです。ここの大門が終われば、ひと区切りですかね。」
僕がそう言い終えると、部長はにやりと笑い制服のポケットからトランプカードを取り出す。
「そこが終わったら、これで私達と遊びましょうよ。最近は勉強勉強だけど、この同好会の本懐はしがらみなく遊びに興じる事なんだから。」
私達という言い方からして、正子先輩も遊ぶメンバーに加わっているようだ。先輩は何か言いたそうにしていたが、部長が同好会の本懐を説いたことで口を噤んだままだった。
「良いですけど、少し待っていて貰って良いですか?」
「構わないわ。丁寧に問題を解いてちょうだい。」
「ありがとうございます。」
そう言い終えるなり、僕は問題集にペンを突きつける。現在取り組んでいる教科は苦手な英語であり文章問題な分、時間が掛かってしまう。
数分程して、僕は問題集をバッグにに仕舞う。いつの間にか、正子先輩も席を離れ、僕の傍に来ていた。
「お待たせしました……。」
「いえいえ、思ったより早かったわね。偉いわ優君。」
部長は僕のことを褒めながら、目の前に腰を下ろす。先輩はその隣。
僕達三人は、机ひとつを挟み向かい合った。
「それで、トランプで遊ぶにしてもルールは色々あるけど、何をするつもりなのかな?」
先輩の問いに、部長はカードを混ぜつつ答える。
「今日は大富豪をしようと思うわ。三回くらいやってある程度格付けした後に、罰ゲームを賭けて一回勝負をするの。どうかしら?」
「僕はそれで良いと思います。」
「私も賛成だ。それで、罰ゲームはどうする?有利不利が明確化した後に決めても良いが、私はなるだけフラットな状態で決めておきたい。」
先輩がそう言うと、部長は得意気な表情で言葉を紡ぐ。
「罰ゲームはもう決めてあるわ。罰ゲームと言うのは適切じゃないかも知れないけれど。最後の勝負で負けた人は、次の土曜日に菓子折りあの神社に行く権利をあげるわ。同好会を代表して、お世話になる前の挨拶ね。勝った二人は、菓子折りを買いに行きましょう。」
「なるほど。罰ゲームと言うよりか、グループ分けの様な感じかな。」
「そう言うことね。」
部長は先輩と話しつつ、三人均等にカードを配る。
遊興同好会での大富豪のハウスルールは、八切り、革命、十捨て、スぺ三返し、Jバックが適用される。マーク縛りや階段革命は、場合によっては追加する感じ。一戦目以降は大富豪が貧民に一番弱いカードを、貧民が大富豪に一番強いカードを渡すことになっている。
勝負を始めてはや三戦。現在は僕が大富豪で部長が富豪、正子先輩が貧民である。今日は何だか調子が良いらしい。
「いよいよ最終戦ですね。」
「そうだね。そろそろ一矢報いたいね。」
「そうね。私も頑張らないとね。」
意気込む僕とは対照的に、部長と先輩の言葉は何処か白々しい。戦略性の深いゲームに長けた正子先輩が大貧民である事に疑問を感じない訳でもないが、調子が悪いだけなのだろうと思っていた。
そんなこんなで、グループ分けを決する最終戦。最初は相手に強いカードを切らせて、中盤に強いカードの連打で勝負を決するのが僕の戦術だ。なので初めは相手が強いカードを出したらパス、次手から勝負をかけるつもりだった。
「それじゃあ、私の手番だね。これで、勝負は決したかな。」
先輩はそう言うと、四枚のカードを一気に出す。
同数のカード四枚で作られる最強の役、革命である。この役が出たら、そのゲームの終わりまでカードの強さが反転する。つまり、本来であれば弱いカードの集まりである先輩の手札がこれ以上なく強く、強いカードが集まった僕の手札が最弱と言って差し支えない代物になった。
「ふふ、ごめんね優君。」
呆然とする僕に、先輩はそう声を掛ける。
大富豪の基本ルールとして、大富豪以外の人が最初に上がった時点で、大富豪は最下位が確定する。最弱の手札を抱えた僕に、抗う術は残されていなかった。




