第四十三話
本編最終話です。
気が付いたら、要塞内に急遽自室として用意していた部屋の寝台の上だった。
どうやら、気を失っていたらしい。
「殿下、気付かれましたか」
「ああ‥‥」
傍にずっと控えてくれていただろう聖職者が体に異常がないかなどを問い、一通り問診を終える。聖職者に礼を告げ、一人にして欲しいと、部屋からの退出を命じる。
私は‥‥混乱していた。
まさか‥‥‥‥、まさか‥‥御伽噺が本当だったなんて‥‥。
現代の私達の認識では、人が文明を築き栄え、有史として認識しているのは千五百年。長くとも二千年程。
だが、それは間違いだった。
はっきりとはわからないが、少なくとも十万年、いやその倍以上かもしれない悠久の時を、過ちを――人類は繰り返している。
絵本や寝物語で語られる勇者の御伽噺は、信じられないことに事実であった。
そして、私は最初の勇者だ。
いや、正しく言い直そう。
私は――今回の最初の勇者だ。
何度人類は過ちを繰り返すのだろう。
はじまりの勇者から、延々と、繰り返している。
勇者の理とも呼ばれる――この世界の真実はこうだ。
魔法が高度に発達した結果、永遠の命や権力を欲する者が現れる。現れてしまう。
欲した者は、世界を巻き込む戦争を引き起こし、戦乱の時代が始まる。長く続く大戦は、終わりのない多大な被害を被り続けることになる。
欲した者は、なかなか手に入らない永遠の命や権力を狂うように追い求め、とうとうある禁忌の魔法に辿り着き、その結果、膨大な糧を対価にこの世界に『魔王』と呼ばれる存在が誕生してしまう。その副産物として、魔獣や魔物や魔族も同時に生み出しながら。大戦で疲弊したところにこれが追い打ちと成り、世界は滅亡寸前となる。
だが、それでも希望を失わない人もいた。それに抗う為に、人類を救うために立ち上がった人々がいたのだ。そして、世界を、人を救済すべく、彼等は、同じくある禁忌の魔法に辿り着くのだ。
その結果――人々は、『勇者』を創った。
それが、はじまりの勇者。
『勇者』は、人であり、『勇者』という魔法でもある。
『勇者』という媒介の命を対価に、『魔王』を討伐するための魔法を発動する仕組みこそ、『勇者』という――究極の魔法――なのだ。
だけれども、厄介なことに、『勇者』という究極の魔法は、『勇者』という媒介の命を全て対価にしないと正しく発動しない。
はじまりの勇者は、完全には発動できず、魔王を討伐ではなく中途半端に封印することになる。
封印は、勇者の捧げた命の期間しか保たれなかった。
そして封印は解かれ、また勇者が選ばれ、また命を捧げきれず魔王を封印する。その繰り返しが、短い時で数千年、長いと数万年の間隔で繰り返される。
やがて、全ての命を捧げることに成功する勇者が現れて、勇者の魔法は正しく発動し、魔王を討伐する。
だが、愚かなことに、人類はまた過ちを繰り返す。
平和な世になり、人類共通の敵である魔王がいなくなると、また人同士で争いだすのだ。
争いが終わり平和な世になれば、文明と魔法が発展し、また永遠の命や権力を欲する者が現れる。
‥‥‥現れてしまう。
そして、欲する者はまた世界を支配しようとし大戦を引き起こし、愚かにもまた、禁忌の魔法に辿り着いてしまい、『魔王』を誕生させ、世界は、世界の、勇者の理により『勇者』を選ぶ。
後は、この本当に愚かな過ちの繰り返しだ。
そして、私は、今回の魔王の――最初の勇者に選ばれてしまった、のだ。
前回の最後の勇者アレクの最後の感情が流れ込む。
僕は、今回の魔王を討伐出来た。
僕は、今回の最後の勇者になれた。
僕は‥‥おわりの勇者になれた‥‥‥かな。
ああ、君は無事に『最後の勇者』にはなれたけど、残念なことに『おわりの勇者』にはなれなかったようだ。
また始まってしまったのだよ。
――新しい勇者の物語が。
私の時代に伝わる勇者の物語の最後は、魔王を討伐した勇者と、勇者と共に戦い、命を落とした英雄を称えた物語なんだ。
君は、英雄だったんだね。
勇者アルフレッドと、英雄アレクに想いを馳せながら、過去の記憶に身を委ねしばらく。知った事実に長く深い溜息が出る。
「ははっ‥‥。私が王子だから選ばれちゃったかぁ‥‥」
どうやら、最初の勇者には、役割があるらしい。
長い時の中で失われ、御伽噺になってしまった『勇者』と『魔王』を正しく世界に伝える役割だ。
『魔王』という存在がいること。
『魔王』は『勇者』により封印できること。
『魔王』の封印が解ければ『勇者』が選ばれること。
『勇者』が選ばれる時、その手に持つ聖剣が光り輝くこと。
これらを正しく世界に伝えるには、王族などの権力者が最適だ。
だからだろう、はじまりの勇者から、その後の何人もの最初の勇者、そして私まで。もれなくみんな王族かそれに近い権力者のようだ。
だからなのか、最初の勇者で魔王を封印出来た者は――いない。
命を残し、残りの生を、勇者と魔王の時代へと導く希望の光として捧げなければならない、から。
「ニコライ‥‥、あなたが救ってくれた命なのに‥‥ごめん‥‥」
救われた命を捧げなければいけない。
でも実は嬉しいんだ。
自分で「亡国寸前の王子」って思ってた程、心のどこかでいろいろ諦めていたから。
だから、自分の命さえ捧げれば、国を、世界を一時でも救えるかもしれない事に、喜びしか感じない。
はじまりの勇者も、その後の最初の勇者も、私の時代も、魔王が誕生した時代が一番人類の滅亡と隣り合わせ寸前の絶望の時代。だから、はじまりの勇者も、その後の最初の勇者も、私も、死が身近すぎるんだ。それは、自身の死さえも。
だから、自分の命さえ捧げれば、国を、世界を一時でも救えるかもしれない事に、喜びしか感じない。
しかもさ、おかしなことに、勇者の時代ほど、人同士の争いが圧倒的に少ないんだ。共通の敵は魔王という化物。封印している間は、他のどの時代よりも安定した時代だなんて、皮肉なものだね。
だから、自分の命さえ捧げれば、国を、世界を一時でも救えるかもしれない事に、喜びしか感じない。
勇者達は、本当は生きたかった。
勇者達は、本当に死にたかった。
勇者しか引き継げない、勇者しか知らないなんて‥‥‥なんて理不尽な勇者なのだろう。
私は、勇者だ。
それ以前に、私はこの国の第二王子なのだ。
命を捧げる覚悟なんて、とっくの昔に済んでいる。
既に、私の命の使い道は決まっているのだよ。
勇者アンドレアは、寝台から立ち上がり、軍服を整える。寝台の傍らに立て掛けてある、ニコライの形見となってしまった剣――聖剣――を手に取る。そして、姿勢を正し、扉を開けた。
綺麗だった光沢のあるはずの王族だけが纏うことを許される濃い紺色の軍服。土埃と摩耗でくすんで見える。左袖にはさっきの戦闘で空いてしまった布地の穴から糸が解れていた。
廊下に控えていた兵を伴い、戦線に復帰するために私は進む。
まずは、はじまりの勇者から引き継いだ記憶にある古代の魔法を使って化け物どもを一掃しよう。皮肉にも欲しかった力を手に入れたのだから。あの憎い人型も全て消し去ってやる。敵を討つ。そして、前線を押し上げて、それから、それから‥‥。
護らなければならない、進まなければならない、生きなければならない――死ぬために。
まだ見ぬ平和を願いながら。
世界を救うため――。
正義は、自己犠牲の上に成り立ち、何度も復活するが、悪もまた無くなる事はない。
勇者だけが知る、過去が証明してきた――事実だ。
だが、願おう。願い続けよう。
いつの日か、最後の勇者が、おわりの勇者となることを。
愚かな人類が、同じ過ちを繰り返さぬように。
さあ、新しい勇者の物語をはじめよう
本作『最後の勇者』の本編はこのお話で一旦完結です!
このお話は、アンパンマンに着想を得たものです。
正義(アンパンマン=勇者)は、自己犠牲(アンパンマンの顔=命)の上に成り立ち、何度も復活するが、悪(バイキンマン=魔王)もまた無くなる事はない。
そして、平和を願うお話でもあります。
次はちゃんと間を置かず、毎日連載出来るように書き溜めてから、そもそも勇者や世界の理って何?というこの物語の世界の根本にある謎、『はじまりの勇者』について新章を再開したいと思いますので、引き続き応援頂けると嬉しいです。ちなみに、勇者パウロの第二十六話のラストに通じるお話でもあります。
ブックマーク、評価、感想、レビュー嬉しいです!
ここまで応援、お付き合い下さり、本当に有難う御座いました!




