アンがぶち切れてしまいましたわ。1
「そろそろ行こうよアン? 新人は、早めに行った方が無難よ」
「そうね? ちょっと早いけど、迷ったらいけないし、早いにこした事ないわね」
騎士団寮の3F、騎士団女子寮を出ると、寮の正面出入り口にアルとエドヴァルドさんが待っていた。私達に気づくと、微笑んで手を振ってくれた。
……気の迷いだから!
アルを一目見た私はドキリとした。白を基調とした騎士団の制服を着たアルは、まるで王子様みたいにかっこよかった。駄目なのだ。こいつは見かけだけなのだ。ときめいちゃ駄目!
「おはよう、クリス。そろそろ来ると思ってたんだ。クリスだけだと迷子になるだろ?」
「えっ!? いや、別にアルの制服姿がかっこいいとか、未来の旦那様に相応しいとか、そのままプロポーズしてくれたらいいなとか、早く結婚式場抑えた方がいいとか! 全然興味ないんだからね!? ホント、マジよ!」
「……はぁ?」
「なんか会話が成立してないな?」
エドヴァルドさんが意味不明と言った感で、私とアルを眺めていた。アンは私を生暖かい目で見ていた。失敗だ……穴があったら入りたい……
「とりあえず講堂に行こうよ。入団式があるよ」
「そうですね。これでみんな騎士爵ですね」
「「「騎士爵!?」」」
「えっ? そうですよ。騎士になるという事は騎士爵が漏れなく授与されますよ」
「え? 私、又貴族に戻れるの?」
「僕はどうしたらいいんだ? 一応未だ男爵の家系の末席だ」
「俺が騎士爵っ? 貴族!? えっ? 俺、奴隷だぜ?」
皆思い思いに困惑する。そんなの知らなかった。いや、思い出した。アクイレイア王国では騎士になると騎士爵位が授けられる。アクイレイア王国では騎士は職業名なだけで無く、同時に貴族の階級を示す意味もあったのだ。アウクスブルク帝国では騎士は爵位とは何の関係も無い職業名に過ぎなかったから、忘れていた。
入団式はケルンの城内の講堂で行われる。新入団員の騎士10名と、第一騎士団の中隊長以下全員、そしてケルン領主のメクレンブルグ家の子弟と有力貴族が参加予定となっている。
式典では、ケルン貴族からの祝辞、団長からの祝辞、新人騎士代表の挨拶、新人騎士同士の模擬試合、騎士爵位の授与式の順となっている。
新人の挨拶や模擬試合には私達は関係ないだろう。何しろコネ入団だから、そんな目立つ事に参加すると実力で入った団員から心が籠った暖かい目で見られる。もちろん悪い心の方だ。と、そんな事を考えていたのだけど、意外と関係してしまう事になってしまった、意外にもアンが原因となった。
講堂の前で、4人集まって記念写真なんぞを撮っている時にそれは起きた。あのアンにあんな事を言う奴がいるとは思わなかった。知らないよ? アンに殺されても、アンは戦いの時、手加減という事は出来ない子なのだ。根っからの騎士なのである。戦いにおいて手加減等騎士がすべきではない、対戦者への敬意に欠けるものだ。とはいうものの、
「お前? いや、そんな筈が? あのアン・ソフィか?」
「いや、そんな筈ないだろ? あいつは騎士学校を落第しただろ?」
不機嫌そうな声が聞こえてきた。アンに対してだ。騎士学校時代の知り合いだろう。だが、良好な友好関係ではなさそうだ。
「お久しぶりです。ロジャー様、ヨラン様……」
「何だと!? やっぱりあのアン・ソフィなのか!」
「何故お前がここにいるんだ!? ここは研鑽に研鑽を積んだ者だけが居る事を許される場所だ! お前なぞがいていい場所ではないぞ!?」
「えっ!? いえ、私、その、推薦で……」
アンは可哀そうに声が小さくなってしまった。いつもの元気なアンでは無く、ビクビクしている、まるで小動物の様なアン。私は少し、このアンの知り合いに腹がたった。知り合いならむしろお祝いの言葉でも述べるべきだろう? 騎士なら? しかし、それを口には出さない。自分達の立ち位置は判っている。もとより嫌われる様な立ち位置なのだ。なにせコネなんだから……
「推薦ってなんだ? お前の様な騎士爵の娘が大貴族の様な推薦を受ける事なんてできる訳がないだろ?」
「そうだ。生意気な! お前と同じ立場だ等、へどが出る! 俺達がどれだけ厳しい訓練を受けて来たと思うんだ? 200人から選ばれたのは俺達たった6人だけなんだぞ!」
言い過ぎだろう? この新人騎士は剣はどうだかしらないが、心は育たなかったらしい。大貴族の子弟なら我慢できるが、騎士爵の娘のアンだと我慢できないって? ちっちぇ~奴。私は怒りを堪えて何とかアンを援護する事にした。
「あの、私達4人は冒険者あがりで、皆さん程ではないのですが、冒険者として認められて、推薦を受けられたのです」
「誰だ、お前? こいつの知り合いか?」
「はい、アンの友達で同じ冒険者仲間です。名前をクリスと言います。今後よろしくお願いします」
私は頭を下げた。人に頭を下げたの初めてかもしれない。アンの為なら我慢しなきゃと思った。それに今後はこの人達も仲間なんだから、しかし、
「はぁ? 俺達がお前達となんかと仲良くできると思うのか?」
冗談はやめてくれ、という二人が冷ややかな目が私とアン・ソフィを見下していた。その仕草と目線はかなり、感じが悪い。でも、ここは我慢だ。アンの為に頑張らなきゃ。しかし、
そんな二人に対してアンは僅かに息を飲み、眉間に皺を寄せると「なんやねん、モブ貴族の癖に!!……」と小さく呟いた。え!? アン、今、何て事言ったの? まさかのアンのキャラ崩壊だ。そういうのは私の役目でしょ? ていうかここでそれは駄目でしょ!
「お前、今なんて言った? お前ごときが言っていい言葉じゃないぞ?」
「あり得ない! 騎士爵の娘ごときが何て事を言ってやがる!」
私はうぁーとちょっと遠い目になった。これはかなりヤバい事になった。大抵こういう事引き起こすのは私なんだけど、今日はアンがやらかした。アンの様子が変だった。ぶつぶつと何かつぶやくと、突然顔をあげた。
「貴方達貴族がなんでそんなに偉いんですか? ここは同じ身分の騎士団じゃないですか……!」
アンは自らを奮い起たせ、立ち向かう事を選んだ。いつものアンじゃない。アンは謙虚で控えめだ。例え、どんなに相手が悪くてもこんなに簡単にキレない筈だ。それだけこの二人とは因縁があるのだろう。そして、強力な敵を前にしても折れない心、傷付いても、なお真っ直ぐに前だけを見つめる姿は尊い、しかし ……!
「女の子を恥ずかしめて、恥ずかしいのはそっちだわ!」
「なんだと……お前、自分の身分を分かっているのか……!?」
「生まれも身分も関係ない、そんな事で人を判断するなんて心が貧しい証拠じゃない!」
争いは加熱した。まずい、騎士団内に身分は関係ない。それは確かに騎士団規律で決まっている。騎士にあるのは騎士団内の上下関係のみ。貴族の身分差は関係しないのだ。だけど、もちろん、そんなの建前に決まっている。実際、この騎士団を出た瞬間、身分差は発生する。私は頭が痛くなった。今日のアンはいつものアンじゃない。
「アン。アンは何を言ってるの!」
「な、何をって・・・」
「馬鹿にされて喧嘩に発展するのは当然よ。攻撃されて、自分が傷いたなら、受けて立つ事に問題はない。その時、傷付けられた事実をうやむやにする必要もない…だけど、この方々は貴族なのでしょ! 生まれや身分で判断する事は貴族様にとって、当たり前の事なの! 間違っているのはアン、アンの方よ!」
アンは顔色を悪くしている。ごめん、アン、ここは我慢して、察するにこの二人は有力な貴族の子弟、騎士爵の娘のアンが喧嘩をうっていい相手じゃない。下手をしたら、一生この貴族に嫌がらせされる。それも家族全員に対して……貴族にはそれが出来るから、他でもない、私が良く知っている事……
「ふっ、この女、良く分かってるじゃないか? 自分の立ち位置位わかってくれないとな? そうだろ?」
「ああ、違いない。そうか! わかったぞ! こいつら二人も女がいて冒険者として認められたって? そんな訳あるか? この二人が枕営業したんだろ? そうでなきゃ!」
「違いない。そうじゃなきゃ、あり得ねぇー! ぎゃはははっは、そこまでするか?」
「ホント、笑えてくる。騎士学園でも必死だったもんだんな? えっ! ちょっと邪魔したら、粋がりやがって」
「あー可笑しい! ぎゃははははっは! そんなだから落第するんだよ! 少しはそこの女を見習え! もっとも、枕営業なんて教えたのは、どうせその女だろうがな!」
カチンときた。よりにもよって枕営業だと? それがどれだけ女性を馬鹿にしているのかわかっているのか? 本当に生きる為に止む無くしている女性だっているかもしれないわよ? それを笑うのか? お前ら? それでも騎士か?
それでも私は我慢しようとした。私達はもう冒険者じゃない、騎士だ。そして騎士であるこの二人は騎士としても貴族としても失格だ。品格に欠ける。ここは我慢した方が大人だ。しかし、このお貴族様は追い打ちをかける様私を侮辱した。
「なあ、そこの銀髪の女。お前、いくらなら股開くんだ? 言えよ買ってやるぜ!」
私は右手をゆっくりと差し出した。アルから手袋を受け取る為だ。決闘だ。気が収まらない。ギタギタにしてやる! もう、流石に我慢できなかった。だが、アルが手袋を渡したのはアンの方にだった。
「(ちょっと、アル! なにやってるのよ)」
「(だって、アンが先に切れたんだよ)」
「(ここは私に任せてください)」
アンは凄まじい笑顔をしていた。これまでに見た事の無いアンの凄惨な笑顔。そして、
ビシッ
手袋が貴族の一人に放たれた。
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