マティアスとカレン⑦
「……この部屋が、父様の部屋だよ」
「……開けるぞ」
俺はゆっくりと扉を開く。……この扉の向こうに、カレンの父親が……
「……帰ったか、カレン。……で、どこに行っていたんだい?」
カレンの父親は、まるで俺達が来ると分かっていたかのように、平然と俺達を出迎える。
いや、正確にはカレンをだ。彼の眼中には、俺の姿が入っているようには見えない。
「……父様。私、あなたに話したいことがあるんです」
「……なんだい? 話くらいは聞いてあげよう」
「……私は……私は……」
しかし、カレンの口からは中々言葉が出てこない。
カレンは、気圧されているんだ。目の前にそびえ立つ、父親と言う名の巨大な壁に。
「……どうした? 何もないのなら、さっさと自分の部屋に……」
「カレンは、冒険者になる。俺と一緒にだ」
カレンがダメなら、俺が言うしかない。俺が、この父親を説得してみせる!
「……マティアス……」
「……誰だ君は? うちの娘に何を吹き込んだんだい?」
「何も言ってない、これはカレン自身の意思だ。カレンは、自分の意思で自由に生きようとしているんだ」
「……ふぅん。まぁ、お義父さんの家に入り浸っていた時点で感づいてはいたがな……だから、お義父さんの家に行かせるのも禁止させたのだから」
「禁止……なんで、そんなことをするんですか」
「必要ないからだ。いや、むしろ邪魔だな。私の描いたカレンの人生設計図に、冒険者なんて単語は一切出てこない」
父親は、顔に冷たい微笑を浮かべながら言葉を続ける。
「カレンにはきちんとした教育を受けさせ、名家であるルークス家の娘に相応しい教養と振る舞いを身につけさせる。その後で、私が見繕った我らと同等以上の名家の人間と結婚すれば、カレンは幸せな人生を送ることが出来る。ルークス家の看板を汚すことなくな」
「……そこに、カレンの意思は?」
「必要ない。私の言う通りにすればそれで充分だからだ」
そう言う父親の表情は自信に満ち溢れている。自分の言っていることは何一つ間違っていないと、そう信じて疑ってはいなかった。
(……分かっちゃいたが、この人は気持ちに訴えかけてもダメなタイプだ。ならここは……)
「……カレンには、冒険者としての才能があります。カレンの実力を見た人間は、皆こぞってカレンを天才だと褒め称えますし、冒険者になったとしても成功して、必ずや富と名声を得られるはずです」
「……才能か。私も、娘に並外れた身体能力があること自体は把握しているし、君の言葉を聞くに足らない戯言だと言うつもりもないよ」
「……じゃあ」
「でもダメだ。99%成功する生き方よりも、私は100成功する生き方を娘にさせたいのだよ」
「……いいえ、カレンは120%成功出来ます。あなたが敷いたレールの上では得られないものを、カレンはたくさん手に入れられます」
「……根拠は?」
「……あなたは、目に見えた実績を見せなきゃ満足しない人でしょう?」
「……正解だ。いいだろう、ならば私に実績を見せてくれ。……ここに、丁度いい話がある」
父親は俺達に背を向けると、机から1枚の紙を拾い上げた。
「当家と懇意にさせてもらっている商会の会長がな、よく使用している交易ルートにとあるモンスターが現れたと嘆いていたんだよ。そのモンスターは……ドラゴン」
「……ドラゴンって……あの、A級最上位モンスターの……」
「これを君とカレンで倒せれば、私はカレンに冒険者になる資格があると認めよう。……ただし、死んでも自己責任だがな」
「……死んでもって……あんた、実の娘を……」
「分かりました。受けましょう」
「……カレン、それでいいのか?」
「……夢に命を賭けられるかって話でしょ……上等だよ、これで父様に私を認めさせてやる!」




