4話 知らなかった事
前回:――これからの予定と熱烈ファン?――
「うーん……ここ、本当に使っていいの?」
女性らしい部屋、一言で言えばそうだと思う。
窓の外は街が一望できて、昼の晴れた日なら景色がいいと思う。部屋の壁紙はサーカスピンクで、よく見ると小さなハートの模様が入っている。
床には高級そうな絨毯が敷かれてて、幾何学模様が描かれている。
テーブルもクローゼットも、高級そうな調度品で、細部に入れられた模様が美しさを際立たせている。棚の中に置かれているグラスも、丁寧に作られている様で、刻まれた模様はよく見れば術式が書かれているみたい。何の刻印なのかな。
ベッドルームも高級な絨毯と、サーカスピンクの壁紙、高級そうな作りの天蓋付きベッド。3人は寝られそうな大きさ。カーテンも、シルクとかを使っているみたい。
高級品だらけで、寧ろ寝られないかもしれない。
「問題ない。5年くらいは、俺もここで過ごしたんだし、あのヒト達が気にするとは、思えないしさ」
何でもないような顔をして、高級そうなカップを手に取って、お茶を入れてる。そんな当たり前に使っていい物なのかな。
「うん、今日のミルクティの出来は上々なり」
ワタシ達にお茶を配って椅子に座った彼は、一口啜って、満足そうに頷いている。
「……うーん。ワタシはちょっと、緊張しちゃうんだけど。高級そうな物ばかりじゃない?どうしてヴァンはそんなに普通にしていられるの?」
「え?これって高級品?ウソでしょ、そんな訳ないじゃん。なあ、ヴァン」
……鈍感。
「例えば今、俺の使っているカップ。2つセットで金貨3枚。例えばキャビネット。金貨40枚。例えば今、お前の踏んでる絨毯。某国専門家が、丹念に仕上げた超高級品。お値段、5千ガル。金貨5千枚」
「ええええええええええええ!」
びっくりして飛び上がって、壁際に張り付いて絨毯から足を離した瞬間に、横にあった花瓶をひっくり返して割っちゃった。ユータの顔が、一気に蒼くなる。
「あ………………これは?」
「それは俺が造ったもの。金額0。ただし師匠のお気に入り。命拾いしたね、3日くらい痺れながら、ちょっと拷問されるだけだ。
一応、鑑定だけはして貰ったけど、市販したら5ジルで売れるものらしい。やったね」
頑張れば、それだけでも生活していけるのかもしれない。大変だろうけど。金額が高くないものだからって安心しているユータは、多分気付いてない。途中、怖い話が聞こえた気がするけど、無視しよう。
「ただし、お前が割った花瓶で、5千ジルの絨毯が……」
「あ、ああああああああ!」
ヴァンが造った物が割れたのもそうだけど、こっちもすごく怒られそう。何やってるのかな?ユータだからしょうがないのかな。
「やれやれ。ちょっと退いとけ。――ドライアウト、クリアダート、クイックスウィープ。これで良し」
椅子に座ったまま、空中に指を動かしたと思ったら、魔方陣が宙に描かれて、術式が効果を発揮した。
「……何、それ?ワタシ、見た事無いんだけど……」
「え?!ヴァンやエリナさんが普通にやってるあれって普通じゃ無いの?!」
……普通にやってるの?あんな術式の使い方、お母さんもお父さんも教えてくれなかったけど。使っているのも、見たことが無い。2人とも上位の魔術師だったはずだけど。
「これはエルフ流術式の1つで、空間に魔方陣を敷く事ができるようになる高度術式だよ。
普通の上位術者じゃできない、特殊なものなんだよ。言ってただろ、おまえが来ていた時には、上位術式は全部収めたって。覚えているのは、特殊術式なんだってさ。これはその1つ。
絵画で得た筆さばきが無いとできない一筆書きの魔方陣、て感じかな?」
一筆書きの魔方陣なんて、出来たんだ。やっぱり彼が学んでいた事は、ワタシよりずっと上だったんだ。
「……じゃあさ、剣で空間に魔方陣書いていたのって、応用していくつも同時に作ったって言う事かよ?コボルドのときとか」
「当たり前だろ。アイスエッジで作った、ミラージュシールドだろ?全部の剣に同時に、俺の指の動きと合わせるよう、指示したんだ」
1人で同時に複数、空間に描いて術式を作っちゃうんだ。それは凄いって言っていいのかな?初めて彼を、怖いって思っちゃった。
「ヴァンって本当に、変なんだね……」
「そうです、私が変なオオカミです。畜生!いつものやらすな!」
うん、ワタシの知ってるヴァンだ。彼は魔術は成長していたけど、それでも私にはいつも通りに接してくれていたんだ。良かった。
「なんでアリスはそこで笑うのかな、おかしいだろおお!」
「「ユータ五月蠅い」」
「なんでだよチクショオー!」
多分、ユータより、牛の方が静かだよね。なんでこんなに騒がしくできるのか、不思議。
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「アリス、そろそろ風呂が女性の時間になる頃だ。行ってきなよ」
丸いアーティファクト、時間を示す『時掲示』が、時間の変わり目を示している。これも、高い物なんだよね……?
先に入ってきた彼らは、既に湯気を治めて、落ち着いているみたい。ワタシもちょっとは落ち着かなきゃ。
「うん、行ってくるね」
荷物を紐解いて、片付けたばかりのワタシは着替えを持って、浴場に向かった。浴場の位置は確か、2階に下りて、右奥の突き当り。
その場所に来て、掲示が女性の時間を示しているのを確認してから、中に入る。中に人は、まだいないみたい。
入っていた男性も、もう出ていたみたい……良かった。入った瞬間、恥ずかしい場面に会う事は無かった。服を脱いで、浴場に入って体を洗う。確か、先に体を洗った方がいいんだったよね。
「あ、空いてるじゃない。ラッキー」
声が聞こえて、同時に浴場のドアが開いた。並人2人と、獣人?
「あ、見たことにゃい人がいるんだよ!もしかして、冒険者志望の娘?かーわいーい!」
獣人の人、猫かな?なんか嬉しそうな顔をして、尻尾を立たせてる。人懐っこい性格なのかな。獣人の一般人っていう話、今まで聞いたことないけど、この人はヴァンと同じで、首輪が付いていない。
「堪忍してやー。この子、凄く人懐っこくってなー。誰でも仲良くしようとするんよー」
「あんたさあ、ちょっとは弁えなさいよ。いきなりそんな仲良くしようとしても、嫌な人もいるでしょ?」
「えええ……でも、きっとみんな仲良くにゃれるはずなんだよ。ねえ、そう思うでしょ?」
何だろう。この3人、嫌味が無いんだけど、ちょっと近寄りがたい気がする。何でかな?
「うーん……きっと仲良くなれる、かな」
「ほら、仲良くなれるんだよ!みんにゃ友達になれれば、みんな幸せなんだよ!」
猫さんの、独特の感性なのかな。
「アンタ、落ち着きなさいって。とにかく、お風呂にゆっくり入って疲れ取るわよ。ようやく調査から帰ってきて、始めてのお風呂なんだから」
話してる感じだと、ワタシの先輩になる人達なのかな。3人、仲が良さそう。
「ぶー、しょうがないから、キライだけどおふろ入ってあげるう」
「あげるじゃないでしょ、全く」
「ほーらー。早う体洗うでー。ミーシャ、洗ったろうか?」
「うん!お願い、リリーちゃん!」
ずっと、こんな友達ができたらいいなって思ってたんだよね……いいなー。
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「お帰り、どうだった?確かあの村、風呂無かったよな」
「うん、すっごく気持ち良かった。こんな事なら、あの村にもお風呂作った方が良かったよね」
部屋に戻って、椅子に座ったワタシの感想に、彼も頷いてる。初めてのお風呂は、快適というか快感というか、何とも言えない気持ち良さだった。毎日入りたいくらい。
どうしてあの村に、お風呂無かったのかな。嫌がらせみたいに思えてくる。
「普通、風呂があるのって当たり前じゃないか?なんでないところがあるんだよ……」
ユータはお風呂が当たり前なんだ。なんか、凄く贅沢な人だよね……なんか、ワタシから顔を背けている?なんで、顔が赤いんだろう。
「そう言うな。西洋の人は2日に1回くらいしか入らないって話、地球で聞かなかったのか?
場所によっては水が貴重だから、入りたくても入れないし、日本は水が当たり前すぎるくらい溢れていたんだ。そしてあの湿気。放置していれば確実に蒸れたり、余計な菌が繁殖して病気になったりしやすいから、風呂を意識していたんだ」
「何だよそれ、まるで人間が病原菌だらけみたいじゃないか」
ユータがちょっと驚いて、椅子から飛び上がってる。キンが何か良く分からないけど、すっごく悪いイメージ?……今までのワタシってそういう状態だったのかな、嫌だな……?
「知らんのか、小僧。皮膚常在菌にカンジダの様な……」
「ちょ、性病?」
「そう、それは常在菌と呼ばれる物の、当たり前に誰にでも存在している微小生物がいるんだ。
人はそれを日和見菌と呼ぶ。口内に1億の菌がいるとか聞いたことないか?腸内にも、フローラと呼ばれる菌の繁殖環境があるのだぞ?
ヒトが生きるのには、菌や虫が存在することが必要不可欠なんだ」
なんか、ワタシの分からない、前世の話になってきた?自分の体中に、凄い数の生き物がいるって考えたことがないけど、嘘だよね……彼は嘘言わない精霊術師だった。
「ウソだろ?」
「嘘どころか、驚きの真実がある。さっき言った、カンジダと呼ばれる細菌。これは実は……」
何でか解んないけど、ユータもワタシも生つばを飲み込んだ。
「醤油や味噌、ワインの発酵に密接に関係する重要な存在を担う菌でもあるんだ」
「「ええええ!」」
さっき、病気の元みたいな、言い方していなかったかな?それが、ワインに必要な存在なの?病気の元が作った物を、飲んだり、料理に使ったりしていたの?
「ちょっと待て、ヴァン!流石にそれはありえないだろ何だよ性病の元が人間の生活に必要みたいな存在って意味分からないよ!」
ユータがヴァンに掴み掛かって、揺すってる。初めてワタシは、ユータを応援したいって思った。病気の元って、悪いものじゃ無いの?
「黙れ小僧!お前にカンジダの何が解る!
奴らは、自然に、当たり前に、ありのままに存在しているだけだ!それをヒトの都合で勝手な解釈をしているだけなのだ!
この世には、純粋な悪も、純粋な善も、存在する筈は無いのだよ!」
「イヤ、わかりたくないよ!」
ヴァンの言いたいことは、解るような、判らないような。
「んー、でもね。悪い事をするキンって言うの?それがワタシ達の為に頑張ってくれるって言うのは、解らないよ」
ちょっとだけ、ユータを応援してあげる。でも、彼は納得してないみたい。
「愚かなり、アリスよ。それはヒトの都合!それ即ちヒトの業!己が都合に当てはめて、勝手に善悪を決めたに過ぎぬ物よ!恥を知れい!」
なんか踏ん反り返って凄い事言っちゃってる……全部が悪いっていう考えは、間違っているっていう事なのかな?それはちょっと解る気もする。
「……そっか…………うーん、そうだね」
「なんで納得するんだよおおお!絶対おかしいだろ、それええーー!」
やっぱり、ユータは理解できないみたい。気持ちは……ちょっと分かる気がする。
「ウソだ……性病の元がぼくの体にいるなんて……味噌とか醤油に必要な存在なんて、絶対ウソだああ!」
ミソとかショーユは知らないけど、2人には重要な事みたい。でもワインだって、重要だよね?
考えてみれば、ワインって作る時に、女の人が葡萄を踏むんだよね。その時についてるのかな?
「認めたくない真実、しかし、それが現実。それを受け止める心が、誠実。分かりたくなくても、解れ。それが、世界の心理である」
なんでか泣いているユータを慰めるヴァン。何でかな、お父さんみたいに見えた。でも納得したくない様な気がする。
精霊のボヤキ
――あんたの言うカンジダって、あの三角のヤツ?――
いや、三角じゃないだろ。この世界で、同じ奴がいると限らないけどさ。
――でも、同じような事する奴いるんだけど、三角だよ?――
……その前に、知り合いみたいな言い方だよね。
――そりゃ、たまにおしゃべりするしさ――
菌と何話してるんだよ。そもそも、精霊ってどのくらいの大きさで、菌って話せるのか?




