3章 プロローグ
前回:――旅して種拾いました。以上――
いつものように旅を終えて、乗合馬車に乗った俺達は、
「エリナさん、人前でダッコはやめてって言ってるじゃん!」
「えぇ!勉強するときはこの格好って言ったじゃぁん、そしたらここでもそうしないとぉ」
「ほらー、もうそんなケンカしなくてもいいでしょー」
この5年間、ずっと続いてきた下らないやり取りを、今も続けている。
幸せっちゃ幸せなんだろうけど、これは俺の望んでいたものじゃないし、このヒト達未だに、俺を恋人候補なんて言って、迫ろうとすることがある。発情はしないけど。
まして、馬車の中で人目に触れながらなんて、やるもんじゃない。現在12歳。肉体年齢で言えば、並人換算で15歳といったところ。子ども扱いは危ない範囲である。
実際今も周りからおかしな目で見られているわけだが、エリナさんは気にしていないようだ。気にしよう。
「もういい加減子ども扱いするなって。ギルドでも、奇人としか見られなくなり始めてるだろ?」
「そんなのどぉでもいぃのぉ。教えるのに大事なんだからぁ、今まで通りにしようよぉ」
「既に上位魔法は全部収めて、これからエルフ流術式を極めるのと、精霊術式を極める事と、特殊術式を覚える事、そう言ってたでしょ?それはどっちかって言うと研究のようなものだから、ただ教わるものじゃないでしょ」
そう、5年の間、覚えがどういう訳か早く、教え方も的確で解りやすかった為、あっという間に上位の魔術師レベルにまで到達した。
才のある者でも、この倍くらいは時間がかかるだろうと言われるらしいが。エリナさんも同じくらいの期間で習得したらしい。
化け物の子は化け物になる、という事だろうか?血の繋がりはないけど。
なお、剣についても随分腕は上がってきた。流石に5年ほぼ毎日振っただけはある。実戦能力でも、剣だけで3等級の剣士と渡り合えるくらいになってきた。格闘アリにすれば、俺が勝つ自信がある。でも自信は過信だから、俺は信じない。油断大敵。
「でもぉ、こうした方が頭回るでしょぉ」
「あったかくされて気持ちよくなると、回らないでしょお」
「あー、やっぱり気持ちいいんだー」
俺の失言で余計に抱きついてくる。俺はそれを剥がそうとする。繰り返すいつものやり取り。そんな時、かすかに声がした。違和感のある、声。
『み……ず…………』
「あん?」
「どぉしたの、ヴァンくん。なんか変な顔をして」
「ちょっと、おかしな感じがして。ヒトの声なんだけど」
『み……みず……』
やはり聞こえる。この世界でたまにある怪奇譚もどき、もといレイスの類、ではなさそうだ。
『みず……み、みずぅ……』
「誰かが呼んでる、って事で行ってきます」
これはきっと俺以外解決できないやつ。だって、俺の耳以外この声拾っていないだろうし、聞こえたとしても確定でスルーされるはずだ。幻聴とかなんとか言って。
師匠はそれを分かっている事もあり、駆け出す俺を止めもせず、むしろ後からついてくるつもりのようだ。俺が飛び出したところで、リサさんが事情を話して馬車が止まった。
もう、5年の間にもトラブルになるような音を拾い、人助けだったり、産廃先輩爆散ヒャッハー!だったりを、やり続けている。産廃先輩の先輩は、意味もなくエルフ好きーな豚なので、やっぱり爆散している。向こうから近づいてくるしね。存在がセクハラだからね。他の魔物は、やりすぎない程度に仕事で、やっぱり爆散してきた。
うん、俺もすっかり、人間兵器だ。それはともかく、
「お、いたいた」
少し進んだあたり、俺にとって少し懐かしい、森と荒野が隣り合っている境界付近の草むらで、彼ははいつくばって、どこかへ向かおうとしている。
『み、みずぅ……』
同じ言葉をずっと続けているあたり、それが母国語か、あるいはその土地に居るのだと思っているのだろう。恐らく前者、そしてそれ以外の言語は、習っていてもしゃべれないのが一般的だ。今もあまり変わっていなければ、だが。
俺はそいつに近づき、そいつの欲しているものをつまんで手に置いてやる。
『はい、ミミズ。なんでこんなん欲しいのか知らんけど、釣り餌ならこれはあまり使えないよ?この辺りの魚はグルメだから、ミミズは嫌いなんだとさ。手づかみは案外いけるらしいよ?』
『………………はひゃあああぁぁぁああああぁぁぁああぁあ?!』
変な声出して、飛び上がりひっくり返り悶えて……うん、動きが気持ち悪い。見た目男だが、どこか動きが、女性のようなナヨツキ方をしている。しかも腰が引けている。
『悪い、冗談だ。ほら水筒』
こっちが本命なのは知ってるけど、どう反応するだろう。ちょっと楽しみだ。水筒と言う名の革袋を見て、顔を明るくして飛びつき、一気にその中身を飲み干して、物欲しそうな顔をして水筒を見つめている。足りないか。
『んじゃ、これはどうだろう。それと岩塩。実はここ、良質とは言えないけど、結構岩塩が岩に含まれていてね。黒い奴以外は食っても問題ないらしい。細かい事言うと、岩塩はある程度、健康被害があるらしいけどね』
空中に水の球をだして浮遊させ、同時に近くにあった岩塩のくずを掴んで手に乗せる。
勿論母国語で。
『………………え?』
やっと、俺の存在に、頭の理解力が追いついたらしい。俺の目の前にいる男性。推定年齢15歳前後、黒い短髪。乱れているけどちょっとワックスつけている。顔立ち、並。ピアスは左に1か所開けているが、つけてはいない。少し高いブランドの時計、中学生が買うものじゃないから恐らく親のプレゼント。
服装。スニーカー。ジーンズ、ダメージ無しの安物。Tシャツ、胸に漢字で「祭り」と書かれている。何の祭りかは知らん。
『お前が祭り好きなのは分かったけど、こんなところに祭りはないよ?せいぜいゴブリンの酒池肉林か、角ウサギの串刺し祭りか、魔牛と追いかけっこか。牛追い祭りに来たんじゃないんだろ?』
『………………』
『おい、聞こえてないのか?日本人』
――理解が遅いねぇ、なんかあったのかなぁ。この森、水源だらけなのに、水欲しがってるっていうのもよく分からないし――
ああ、これあれだ。先にこっちの世界の住人にあって、面倒ごとを受けたとかそういう系だ。たまにいるっていうから。何があったのかは、知らないが。
『エエエエエエエエエ!犬がしゃべってるうぅ!?』
『グルル……噛みつくぞお前。オオカミな?狼の獣人』
ニッコリと威嚇。ちょっと顔が青くなったし、少しは効果ありそうだ。
『え、獣人ってケモミミでシッポついた人じゃ……そういうもんでしょ、普通!』
『この世界にそんな奴は、そういない。もっと歪で統一感のない物だよ。現実は、残酷なんだ』
実際、俺もそう思っていた時がありました、ずっと昔にね。赤ん坊の時に捨てましたが。
『え、でもこんな奴俺見た事』
『嘘は要らないから。教科書とかでアヌビスとかくらい見てるはずだろ。お前小学校すら行ってなかったのか?』
嘘だと思っていないだけ。アヌビスとかホルスも、言ってみれば獣の人間化したものだ。嘘かホントか知らないけど、狐や狼は日本神道で擬人化されてるっていうし。
物語でその手が多いのは、ほぼニンゲンであった方が親しみやすいから。二本足で歩く犬なんて親しみにくい異形だ。うるせえ、くそ。
――自爆ぅ。お疲れぇ――
……畜生!
『はあ、こんな不躾なやつを助けようなんて馬鹿げていたかな?それじゃ、あとは頑張って』
『ちょっとまって、どこいくの!たすけて!』
うん、最初っからそう言えばいいのだよ。頼れるものはなんとやら、頼れるうちに頼るのはおかしくはない。頼りすぎて相手も道連れにして、溺れちゃ意味ないが。
「ヴァンくん、ここに居たの?この人は……」
「放浪者。それも俺の前世の国の人だよ。前世の母国語が聞こえてきて、もしかしたらって思ってさ。ミミズがどうとか言ってたけど、水の事かな?って」
「それー、全然言葉違うじゃない?」
そう思うのも無理はないだろう。この会話が英語だったら、ウォーターとワームの話になるんだから。日本語はそうじゃないけどね。
『え、この人たち、誰?』
ああ、2人が背が高いからビビっちゃってるよ。まあ、実力面ではビビッていいけど、優しい人なんだからあまりビビってやるなよ、ビビりめ。
『俺の師匠。冒険者で、この大陸で指折りの魔術師と、その懐刀。『金色の雷鳴』と『白金の大刃』の、エルフ』
この数年の間に、この2人に加わって、俺の『焔の銀狼』も名を挙げた。挙げなくていいと叫んだ俺の声は空しくかき消され、金・銀・白金のトリオとして定着しつつあるのが今の現状。
最初の頃の詩に、焔属性とフェンリルの2つ名の銀狼が使われる事があったため、この2つ名なんだそうだ。人によってアレンジが加わって、存在しないものの方が多いらしいが。
というか、2つ名とかいらないんだけど、誰か消してくれないかな?消すって言っても死ぬのは勘弁だけど。
――活躍してなければ消えるんじゃない?なんだかんだ言って頑張っちゃってるくせにぃ――
それはともかく。今はこいつの事か。
『とりあえずお前の身柄は、街までは俺らが見る。その後は、街側で判断することになるから……って言っても順当にいけば、言葉を教えられて、飯食わしてもらえる場所を紹介されるだけだけどね』
言わねばならない事を話し、手を差し伸べる。たまにこういう、異世界からくるモノはいる。この世界のおかしなことの1つ、異世界から人が来るのなんて普通。
……普通じゃないだろ。それが普通なら、宇宙人が普通に地球に来て、挨拶して菓子折り置いて帰っても普通だぞ。
――宇宙っていうもの自体、よくわからないんだけど?――
……言ってもしょうがないか。
『でも、え、ぼく……たすかった、の?……ぁ、あぁぁあああぁああ!』
一瞬放心した後、激しく泣き出した彼は、馬車に乗るまで喋れる状態でもなかった。
体中泥だらけで、ところどころ傷があったが、どういう幸運か、あるいは不幸か。森を3日彷徨って、人に邂逅したのは1度きり、それ以降は魔物も人も出会わなかったそうだ。もしあのまま放置されていれば、数時間後には事耐えてしまってもおかしくないのだが、彼はある意味強運の持ち主なのだろう。
しかし、運だけではどうにかできないのも事実だ。彼はこれからこの世界で生き、選択次第で明るくも暗くもなる未来があるだけで、帰る事はできないのだから。
――この世界は一方通行。来ることはできても、戻ることはできない世界なのだから。
精霊のボヤキ
――祭りって何よ。頭の中湧いてるの?センス無さ過ぎ――
今日はいつもより辛辣?
――こいつを見てると背筋に寒気が……――
背中ってどこですか、光の塊さん?




