25話 繋がる想い
前回:――白金と喧嘩。せっかく打った刻印スルーしないでよね、ちょっとした力作なんだから、氷の処女は――
ギルドの一角、マスター代行の自室。その部屋の天蓋付きのベッドに彼は腰を掛けて座っている。エリナは、今マスターと仕事の話をしていてここにはいない。
あれから、彼とはあまり話せていない。馬車の中でもずっと、ふて寝をしていた。
帰って来て、ようやく落ち着ける状態になったけれど、それでも彼はうなだれていた。私の言葉が、どれだけ傷つけたんだろう?
「ヴァンくん、となり、良いかな?」
私の言葉に、彼は頷くだけ。ずっと下を向いて、何かを考えているみたい。
……もしかしたら、考えているんじゃなくて……後悔しているのかな、ここに来たことを……?
だって彼は、狩りをして生きていきたいって言っていたし。できれば争いごとなんてしたくないって気持ちは、昨日の言葉でわかった。
争い事に巻き込まれて自分を守ろうとするのは、当然なんだし。それをきっと彼は、何度も受けて逃げ場を失って、抵抗することを決意したんだろう。前世の事は、私にはよく分からないけど。
「ヴァンくん、ごめんね。私、自分の気持ちばっかりで、君の事、考えていなかった。師匠、失格だよね?」
そう、やっぱり私は誰かに教えるとかできない。自分が怖がりで、いつだってすぐに逃げたくなる気持ちを抑えるのだけで、精一杯なんだから。
エリナがいてくれたから、今まで何とかやって来れたと思う……多分、彼女に依存しているところがあるんだと思う。
その代わりに、彼女の足りないところを補って、何とか自分に言い訳していた。だから……
「それは違う。師匠としてなら、すごくいい。俺は、どうしてもリサさんに、剣を教えてもらいたいって、今は思う。
……他の人だったら、絶対嫌だ」
どうして、私じゃなきゃダメなんだろう。
「ダントンとか、ロイとか、私以外にも強い剣士いるじゃない?なんで、あの人たちじゃダメなの?」
ロイは、異常な強さを持っている。ダントンは、魔法剣士の1人。彼には充分に、教えることができる人なはずだけど。
「違う。
ロイは口下手すぎるし無口だ。真の天才だから、自分が何やってるのか分かっていない。
ダントンは、魔法剣士で誠実だけど、表現がそんなにうまくない。
リサさんは、2人と違う所があるんだ。
長く修練し続けて動きを深く理解していて、指摘も丁寧で分かりやすく教えてくれる。俺に必要な修練が何かを考え続けてくれてる。
本当に強くなるために、何をすればいいかをずっと、考えてくれてるんじゃないのか?
訓練や教え方はちょっと厳しいけど、それでも優しい言葉をかけてくれる。期待もしてくれてるのが分かる。
だから、その期待以上に、俺は強くなりたいって思えるんだ!」
なんで、こんな事を言えるんだろう?
ロイはエリナと拮抗した戦力なんだし。彼は世界に対して敵がいるかどうか、分からないなんて言われる存在なのに。ダントンだって、剣士として私と張り合って、魔術も使えるのに。
私も出来る限りの事を教えているけど、厳しさが嫌になったりするんじゃないかって、不安になったこともあるし、彼は私の思った以上に、自分から鍛えようとしたいたけど……
「でも……私ね、小さい時に魔術の才能がないって言われて、それから里ではのけ者にされていたんだ。生活魔法ですら、うまく扱えなくて、悔しくて練習したんだけど、それでもだめで……。
魔法主義の集落って前、言ったじゃない?それで、落ちこぼれて泣いていた私を、エリナが見て、私の代わりに怒ってくれて。
それから彼女に、ずーっと頼りきりになってたんだよ?
私はそんな弱い存在で、卑怯者なんだから。いろんなことを彼女が考えてくれる代わりに、彼女が暮らしやすいように周りを整える事しかできないんだよ」
そう、それが私。エリナが居なかったら、きっとどこかで、とっくの昔に死んでいた、弱い存在。だから、
「だから、何?自分は何もできないとか、思ってるの?
エリナさんがどういう人か知ってるはずだよね。あの人もリサさんに甘えてるんじゃないかな。あの人の弱い部分を補ってくれる、リサさんを信じて。
人って、誰だってそうだよね?自分じゃどうにもできない部分があってさ、それを補ってくれる人がいて。
……俺はそういう人、前世ではいなかったけどね。できるなら、誰かに頼りたい、甘えたい。
でも、それができなくて、させてもらえなくて。頼ったら突っぱねられて、嫌われて。それで独りになって。苦しみに耐えて、不安を抑えて我慢して、攻撃してくる人に、何とか対抗して。
……誰かと一緒に、笑いながら過ごせてたら、どれだけ幸せか。それを考えない様にして。
独りって、寂しいよね。でも、それが当たり前になって……気付いたら、寂しいって感情が無くなった俺は、どうすればいいのさ?」
彼の言葉が胸に突き刺さった。寂しいという感情が、無くなった?それって……
「寂しさは、俺の日常なんだよ。むしろ、それがなくなれば不安になる。
他人が近くにいる事が怖くって、誰かに頼ろうとしても、頼るのが間違っている気がして。自分1人で抱えなきゃいけなくて。
誰かが助けてくれるのが、絶対にありえない、あるはずがない、なんて思うのさ。誰かを助けても、誰にも助けられない状況が、当たり前だったんだ。
それは俺がずっと、前世で抱え続けていた考えなんだ。誰かにお願いするなんて、絶対にできない。そんな風に考えていたんだ」
そんな事って、あるのかな?無い……よね?私なら、できない。
でももし彼がそうなら、ここでの生活は、森より怖かった?抱きつかれるのを嫌がるのも、そのせい?ずっと不安だったのかな。
知らない人に囲まれて、慣れない事に一生懸命挑んで、やりたい事ができなくて。
……頼ってくれていいのに。助けてあげるのに。
……それが、仲間なのに。
「実際、俺の前世は親に服や靴をねだるのでさえ、殴られたって言ったよね?それが原因だと思うけど、足の指が曲がったんだ、狭い靴を履き続けたせいで。ねだることは悪だから。頼るのは、弱者だからって……
……ヒトってさ、きっと最低限の甘えがなければ生きていけないんだよ。甘えること自体は、罪じゃないんだよ。
そうじゃなきゃ、子供を可愛がろうとする人は、どうしたらいいのさ。みんな、俺に優しくしてくれる。あのヒト達の感情は、どうしたらいいのさ?
頼ることだって、見ようによっては甘えだよ。独りでもできることを、何で誰かに頼るのか、ってさ?
俺はヒトに嫌われることや、大切なヒトを失うことが怖いんじゃない。
それより前の、触れることが、恐怖なんだ。
頼る気持ちは罪悪感しかないんだ。
甘えは、嫌悪感があるんだ。
……それなのに、優しいみんなを、傷つけたくもなくて……どうしたらいいんだ?
リサさんも、距離を測りながら優しくしてくれてるから……俺は、どうしたらいいかわからなくて、がむしゃらに教えられたことをやるしかなかったんだ」
ずっと、彼なりに考えていたのかもしれない。嫌がってる風に暴れていても、みんなが優しくしたい気持ちを、どうしたら受け入れられるのか。どうしたら、納得してもらえるのか。
「リサさんは、師匠失格じゃない!丁寧に教えてくれて、優しくしてくれて、厳しくて、本当に必要なことをいつも考えてくれていて!ずっと、俺のことを想いながら行動していたじゃないか!
俺は、そんなリサさんだから、師匠でいて欲しいんだ!」
こんな風に、思っていたんだ。こんなに、想っていてくれたんだ。私は、ずっと今まで、彼とエリナの関係に嫉妬していた気がする。
仲が良くて、羨ましかった。親友を取られたような、妬みがあった。
でも、違っていたんだ。それだけじゃ、なかったんだ。心に、甘さが広がる……
「ヴァンくん、私のこと、嫌いじゃないの?」
「そんな訳ないじゃないか!俺は、エリナさんと同じくらい、リサさんを尊敬している!
今は、2人に教えられる、この状況を!誇れると思っているんだ!!」
……びっくり。そんな風に想ってくれていたんだ。私なんか、全然ダメなのに。
「凄い剣士と、凄い魔術師を師匠に持って、それも同時に教えられて!なんで悪く思う必要があるんだよ!
俺は、2人とも大好きなんだよ!」
彼は、それだけ言うと、私の腕に、抱きついて、泣き始めた。身体を震わせながら。こんなことされて、悪く思うなんて、出来るわけないじゃない。
「ヴァンくん、ごめんねー。私が間違っていたかも。信じてあげられて、いなかったね。分かってあげられなくて、ごめんね」
私の声は届いていても、彼は泣き声を発するのが精一杯みたい。
どうして、この子を叱ろうとしたんだろう?私も、自分の気持ちしか見えていなかったのかもしれない。教えることが怖くて、また逃げようとしていたところがあったのかも。
いつの間にか、部屋は壁紙の色とは関係なしに赤く染まり始め、闇に包もうとしている。でも、彼が居れば、どんな暗闇も怖くないかもしれない。彼の涙が、凄く、暖かい。
「ヴァンくん、ごめん。ごめんねー。あなたの気持ち、理解していたつもりだったけど。でも、出来てなかった。本当は、私と同じ気持ちだったんだね。たくさんの不安、感じてたんだね」
あの、坑道の中で語った彼の気持ちは、確かに私が知っていた気持ちだ。周りから押しのけられて、それでも何とかして這い上がろうとして、それでもうまくできなかった、弱い人の気持ち。
ずっと私が持ち続けた、怖い感情。
ギルドに帰ってきてすぐ鎧は脱いだから、彼が窒息することはないはず。だから、彼を精一杯抱きしめた。
「ごめんね。ずっと、辛い気持ちを理解してあげられなくて。これからは、分かりたいから、いろいろ話してね?全部聞いてあげるから。分かってあげたいから」
そう、彼の最期と同じ結果は嫌だから、あの娘達と同じ結末は、絶対に嫌だから。気持ちをちゃんと話して、受け入れていきたい。
そうじゃないと、この気持ちは……抑えきれなくなりそう。
「リサ、さん?」
彼は少し、戸惑っているみたい。私を潤んだ瞳で見上げてきた。
でも、大丈夫。私たちが、私がこれから先、どんなことでも何とかしてあげる。
絶望も、残酷な現実も、非情な言葉でさえも、彼には届かせない。私が、この子を守るんだから。
「あの、大丈夫?」
「うん、平気。でも、ちょっとだけ、お願いしていいかな?」
「ちょっと……だけなら?」
……やっぱり態度はちょっと悪いけど、心は結構優しい。頼るのはできなかったのに、頼られるのは、良いんだ。
それなら、このお願い、聞いてくれるよね?どうしても、今、欲しい。
「エリナにもしたキス。私にしてくれるよね?」
なんでだろう。私もおかしいのかな?でも、恋って年は関係ない、かな?……私に恋をさせた、この子が悪いんだから。私に教えて欲しいなんて言うがんばり屋の子だから、私より強くなりそう。だから……
「あ……ああ、ああああ!届け、俺のパッション!」
直後、彼がわたしの意識を吸い取って、快楽の渦へと巻き込んでいった。
嗚呼、やっぱりエリナってズルい。こんな気持ちいい事、独り占めしていたなんて。
私たちは今までずっと一緒でいたのに。でも、これで同じ、だよね?
私は、大事な人2人と繋がった気持ちになって、快楽の渦に身を任せ、意識を沈めていった。
……すっごく、甘い…………
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「でぇ……その結果が、これぇ?アタシよりひどいんじゃなぁい?」
マスターとの話を終えて帰ってきたら、リサが恍惚とした表情でベッドで失神していた。
坑道の中での、あんなに取り乱してるリサ、初めて見たからおかしいとは思っていたけど……?
なんか、身体中から出るものが出てるって言えばいいのかなぁ?涙もよだれも、なんか知らないけど、股下あたりからも何か出てるみたい。
それをした主犯は、というと、
「違うんだあ!リサさんが突然、雰囲気も匂いも変わり始めて、すっごく憂いに満ちているのに何か幸せそうで、エリナさんのあの時と同じ状態になり始めたから仕方なかったんだあ!やりたくてやってるんじゃないんだあ!
ああああ!もうやだ、お家帰るう!うああああ!」
よく分からないけど、泣きわめいている。まぁ、精霊が慌てて飛び回ってるし、何とかしてくれるでしょ。
確か、少し前にエルフの発情を抑える薬は届いたはずだから、彼女に処方すれば軽減されると思うけど……なぁんでこうなったんだろぉ?
「あぁ、ヴァンくん。落ち着いて、大丈夫だから。
リサが落ち着いたら、一度旅でもしようか。アタシ達も、結構いろんなとこ旅してきたし。気持ちを晴らすのにはいいからさぁ。だから泣かないで、ねぇ?」
彼は予想していなかったリサの変化に戸惑いながら、自分がしたことの意味を少なからず理解しながら、涙を流していた。多分、それは悪い感情ばかりじゃないんだろうけど、戸惑いが隠せない彼の感情が、涙を促していたみたい。
「あぁ、どうしてこんな面倒なことばっかり起きるんだろぉ。ずっと平和ならいいのにぃ」
「それは俺も言いたい事だあ!畜生!」
あ、そう言えば。彼に言っておいていいかもしれない。帰りがけに、リサと話して決めたこと。そうしたら、彼も少しは喜ぶかもしれない。
「ヴァンくん、今度、狩人の登録しようか。今回頑張ったし、リサも了承してくれたからさぁ。
それと、あの翼竜のお肉、やっぱり結構おいしいみたいだから、料理してねぇ」
アタシの言葉に一度固まって、瞬く間に顔を輝かせた。
「畜生!俺の知らないところで何話してやがんだ、師匠は!喜ばねえでどうする、畜生!」
いきなり飛び上がって喜び始めた。なんで、彼はこうにも狩りが好きなんだろう?アタシには……多分、今は寝てるリサにも、分からないかな。
精霊のぼやき
――その性格って一体何なのよ?――
スキゾイド?みたいな名前の精神病理。日本人なら、綾波某さんの性格って言えば解りそうだが。あの人、その性質以外持ち合わせてなさそうだし。俺はあそこまで重症ではないが。転生して、少しは表情や感情が無理なく出るようになったしね。
――つまり気違いね、了解――
待って、それは違う!




