16話 発情
前回:――あんた、ピザって言えばマルゲリータでしょ。なんでホワイトソースなの?――
「ヌフフフ……もうちょっと難しい計算、行ってみるぅ?」
「今日はもうギブ、夕方だし、明日へぇ……スヤァ」
「ほぉらぁ、寝ちゃダメでしょぉ?こうしているのってぇ、幸せだと思わなきゃぁ。そうでしょぉ?」
「ムハッ……く、そう。寝ちゃダメ、なんて、ムリ……すぎる……スヤァ」
ピッツアを食べて、満足げなエリナはいつも以上に丁寧に教えてあげていた。あれすっごくおいしくて食べすぎちゃったから正直私も、途中で居眠りしていたんだけど。
彼も夕方だから、限界みたい。今日も頑張ったでしょ。
「エリナ、今日はもう寝かしてあげよー。少し寝て、夕食前に起こしてあげればいいじゃない?」
「…………」
珍しく、私を睨んできた。なんだろう。怒らせるようなこと、したかな?
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夕食を終えて、いつも通りお風呂に入ったのだけれど、今日は珍しくエリナがヴァンくんにあまり絡まなかった。
何か、今日は変かもしれない。部屋に帰ってきても、変に元気がない。体調悪い……女の子の日かな?そうだね。彼女、特に重い部類だった。突然来るのが怖いよね。しかも長命な分、出産できる時期が異常に長いから相手にするのが面倒なんだけど。
……でも、なんかおかしい気もする。確かまだ時期にしては……
「リサさん、エリナさんが今日なんか変だ。朝から徐々に態度も臭いも変化している」
テーブルに座っていた私に、彼が首を傾げながら近づいてきた。
「感じ取っちゃったんだ、変化。あまり言わないで欲しいんだけど。女性としての恥ずかしい部分なんだし……」
「女性の日特有のモノじゃない。というより、血の匂いはないし、他の匂いみたいなのを感じる。お酒でもなさそう。……もしかして」
「え、それってもしかして」
「変なお薬やってるとか、無いよね?」
「…………それはないよー」
うん、それはない。その代わりに、エルフにはあれがある。でも、流石に無いよね。だって、あれは……
「ねぇ、ヴァンくん」
ベッドに寝ころんでいたエリナが、突然声を出した。少し、いつもと違う感じがする。ちょっとだけど、息が荒い。
「わたしの事、どう思ってる?」
「破壊神?」
ちょっと顔が固くなりながら、いつものように茶化している。どういう反応があるのか、観察するつもりなのかもしれない。
「そうじゃなくてさぁ……」
「ギルドマスター代行で偉い大賢者!」
「もっと他の……」
「デラベッピン、喋らなければ」
「…………ねぇ」
「原宿にいても違和感のない服装?派手だけど、似合うし、かわいいとは、思うね」
「…………」
途中何言ってるのかわからない言葉が混じったけど、茶化したり褒めたりしている彼を、最後にはうるんだ目で見つめている……?少し、雰囲気も変わってきた。
「言っちゃなんだけど、表情や感情が極端に変わるところがなければ、充分に魅力はあるんだと思うけどね。できれば、家事や仕事をしっかりして威厳を示してほしいかな。偉い事にはリスクとして、面倒ごとを解決するっていう側面があるんだしさ」
「うぅん……そうじゃなくてぇ、もっとさぁ、言う事ないのぉ?アタシの事、キライなのぉ?」
ああああ、これってマサカ……彼女は這いずって、徐々に彼に近く。
「エリナ、まさかとは思うけど……」
「リサぁ、今大事なとこなの。わかるでしょぉ?」
私を見もせずに言った。でも大事なのは、そこじゃないと思う。だって、息が荒いし、頬が赤く染まっている。
あの状態、なのかな?彼女がこうなったのは初めて見た。今までにも良く想っていた人はいたのに、なったことはないはず。なのに、なぜ?
「ヴァンくん、あのね、実はー」
説明しようとして少し近づいて、阻まれた。ちょうど彼女と私がヴァンくんを挟んだ位置にあったから、その位置を狙ったんだと思う。
それは『障壁』。侵入を阻む、防壁の魔術。
魔術自体が見えるものと見えないもの、一方通行になるものと侵入不可になるなどの種類が複数ある、魔力の壁がある。どれか分からないけど、これは見えないタイプ。一歩近づいて、その壁に阻まれた……もう始まっていたんだ。やる気だ。まずい、ヴァンくんが奪われちゃう……何から、って言うのはわからないけど?
「お願い。今はリサであっても邪魔されたくないの。そのままでいて」
随分前にも私に怒っていたことがあったけど、半世紀以上一緒にいて、こんなに敵意を込めた目を向けてきたのは、初めてだと思う。でも、それは間違っている。
「エリナ、いくらなんでもそれは違う!『発情』を抑えて!」
「ファ?!発情ってなんすか!聞いてない!」
だって、言ってない。いくらなんでも、私たちが子供に発情するなんてありないと思ったから。
それでも、そう考えれば彼女の行動の変化は理解できる。
「エルフって、『発情期』があって、その時期になるといやでも『好きな異性』に近づこうとするのー!でも、普通は『好きな異性』がいないと症状は出ないし、仮に出ても症状は簡単に抑えられるはずだからこうなるはずないの!だからエリナ止まってー!」
何で、子供に発情してるの?そういう性癖だったの?子供が好きなのは理解できるけど、今までそんなこと、一度もなかったじゃない。障壁を叩いて叫んだけど、彼女には通じていないみたい。
「子供じゃなくて、ヴァンくんだから……愛してるからだよぉ。ねぇ、アタシのこと、嫌い?……ねぇ」
なんか怖い雰囲気を持っているエリナ。なんだろう、魔物の怖さっていうより、ホラー?みたいな雰囲気の怖さ。人の怨念とかが塊になった、ホロウやレイスを相手にした気分。
物凄く胸が締め付けられる。私はあんなの向けられたら動けなくなりそう。
その中でヴァンくんは肩を掴んで、
「エリナさん、好き嫌いと、愛情は違うものだ。本当に愛情があるのなら、我慢することも必要なのさ。
手を出したくてもガマンして見守るのも、愛情なんだよ」
なんか、良いこと言ってる雰囲気で決め顔をしている。……そういう状況じゃないんだけど?
「でもぉ、我慢できないーぃ!」
「ヒギャアアアアアアア!ヘルプ!ヘルプミー!」
結局襲い始めてしまった。大変、流石にこの状態は……どうなるんだろう。何とか彼女の腕から彼は逃げ出すけど、
「ヌフフフフ、ヴァンくん。逃げられると思う?アタシを誰だと思ってるのぉ?」
「これ違う!問題あるから!ストップ、ウェイト、シットダウン!」
いつの間にか、結界が張られ、徐々に狭まっている。今はいつもの磁力とか使ってないから、彼は逃げられているみたいだけど、このままじゃ、逃げ場のない彼は確実に捕まる。そうなったらその後……
うん、私その辺の知識あまりなかった!よく分からない!何されるんだろう!一応の簡単な知識しか、知らなかった!
「ノー!エリナさん、ノー!それダメ絶対!ロリとショタは問題、大問題!警察に捕まるから!R18っていうのは18歳になってからって意味だから!お酒やたばこと同じでオトナになるまで我慢しましょう!畜生!前世14歳でタバコ吸ってた俺が言うことじゃねえ!」
何かわからないことを言いながら、結界の中をひたすら走って逃げ回っているヴァンくん。そのまま逃げて!捕まっても、捕まらないで!あれ、矛盾してる?
「ムダムダァ、つぅかぁまぁえぇたぁ……」
とうとう、結界が2人を密着させるほどにまで、小さくなる。その中じゃ、捕まっちゃうのも無理はないかもしれない。多分、外には出られない。もう、終わりかもしれない。……何が終わりなのかよく分からないけど。私もかなり混乱しているみたい。頭が痛くなる。
「ああああ!くっそう!こうなれば、奥の手!必殺『後頭動脈圧迫法』!」
体を抑えられ、正面を向けられた彼が……意外なことに自ら彼女に食って掛かった。
文字通り、彼女の顎のあたりを顎で挟み込むようにしながら。多分、本気で噛んでない。いきなり、なんで?
「え、ヴァンくん?」
「――――――?!」
「チュバーーーーー!」
驚く私を無視して、彼はエリナに吸い付いて|いるような音を出している。どうなっているんだろう?なにしてるの?
「――――!」
エリナは必死に彼を放そうとして押しているようだけど、いつの間にか頭の後ろに回され撫でている腕が、彼女の口を彼の口から離させない。エリナは完全に押さえつけられて、撫でられている。窒息させてるとか?シッポも、いつの間にか、彼女のお腹や股の辺りに動かされ、何かを刺激しているみたいに見える。
それに何かを感じたのかエリナは、少し目を潤め、動きが緩慢になって行く。彼女に少し、玉の汗が出てきた。
「チュバーーーーー!!」
より大きくなってきた吸い付く音が、少しづつ変わり始めた気がする。どう変わったのか、私にはわからないけど。何かがうごめいてるような?撫でていた腕が、1か所、耳の後ろ辺りで、止まって、両手で対角する場所を抑え始めた。シッポも足の間で固定され、2本の足で彼女の体を固定して、放さないようにしている。首の角度がほとんど直角に近いけど、辛くないのかな。
「――!――――!――!――!――――!」
完全に、彼の口で抑えられて音が遮断されて、何を言ってるか分からないエリナは、目を潤ませて、彼の体を押しのけようとするのをやめて、むしろ彼の体を抱き寄せた。少しづつ、えずくようにしながら体が震え、そして、大きく身震いさせて、
「――――!っあああ!」
大きく体を震わせて、体中から汗と色香を滾らせた彼女は痙攣を伴った失神を起こし、倒れた。顔は、紅潮していてどこか幸せそうに見える。
まるで、幸せに震えているみたい。
「…………ヴァンくん、何したの?」
彼女が失神したことで、魔力の障壁や結界が切れたので、彼に聞いてみる。ちょっと意味が解らない。
「彼女は天国に召されました。もちろん、心の方で、という意味です。命は奪っておりませぬ。……スウウウウウウ、ハアアアアアア」
なんでか分からないけど、ポーズを決めている。手を合わせるような。うん、やめて欲しいかな、それは。
「何をしたのか、教えてもらっていい?」
「ハイ、後頭動脈圧迫法と言いまして、催眠導入に使われる手法の1つを利用した心理の一極特化、トランスに導く方法に御座います。トランスというのは例えば、忘我。つまり我を忘れるほどに集中する状態。例えばカタレプシー、恐怖や緊張で体が固まる状態を指します。今回エリナさんに施術したモノは、エクスタシー。つまり、優越感のトランスで御座います。とあるギタリストなんかが、自分の曲を聞いてる者たちが発狂するほどに興奮する様を見て、『イってしまう』と言われる類のモノです。それ即ち、1つの快楽の頂きに御座います。その状態へ導く理屈の1つとして、脳が酸欠、つまり呼吸困難に落ちいったが為に、脳内物質で興奮させ、その影響で快楽を感じてしまう、という経緯が御座います。極力その過程で恐怖を感じさせないよう配慮して、安堵感を覚えさせながら酸欠状態にする為に首ではなく耳裏の血管をおさえ、血流を少なくさせて戴きました。また、彼女は俺を求める状態であるが為に、此方から敢えて行く事で少なからず彼女の欲求を満たし、快楽に溺れやすくさせて戴いた次第で御座います。今の彼女はお花畑にいる状態です。ワタクシめのチッスは、日本人の形だけな口のみの不快なチッスとは違い、欧米の濃厚で激情ともいえる熱烈チッスに成りますし、舌の長さから言って相応の刺激など、御茶の子さいさいという所に御座いました故、今回使わせていただいた次第であります。できれば、使いたくはなかった……」
なんだろう、ほとんど全部、分からない。でも、命や体に別条はないんだよね?なら、いいのかな?……うん、良いにしておこう。多分。
「つまり、エリナは気持ちよくて失神したって事で、良いのかなー?」
そんなこと、ないと思うけど。
「はい、その通りでございます。スウウウウウウ、ハアアアアアア」
なんでか知らないけど、手を回した後に、手の平を合わせた。何だろう、この動き。無駄がなさすぎる気がする。
それより、私の言葉があってたっていうのがすっごく、意外。それで合ってたんだ。違うと思ってた。そんなことは普通、起きないよね。
「うぅ……ヴァンくん?」
「っ!届け!俺のパッション!チュバーーーーー!」
「――――!!」
またやってる。ちょっと意識を取り戻しただけなんだけど、やられているエリナはなんかすっごく幸せそうな顔になっているから、放っておいた方がいいのかもしれない。うん、そっとしておこう。
でも、起きたら説教だからね。覚悟して……あー発情って、少なくとも1週間は続くんだっけ。参ったなー。抑える薬も手持ちにないし。
これじゃ、私じゃできない仕事が彼女に任せられない。彼もこの部屋で生活するのは難しいかな。
いろんな問題を孕んだこの事は、正気に戻ったエリナに任せよう。彼女が撒いた種なんだし……なんでこうなるんだろう?私の溜め息は、子供とは思えない熱烈なキスの音にかき消された。
「チュバーーーーー!」
精霊のボヤキ
――なんか、あんたもメタい発言してない?――
テンパってたんだよ、畜生!
――説明も長いしメンドクサイ、あれやめてね――
俺に味方はいないのか!




