after2 学園長?
「えー……それでは、今回の遠征は俺が引率します。全員遅れずについてくるように」
「「「えー!」」」
学園前広場で宣言した俺に、絶叫する子供達。そんなに嫌か。たまに遅れる子もいるから、仕方ないか……?
「リョーシュだろ、校長!忙しくないのかよ!」
前の方で喚く男児。ゴーシュだったか。最近、顔を覚えるのも慣れてきた。
「嫌なら別に……」
「「「いく!いくいくいくいく!」」」
不満かと思っていたが、そうでもなかったらしい。別に強制でもなければ、学科でもない。自由参加なのだ、これは。総勢70人程が、楽しげに騒いでいる。
――……ただの遠足でしょ?――
そう。ただの遊びだ。たまにはこういうのも無ければ、学業も続かん。あっても続かんが。
学校ができて5年。最初は学の無い大人もいたが、最近入ってくるのは子供ばかりになった。西の都に残っていた者も始め、各地のストリートチルドレンも、問答無用で受け入れた。その為の学生寮まで建設するに至っている。
領の収入のみで学園を運営しているが、学校から出た者が領で仕事をし、遠方に行った者が支援してくれる。貴族連中も、ストリートチルドレンを引き受けるからとして、カンパしてくる。
ストリートチルドレンが居ると、下手すりゃ「汚物は消毒」ってことで、子供を殺すバカが居る。死体は放ったらかしだ。恨みが連鎖して、犯罪の温床が出来上がる。その根本を断つから、治安が良くなる。カンパの理由はこれだ。
慈善活動にも見えるが、この学校を卒業した奴は高確率で領に残る。つまり、働き手が増える。仕事はそれなりにあるし、無くてもサーシャが斡旋する。
やっぱり頼んでないのに、サーシャの方から来て仕事を振っているのだ。更にはこっちに製造工場まで建てやがった。半年の半分近くはここに滞在している。もう、ここに住むつもりじゃないのか?
ともかく、学生を連れて遠足だ。別に難しくはない。森を歩くだけだ。
――遠足がそれって、どうなんだろうね?――
森の奥には、一般人はあまり行かないだろ?綺麗な湖があっても、行った事が無い奴は多い。
「なにこれー?」
ちょっとした池の側に来た時に、ルッチが木を見て声を上げている。泡がついている。
「カエルの卵だな。木に泡を付けて、その中に卵を入れているんだ。孵化したら水の中に落ちるようにしているんだよ」
モリアオガエル。珍しい生態のカエルだ。不思議な生態とされるが、それは異常な行動でもない。普通だ。
「どんなマホー?」
「魔法じゃない。生物が持つ、普通の行動だ」
「「「えー!」」」
――子供には普通じゃないみたいだねぇ?――
「これはあれだ、シカの子供が斑点が付いているのに近い。卵が食われないようにする為だよ」
「子供は?」
「食べられても自己責任でお願いします」
「「「ひどー!」」」
俺の言葉で驚く子供達。でもそれが野生だ。
本業であった狩人の仕事が減り、領主としての仕事もルーティン化して辛くも無くなってから、ずっと子供達の相手をしている。だから多少慣れてきたが、それでも子供の集団相手は随分しんどい。
そもそも1人で充分負担なんだ。人数が増えれば、全員に目を掛けるだけの時間が少なくなるが、負担は変わらない。その上で親御さんが滅茶苦茶言うようになったら、手も付けられないだろう。
――板について来たじゃない、校長?――
……校長って、普通こんな前に出たりしないけどな。
「コーチョー!あそこにいるの、なにー?」
一際幼い子供……シーリアが叫んで、指をさしている。
その先には、アイロンベア。毛皮がやたらに硬い動物だ。肉も非常に硬いから食えたもんじゃないが、毛皮は利用価値は、一応ある。鑢にできる程の硬さなんだ。
「ベアだー!」
動物の怖さを充分分かっているゴーシュが同じ場所を見て叫び、それに他の子供達が騒ぎ出す。ヤレヤレだ。怖さが勝ってテンパったな。
テンパった子供につられて、クマもテンパった。目付きが変わって怯えが入り、同時に攻撃性が増している。
肉食動物は、ビビらせる=ゴングだ。事実突進してきた。
「――BANG!……駄目じゃないか、ゴーシュ。あの手の動物は、騒いだら気が立って攻撃する事が多い。大声出したら、誰かが頭齧られるかもしれないって事だぞ?」
「……ごめんなさい」
クマの頭をサクッと撃ち抜いて、転がるのを見ながら注意する。軽く脅す形になるが、自然に優しさなんて存在しない。
「野生動物を見た時の絶対のルール。安易に近づかない。声を出さず、静かに観察、かつ警戒。相手が攻撃性の高い生物かどうかを判断。肉食なら近づかず、ゆっくり離れろ。草食でも獰猛なタイプもいる。一定の距離や餌場に入らなければ危険は無いが、入った場合高い場所に行ったり、障害物を利用して逃げろ。良いな?」
「「「……はーい」」」
一気に言ったから、一発では分からないだろう。帰ってから復習だな。不安そうだし、ベソ掻いてる子もいるから。先に落ち着かせないと駄目か。
――校長らしい事できてるんじゃない?――
校長は狩りしないけどな。
その後、なんやかんやで騒ぎが戻り、キャンプして森の散策を楽しんだ。主に子供達が。70人分の面倒を見るの、結構しんどい。年長者が年少者を、自然と面倒見る辺りが救いか。
……なんでこうなったんだろう?
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「「「おかえりー」」」
帰ってきたら、子供3人がお出迎えだ。ソナタとワルツだけでなく、アリスとの間にも子供ができた。こっちは真面目に俺の子だが……本当に騒がしい。女の子だが、多分一番騒がしいだろう。
「はい、ただいま……」
「……お疲れさま。ヴァン、大丈夫だった?」
帰ってすぐソファに倒れ込んだ俺に、4人が一気に群がってきた。アリスはお茶を用意していたらしい。こっちもこっちで大変だったんじゃなかろうか?3人を全員、ちゃんと面倒を見ているんだから。
「アイロンベアが出た事以外、問題は無かったな。これは会議で議題にするべきか。そもそも何で俺は教師やってるんだ?狩人なのに……」
「いーじゃん、狩人せんせー!」
やんちゃ坊主に育ったワルツ、俺の背中の上に圧し掛かりながら騒いでいる。確かに、学校で自分が知っている狩りのやり方を教えているが……俺のやりたかった事じゃない。
いつの間にか大規模事業化が進み始めているこの学校。ある程度読み書きを教え、仕事を覚えさせれば、将来的に領の利益につながると考えていた。事実そうなっている。そこはまだいい。
最近では、王都にある貴族専用学園に劣らぬ人気が出始めているらしく、貴族以外の子供が行きたい場所に上がっているらしい。学校が義務になっている日本人だと絶対に納得できない現象だ。アフリカか、ここは?似たり寄ったりか。
おかげで申請も徐々に増えて、子供の数も増えてきている。教師が足りなくなりそうだ。
エリナさん達は当然、仕事と並行して教師をしているが、何分冒険者業。ある程度のサバイバル力を覚えなければ、付いていけない。冒険者業の前にサバイバル力を身に着けるとして、狩りの授業を必須化している。
魔術や剣術を、ヴィンセントやエイダが率先して教えている。教え方も丁寧で分かりやすく、時に厳しい。規律の取れた行動も取れ、信頼されている。マリアとリリーは基本的な読み書きなどを中心としている。皆戦争の後、思う所があってあまり仕事ができなかったらしい。
それぞれの子供も、大きくなってきた辺りで学校に入る予定のようだ。まあ、親ならそれを望むだろう。子供が嫌がっても。
「学校がデカくなってるから、忙しすぎるんだよ……お前らも入るとか言うのか?行かなくてもいいんだぞ?」
「あたりまえじゃーん!おもしろそうだもん!らいねん入るんだよ!」
「いくー!」
気持ちを確認してみれば、あっさり行きたがる。遊ぶ場所じゃないんだが……やる気満々なんだな。燥いで俺の上で跳ねている。苦しい。
「でも、怖い事あるんだぞ?アイロンベアが出てきて、攻撃して、身体ぐちゃぐちゃに……」
「バーン!ってやれば良いんでしょ?」
軽く脅すような言い方をしたら、ワルツの奴が俺の狩り魔法を真似た攻撃を花瓶に中てて割った。どうせ数分で作れるものだから、別に割れてもいいけど。っていうか、適当に手を振るだけでも、俺は直せるけど。エリナ流の方法で。
「……ちょっと待て、どこで覚えた?俺はそのやり方……」
「本に書いてあった。ヨユー!」
教えてもいない技術を、ワルツは自然と覚えたらしい。これは色々教えておかないとヤバいかもしれない。……破壊神と神族の血だからか。だからこんな破壊行動、全く気にしないのか。
――自分だって同じようなもんでしょ?――
オッサンはこんな節操無い行動しません。
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――更に数か月後
「……学園成立5年……は確かに記念だけどさ。それくらいで浮かれてもしょうがないだろ」
珍しく全員が集まる教員会議。そこで更に頭を抱えたくなる問題が起きた。問題と言っても、危機的なものではないのだが。
「ええやないか、精霊術師増やせるんやったら。旦那の子供もなるかもしれんやろ」
「ええ。剣士としての才だけでなく、精霊術師となったヴィンセント様に憧れる生徒も多いです。可能性があるなら、それも良いのではないでしょうか?」
「だからって、子供達だけで銀嶺にある精霊の泉まで向かわせるって……やりすぎじゃないか?」
学園成立5周年祭。なぜか俺以外全員やる気になっていて、かつ内容が勝手に上がってきた。恐らくエリナさん辺りが主導したのだろう。やりたい内容をとにかく集め、遂行できそうな物からやるらしい。
その祭りでやる内容が、精霊を宿す為の儀式だ。一応、年齢制限を設けるらしいが、やる気のある子供に全員やらせるらしい。
「それでも参加資格は、闘うチカラを持っている、サバイバル力がある子供だからねぇ。それに1人じゃなくて、グループで向かうの。良いじゃない、これ」
「精霊を宿す人が少ないのも、宿せる場所を知らない人が多いからだしねー」
エリナさんもリサさんも賛成らしい。賛成多数で決行されそうだ。
「明確な安全を確保できない限り、安易にやらせられません。そもそもあそこは、他の領主が治めている土地なんだ。その間に複数の領も通る。それを黙認してくれるとは限らないだろ?」
「それなら心配ない。先方の息子が、来年こちらの学園に入学するそうだ。貴族関係での問題の話は済んでいる」
「山にいる生物も、充分相手取れるレベルが多いでしょう。それだけの剣士や術師は育ってきています。サバイバルについても、ヴァンさん主導で教えている為に、無理なく行えます。弓切りで火を起こすのですら、楽しんでやっていますし」
俺が反論したら、意外な答えがぞろぞろ出てきた。そこそこ危険な動物を、子供達だけで容易に撃退できるくらいになっているらしい。
――……魔法があるのに、弓切り?――
あれは趣味の延長で、かつ物理的な勉強として教えたんだ。そう言う物理現象が、魔術に大きな意味を持つ事がある。電気分解的なチカラを魔術でかけるだけで、簡易水素爆弾ができる程なんだし。核を使ってないけど。
何にしても、問題はほぼ解決している状態で議題に上がっている。出来レースだ。
「……もういい、分かった。それを実践してみるとしよう。普通の文化祭みたいになると思っていたけど、やっぱ感覚が違うんだな」
――出店とかは無いのかぁ……どうなるのかは楽しみだけどねぇ――
呆れている俺を他所に、会議はそのままテンションが上がりっぱなしで進んでいく。
戦争の影響もあり、全員前線に立つ事の意味を深く考え続けているところはあるらしい。
もし仮に、もう一度あんな事になった場合にどうなるのか、自分達の子供が何もできないまま……そんな風に考えている部分もあるのだろう。
だから、こんな話になっている。……現状、敵国となる相手は無いのだが。しかし、不穏分子はある。どれだけ経っても、人間は争うのが好きなのだから。
その年から始まった、学園主導、精霊の泉巡り。それによって毎年数人、精霊術師が産まれる事になった。
……そしてなぜか、その学園で生まれた精霊術師は、『焔の銀狼の御子』なんてあだ名がつけられるようになった。意味が分からん。二つ名、勝手に使わないでくれ。




