13話 モヤモヤ
前回:――並人は雑種。これ基本だから。え、他の話は本編じゃないでしょ?雑談なんてどーでもいぃ――
「くっそ、何がブラウンベアを殴って追い返しただよ。どっかの村人の武勇伝くらいで偉そうにしやがって。そんなの俺だってできるよ」
ケンジは近くの席で食べながら話をしているあの子の事を睨んでいる。私には不幸じゃないなんてあまり思えないけど、本人は面白くなさそうに、いやそうに話している。
「あれって、本当の事なのかな?流石にわたしは嘘だと思うなー。だって、家族であからさまに差別とかする?」
「いや、どこぞの貴族なんかもそういう差別はするし、普通じゃねえ?」
マリーとロビンも、自分なりの考えで話している。私は普通の家で、両親に愛されるのが当然だったけど、そうじゃない人っていたんだ。どうしてそうなるのか理解できないけど。
「あんなのでっち上げに決まってるだろ!そうじゃなきゃ、おかしいって。そう思うよな!」
「主にどの辺がでっち上げだって思うのよ」
カリカリしたケンジは八つ当たりするように声を上げている。と言っても、エルフさんたちに聞こえないように。……気を使っている、って感じじゃなさそう。それにいやそうにマリーが返している。
「だから、全部だよ!全部なんかうさんくせぇじゃんか!」
「そうか?それにしちゃ随分すらすら話してたじゃねえか。案外、全部本当のことかもしれねえじゃん。
それに、ずっと逃げ回ってた割に、ゴブリン50匹だっけ?殴り倒してきたってのも、子供助けた話からすれば変じゃない気もするけどね、俺は。
だって助ける為なら、何でもするって考えしてるてんだろ?騎士とかにたまにいるじゃん」
ロビン、意外と彼を認め始めている。獣人は悪人しかいないって、彼も前は思っていたみたいだったけど。言ってることもちょっと分かる。
「だからってヒーロー気取りか?それに子供にその数は、絶対無理だろ。あの2人がやったのを横取りしたんだよ!」
「それ、あんたがいつもやってる事じゃん。何言ってるんだか」
そうなんだよね。最近ずっと、誰かの手柄を自分のモノにしてばかり。彼はなんでそんな風になってしまったんだろう。ここ数年の間に、一気に悪い方に向かっている気がする。マリーの言葉にケンジは睨み返すだけ。
「あー、俺もう行くわ。ちょっとこの後行きたいところあるし。じゃーな」
「んじゃ、わたしもー。とっとと帰って、勉強でもしよーっと」
2人は空気が悪くなったこの場をそのままにして去っていく。私も、どうにかできる気がしない。周りの騒がしさが、どこか遠い音のように聞こえる。
「ねえ。あの子の事はもう忘れない?気にしていても……」
「なんでそうなるんだよ。あいつのせいで俺はこんな目にあっているんだぞ?それで何もなしなんて、ありえないだろ!」
森の中で何度会っても、私たちはあの子の悪戯に負けていた。本当に危ない存在なら、悪戯なんてしないで、攻撃してくるはずなんだけど。
それを何度言っても、彼は納得しない。自分が負けたことを認めたくないだけなのに。負けず嫌いなのはいいんだけど、八つ当たりはやめて欲しいかな。
「最近、オークが増えてる場所があるから調査するんだったよね?それ、私たちもやってみようか?それで……」
「それは今関係ないだろ。意味わかんねーよ」
分かってよ。そんな暗い気持ちの話なんてしたくない。もっと、明るい話とか楽しい話、そうでなきゃ仕事とかで紛らわさせてよ。……どうせ、おいしいお店とか演舞場に誘っても来てくれないんだし……2人で行きたいのに。行きたいとこ、したいこと、いっぱいあるのに。
「ああ、もうイラつく!」
「っ!ケンジ、待って!」
勝手に怒って、ケンジは立ち上がりあの子の方へ歩き出した。止めてはみたけど、やっぱり止まってくれない。そのまま3人のテーブルまで歩いて行ってテーブルを叩いた。
「おい、お前!」
「お?なにDQN。もうお前盛れないんじゃなかったの?」
「っ!このガキィ!」
「――点火――」
「あっつあああ!」
あの子の一言に怒りだして掴みかかったのに、あの子が一度だけ私達に見せた、火を体に灯す状態になって、手を焼かれたみたい。何をやってるんだろう。彼は熱くなりすぎだと思う。
「大丈夫、毛根しか焼いてない。手の毛が永久になくなってツルツル卵肌。やったね」
「ヴァンくん、書き換えしたからって安易に使わないでよねぇ。ちょっとびっくりしちゃった」
3人は、こんな状態でもなぜか涼しげ。それに対して、ケンジが怒り始めてから、周りの人は騒ぎだしてる。特に、あの子が火に包まれた辺りから。
騒然としているというより、興奮しているみたい。決闘の時にいなかった人達だ。エルフさんたちが話していた、彼の独特な魔術を初めて間近で見たからだと思う。こういう術式は、実際に文献を探してみたけどほとんど存在していないみたい。
普通は武器につけるくらいだし、重複なんてあまりしない。周りに影響を残すのはどうやっているんだろう。
「くっそ、ちょっとすごいことができるからって調子に乗りやがって!」
「いや、調子に乗ってるのはお前だろ。俺は命を守るためにこれ作ったんだし、誰かに見て欲しいんじゃないんだけど。
お前の場合は違うだろ?自尊心とか自分の立場とか、見栄とかそんなものの為にケンカ売ってるんだからさ。ちょっと等級が高くなったくらいで、何でもできる気になってるだけじゃないか?それが八つ当たりの元になってるんだろ」
「そんな訳ねえだろ!……俺は……」
「あるじゃん、そんなわけあるじゃん!」
もう、我慢できない。私は彼の肩を掴んで、言いたいことを、我慢していたことをぶちまける。
「実際にケンジ、三等級に上がってから段々おかしくなってったんじゃん!
それに、何?子供相手に殺す気になってるのに、この間はゴブリンの数が20匹居るからって、逃げようとしてたじゃない!
その帰りがけに、その子見つけて、もう持ってないって言ってた毒物使って!それでも負けて水に沈められて!それを根に持って、私たちにまで八つ当たりばっかりしてるんじゃない!昔はそんなじゃなかったのに!もう昔みたいに、がんばろうとか思わないの?
もう、ホント嫌。ケンジなんて……大っ嫌い」
……言っちゃった。最後、呟くような感じになったけど。そんなこと、言いたくないのに。本当は、好きだったのに。でも、好きなのは今の姿じゃない。それなら、もういいよね。
「ごめんね、獣人君。仲良くしてあげられなくて。私たちも、彼以外はもう君のこと嫌いじゃないから、これからは仲良くしてくれるかな?」
私は向き直って、狼の子に話しかけた。きっと、あの2人も私が怒ったからって、納得してくれる……して欲しい。
できれば、この子とも仲良くできればいいんだけど。
「いや、仲良くもなにも、殺しかかって来ただけのヒトにいきなりってのは無理です。もう少しゆっくりでお願いします」
「ヴァンくん、それは違うでしょぉ。ごめんねぇ、こう言いながらも、いやじゃないと思うからさぁ」
この子が冷たい目をしているのだって、こんなこと言うのだって、怖い思いをさせていたからじゃないかな。でも、きっと仲良くできるはず。
それなのに、
「お前、何言ってんだよ。こいつは獣人で、悪人なんだぞ?それなのに」
「悪人って、なんだろうね。この子は村人を助けたんでしょ?ケンジは20匹で怖がって逃げたのに、この子は50匹を相手に独りで。それが悪人なの?」
彼は頑ななまま。でも、旨く言えないけど、そういうものじゃない。それを言ったら、私だって……
「ケンジ、もうこの子に関わるのやめて。じゃなきゃ、今度は私が相手するから。この子に関わろうとするなら、もうあなたとは組めない」
もう、好きな人がこれ以上悪くなっていくのを見たくない。……なんでこんな奴好きになっちゃったんだろう。自分が恥ずかしくなってきた。
「…………くそ、勝手にしろ!やってられるか……」
悪態突くだけついて、彼は酒場から出ていく。もう、きっと昔みたいに4人で仲良く、明るい未来を目指すような事はないんだろうな。リーダーだった彼が、これだもん。
「なんでDQNってああなのさ。流石に最初からそうだったんじゃないんじゃ?そういう性格なら早々にチーム解体とかしちゃうだろうし」
首を傾げているこの子は、どれくらいの事を分かるだろう?
この子にも分かって欲しい……だから、私は椅子に座って、彼らとの出会いから、今までを話した。
最初は違うチームだったけど、初めての仕事でそれぞれのチームが壊滅状態になって、その時に助け合ったことがきっかけで。
それから一緒に仕事をするようになって、段々難しい仕事を任されるようになって。彼はよくある、ドラゴンを討伐したいなんて子供みたいな夢を持っていて、それをみんなでからかって、それでも、みんなの目標にしていて。
みんな少しづつ努力して、強くなってきていたはずなのに、ちょっとづつ、彼がおかしな行動をするようになって……
気づいたら、
「で、今に至る、か?何の心境の変化があったんだよ」
「あぁ、もしかしてだけど、あの子の父親かもしれないねぇ。随分前だけど、あいつの父親ただでさえ没落した貴族なのに、実家から勘当を言い渡されてるから。
父親大好きなヤツだから、それがあるのかもねぇ。ドラゴンっていうのも、一度あいつの父親が討伐隊に組み込まれたからかもしれないし」
「……なんだろう、納得できるような、出来ないような?エリナさんだったら、ひと声で瞬殺しそう」
実際、そうかもしれない。彼の父親は、戦闘能力でそんなに飛び出た人じゃない。けれど、知略の面では凄かったと言われる人だった。ここ数年は、ギルドにこもってばかりいたみたいだけど。
「そうやって生活している間に、私もアイツ好きになってたのに、なんでこうなっちゃうんだろう」
「はあ、青春ですねえ」
……あ、つい言っちゃった。こんな気持ち、マリーといても話せなかったのに。顔が熱くなってくる……焦った顔を隠したけど、見られたかな?
「でも、好きだったのは今の彼じゃない……ですから。本当はもっと、勇敢で明るくて、優しくて気のまわる、そんな人だったのに」
まるで、何かの暗示にでもかかっているみたい。そうじゃなきゃ、中身だけ別人になったような、取り憑かれているような……。
「すみません、こんな話。そんな面白くもないのに」
「いや、結構波乱に富んでて、聞いてる分には面白いよ。俺の前世の愚痴より100倍面白い」
「それ、自分で言っちゃうー?確かにさっきの話は不快っていうか、退屈な感じだったんだけどー」
褒められているのかな?自分の人生なんて、本当にちっぽけで他愛のない物なのに。
「どうせなら私、君に恋した方がよかったのかもね」
ちょっとからかってみようか。どう反応するのかな?
「いや、俺まだ子供だから。問題になりそうでしょ、それ」
ちょっと反応が薄い。でも焦ってるみたい。エリナさんが楽しそうなのはこういうところかな?
「えぇ?あと数年待つだけじゃなぁい。あんな悪人みたいなやつよりいいでしょ」
「おろ?言ってなかったっけ。俺は前世で悪魔みたいに呼ばれてたんだよ?」
え、何でだろう?さっき聞いた感じだと、そこまで言われるほどじゃない気がしたんだけど。
そのあと、少し話して別れた。話してみるとこの子、悪い子じゃなさそうだ。これでも変わらないなら、彼とはやっぱり決別することにしよう。
精霊のぼやき
――彼らの話は、章を書くときに急遽追加されたそうです。だから名前適当なんだねぇ。マジで笑えるぅ――
だからメタい!そして嗤い方が悪辣!




