22話 歩む先は
前回:――最後の戦い、近いらしいです――
闇が辺りを包み、静寂が支配する中、テントの中で呟く。その声は誰に向けた者でもなく、恐怖を誤魔化そうとする者でもない。来たる戦場に向けて準備する、魔術のストックの為のものだ。
ヴィンセント・ハートフィールドは、己の発案した作戦の為に、持てる力を全て注ぐ為、独り呪文を呟き続けている。
「ヴィンセント様、そろそろ夜も更けます。仕込みの具合は如何でしょう?」
エイダは落ち着いた声で、彼に語り掛けながらテントに入ってくる。その声に、少し振り向いて笑顔を見せるだけで、またすぐに呪文を呟き続ける辺り、まだまだ先は長いのだろう。
エイダは少し曇った顔で、彼の側へと進み、傍らに座る。今、自分が出来る事は、何も無い。それを知っていながら、それでも彼の為に何かできないかと思い、しかし彼に必要な事も無い事を悟っている。
自分がこれから死地へ赴く事より、先に奪われた命と、側に居る者の事ばかり考え、故に心の向く先を求めながらも、どこへ落ち着けばいいの変わらなくなっている。だからと言って癇癪を起して、何もならないと自分に言い聞かせ、それでももどかしく、何かに当たりたくもなっている。
その向かう先は、最悪とも、当然とも言える方向だ。
「ワタクシは、自分が間違っていたと思っています。ハルが嫌がろうと、ヴァンさんが渡そうとした、刃のある武器を持たせるべきではないか……或いは、帝都の決戦時に、妙な方法での戦い方を、彼女に示唆するべきではなかったのかと……」
彼女が命を奪われたのは、自分に責任があると考えている。先の戦いで覚えた方法を、あの時の戦いでも使っていた。僅かな攻防であったとしても、刃を持っている武器なら強い牽制を与えられた。嫌がったとしても、それが違う結果を与えたはずだと思っている。
それはと利用によっては、彼女を殺したのは、自分なのだと思っている、という事。
「私は間違っていなかったと思うよ。無理に命を奪う道具を渡そうとしたところで、彼女は拒否して使わなかっただろう。あの場で仕える力があるからこそ、あの瞬間、あの行動が出来たのだ。
事の成否はどうあれ、彼女は不殺の誓いを貫き通し、自らの理想とする事に尽力した。彼女の事を、掛け値なしに尊敬し、誇りに思える」
詠唱を止め、しかしエイダの顔を見ずに、呟く。心にしこりが残るのは、彼も違いはない。だが表情は晴れてはいないながらも、同時に曇りもなく、強い意志が現れている。自分達のいる場所に、胸の内に空いた穴は大きいのだが、それがまた、別の意味を与えた結果だ。
「ヴァンが我々に語った、あの地下水道の言葉……今は、誰よりも、何よりも分かると言える。知ったつもりになったところで、本当に失うまで、分からない事もある。分かったつもりで戦場に来たが、本当に失った今となっては、その違いがよく分かるよ」
ヴィンセントは目を閉じ、胸に手を置き、心の内を語る。嘘偽りない、本当の気持ちを。
「あの時、命が奪われた事に驚き、震え、自分がどうすれば良いのか分からなくなっていた。そんな中、彼だけが動けた。
どうすれば良いのか言われ、その通りに行動して、それだけでも勇気が居ると感じた。彼はそれを超える、とてつもない勇気を持っていた。
大事な者を奪われたら、それを想像するだけで、恐ろしくて目を背けたくもなった。彼は、それを理解しながら、目を背ける事無く、前に進んでいた。助ける為、守る為、自身の信じる正義を果たす為。
……物語に拘り、囚われていた自分が恥ずかしくなって、彼と共に居れば知れるかもしれないと思っていたが……最も良く分かったのは、ハルを奪われてからだ。どこかで失うはずがないと思っていたが……
この空虚な気持ちは、目を背けた恐怖そのものだ。
ミーシャが討たれた時、彼もまた、この気持ちを抱えながら、やはり助けようと懸命になっていたのだろう。溢れ出る様々な感情を抑え込み、何とか制御しようとして、自分で自分を失いながら。あの時も我々は何もできずにいた。やはり、彼にはなれないのだ。
だが、彼には無い物が、私にはある。君が居る。彼女への想いは消えていない。3人で居た思い出は色褪せない。我々の向かおうとしていた道の先は、まだ閉ざされては居ないのだ。まだ、彼女の為にできる事は、有るはずなのだ。
この戦争……バアルの起こした茶番のせいなどで、これ以上の命を奪わせる訳には、絶対に行かない」
これまでに何度か会っただけで、黒幕とされてきた者の、浅はかに過ぎるその心を見て、彼も絶対に退く事が出来なくなった。だからこそ、ハルの心を自身に強く刻もうと考えている。
それは、彼女では決して考えない事だろう。だが同時に、命を重んじる彼女を奪われるに至った、自身の咎として考えている。
「……精霊の魔術を覚えて、ますますワタクシは要らないかと思いましたが?」
「むしろ、君の有難みがより深く理解できるようになった。今回の作戦にも、手を借りるはずだ。
だからこそ、傍にいて欲しい」
2人は自然に手を取り、視線を交わす。そこに愛嬌のあるもう1人は居なくなった事を深く理解しながら。
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「あの……えっと……」
「何や……入るなら、さっさと入ったらええやないか……?」
何を言えば良いのか分からなくなっているユウタは、テント越しにリリーに声を掛ける。
先日、戦場だと言うにも拘らず、彼女の方からその気持ちを打ち明けられ、自身も周囲の後押しもあって、勢いでなんやかんや……と言う所は覚えているが、その後は興奮と混乱で、何をしたか自分で覚えていないし、何を言ったのかも覚えていない。どんな事をしたのかだけは、後になって理解したが。
「じゃあ、入るね……」
「……」
気恥ずかしく、どこか怯えるような目つきのまま、ユウタはテントに入る。リリーはそんな彼を嫌に思わず、むしろどこか期待しながら、黙って頷くだけだ。
ユウタが怯えるのは、勿論彼女ではない。自分がまたおかしな行動をしないか、そして……
「……フラグは嫌だな」
「……」
定番の言葉を言って、回収したくないと言う、創作のお約束だ。
「何を怯える必要があるんや?……嫌やったら、戦場に行かんでもええんやし……」
「嫌って訳じゃないけど……いや、うん……なんていうか……」
リリーが零した不満に、ユウタは何か言い訳をしようとして、何を言えば良いのか分からなくなる。嫌な事が多過ぎる。だが、彼女が嫌な訳では無い。
「……戦場に行くのは嫌だし、置いてきぼりにされるのも嫌だよ。皆がやられるかもしれないのも嫌だし、誰かを殺すのは、やっぱり嫌だ。戦場だから仕方ないって言って、誰かを殺すのも、誰かが死ぬのも……戦争が、全部嫌だ」
「誰だってそうや。せやけど……」
嫌だからと言って、逃げられるとは限らない。言わずとも、ここまで来た彼らには、その道は無いと言って良い。
「……覚悟したはずなんやけどな……誰かを殺すって訳やなくても、ウチにはどうしても無理やった。覚悟やら、想いやらだけで、どうにかできるもんやなかったちゅうことやろうな。甘かったんや、ウチらは皆」
どこへ目を向けるでもなく、遠くを見つめ、2人は……
「この間の続き、頼んでもええか……?」
「あ……えと……?」
拙いながらにも、近づき、視線を合わせないようにしながら、触れ合う。
「……世界が滅茶苦茶になっても、今の思い出だけで生きていけるくらいに、忘れられんくしてや」
「……」
自身が何をしたか覚えていないとは言えず、ユウタは戸惑うが、彼女の言葉をできる限り真っ当しようと、無言でその体を抱き寄せた。
「……生き残れたら……その、色々と……」
「それはその時、考えようや。今は……」
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「……耳が良すぎるのも、困り者だな」
「うーん……ヴァン程じゃなくても、ちょっとだけ、声が……」
近くで焚火に当たっていた大神達は、テントの中で話している声が聞こえ、気まずくなってその場を離れる。盗み聞ぎきようとする者達を適当に氷像とヘルメットで拘束した後だ。全部聞かれていたと知ったユウタ達の反応は楽しみでもあるが、今は聞かなかった事にする方が良いと考えての行動だ。
「この間のハッスル気味なユウタ達のした事、知ったら驚くぞ?」
「……」
しどろもどろになっていたユウタの、訳も分からない言葉の内容も、それに対するリリーの反応も、後々話せば相当に嗤える内容だった。とは言え、聞く者によっては嫌悪や苛立ちの方が強く出る甘ったるいような言葉と、辻褄の合わない感情論の目白押しだったのだが。これはまた別の話、と言ったところだ。
それを知らないアリスは、恥ずかしい想像をして顔を真っ赤に染め上げる。
「盗み聞きをするの、ちょっと感心できないかな」
「うん……」
2人と共に居たマリアは、ジト目で大神を睨む。やはり勘違いしている様子だが、のちに本当にあった事を言われた時の顔は、また別の意味で楽しみとして取っておくことにする大神と精霊。ちょっと意地の悪いイタズラだが、傷つける目的でもない。
「まあ、あいつらは一緒に居たい奴といられるんだ。文字通り最期かもしれないんだから……」
「そういう事言わない!そんな風に……」
「……なるのが、戦場……だよね?」
なって欲しくはない、と3人は考えながら、しかしマリアは目を背けようとし、大神とアリスは見据えている。
ユウタはフラグがどうの、と考えるだろうが……ならない方が非常識だ、と大神は考え、それに精霊は鼻で笑って返す。
その会話を聞く事は出来ずとも、何を考えているのかを何となく察した2人も、溜め息と苦笑いを溢す。
「じゃあ……邪魔者は消えるから。お2人もごゆっくり……」
気を効かせようと、マリアは2人の向かっている方とは別に足を向ける。それぞれ目的がある訳でもなく歩いているのだが、居づらいのだろう。
「俺らはおかしな事しないから、寂しかったら戻ってきてもいいぞお」
「どうも、エリナさんにでも慰めてもらいますー」
マリアは相手もいないからと、嫌味交じりに声を掛ければ、大神に負けじと言葉を返してくる。その様子からすれば、強がっているのは間違いないのだが、しかし不安を感じさせない。
誰も死なずに戻るなど、誰しも期待して、必ず裏切られる事なのだ。それを悲劇とするなど、甘え切った感情でしかない。
それでも、
「……生きて、帰れるよね……?」
誰も受け入れたくない。
「そう……願うしかない。言えるのは、これだけだよ」
答えは神のみぞ……否、神ですら知らない。
如何なる皮肉か、彼はフェンリル。北欧神話では、神々の最終戦争にて神々を飲み込むとされたオオカミの、子孫。占いで示されたそれは、現実となった。
だが、それは正しかったのかもまた、疑わしい。ある者は殺せと訴えたとも言われる。殺していれば、占いは外れる。縛り上げず、手駒にする事も出来たかもしれない。生まれたばかりの弟は海に放り捨てた割に、彼は周囲の者に放置されている。そこで怪しんだと言うのに。
占いは信用するに値しないとしたなら、或いは命と心を、良心を重んじたなら、結果は変わったはずなのではなかろうか?
それでもフェンリルは悪とされ、縛られ、恨んだ末に、飼い主の腕1本と、神々の王1人を飲み込んだ。神々の王が手駒にすれば、悪とされた神を飲み込む可能性もあり、占いが当たった上で優位に立てたかもしれないとしても、尚。
勿論全ては憶測。後付けの言い訳。しかし、それらを全知全能だとしても、見抜く事は出来ないかもしれない。
そんな皮肉は、今の彼にも当てはまる。事前だろうと事後だろうと、どうなるかなど、神のチカラを以ってしても、完全に見通せないのだ。
「もし確実な未来だったら、チーズさんの占いで見えていたさ」
「……信じてないくせに……フフッ」
神に頼むにも、叶えるにはまず、自分が行動する必要がある。これはきっと、どんな時、どんな状況にも絶対に変わらない現実だ。
故に、彼らは祈らない。ただ信じて歩みを止めず、互いの手を取るだけ。




