10話 登録
前回:――ガキ同士の喧嘩。「そしてお前は次にこう言う!」とか言えばカッコいいのに――
「ようこそ、ヴァン・カ・フェンリル。私がギルドマスターのオリバー・シュタインだ。君の話は粗方、2人から聞いているよ。ゴブリンの件もその内詩にでもなるかもね」
ギルドマスターの執務室へ入ると、来るのを知っていたかのように笑顔で迎え入れ、マスターは彼に自己紹介をした。でも、その当人はというと、
「え、なにそれ聞いてない!有名になんてなりたくない!」
「いぃじゃぁん、冒険者って森の奥で戦ってたりするじゃなぁい。かっこいいとこなかなか見せられないから詩にして活動を伝えていかないとぉ怪しい集団に見られかねないんだしさぁ。
それで吟遊詩人に謡ってもらって、カッコいいって思われるようにしてるんだよぉ」
「エリナさん、腕の中じゃカッコつかないから降ろしてえ」
「えぇ、いやなんだけどぉ。あぁ、背中の毛が気持ちいぃー」
腕の中で、じたばたして離れようとしている。被ってたシルクハットもずり落ちた。エリナもエリナで、離してあげてもいいんじゃないかなーって、思うんだけど……
「すいませーん、この2人、ずっとこんな感じでして」
「いやいや、結構。しかし、随分気に入っているみたいだね、エリナ君。正直君が、そんなに気に入るなんて思ってもみなかったが。何か心境の変化でもあったのかな?」
ちょっと、探るような目つきになっている。多分、悪い意味じゃなくて、ちょっとした冗談の類だと思うけど。
「え、あぁ……なんていうかですねぇ、昔こういう子供を相手していたことがあって、懐かしくってつい、っていうかぁ…………」
しどろもどろになって、彼にかけていた磁力の魔術、溶けたみたい。ヴァンくんがいきなり地面に落とされた。
落ちた彼は空中でくるっと回って着地、ポーズを決めて「十点」なんて言ってるけど、なんだろう?
「フフフ、ずいぶんと賑やかになったね。まるで何か憑き物が落ちたようだ。これなら君にギルドを任せるのも、そう遠くないかもしれない」
「やめてくださいよぉ、アタシはそんな柄じゃないですからぁ」
話ながらソファに座る2人、その後について、私と彼も座ろうとしたんだけど、エリナったらまた彼を抱っこしようとして、ヴァンくんが嫌がり始めた。何度目だろう、これ?
「いやだあああ!膝に抱えなくていいでしょおー!」
「ええぇぇぇ?アタシに抱っこされるのそんなに嫌なのぉ?なんでぇ。お互いに気持ちいいんじゃなぁい?それって最高じゃぁん!」
「これが、ずっと続いているんだね。君も少し疲れるだろう」
マスターまで私に憐みの言葉を向けてきた。2人のこの状態って、いつまで続くんだろう。溜息をついても何も変わらないんだけど、どうしても出てしまう。
「ほらー、エリナも離してあげたらー?この子だって、ずっとダッコされたいわけじゃないんだからさー」
「ダッコ自体拒否したい」
私の言葉に、彼は本音をつぶやいたみたい。中身がなまじ大人だからなんだろうね、多分。
私としても、愛している人に抱きつかれるとしたら嫌じゃないだろうけど、だからと言ってそういう人がいるかというとそうでもないし、そうじゃない人に抱きつかれたら嫌な気分になると思うから、わかるにはわかるんだけどなー。
……ずっといたこと無いけど。悲しくなってきた。私より強い人、いないかな?自分より弱いのは嫌なんだけどねー。
「ヴァンくんも、ずっと嫌がっているとエリナが傷ついちゃうから、ちょっとだけ、我慢してあげてねー」
不服そうな顔をして「えー」なんて声を上げている彼をなだめながら、ソファに座らせてあげる。不服そうなのは、彼だけじゃないみたいだけど、そこまでは私も面倒を見切れないよ?
「さて、弟子の登録だね。実際には登録にしても結構手順はあるんだが、今回は簡略的に済まそうとは思う。それでも、分かって頂かなければいけない事がたくさんあるんだが、君は転生者なんだったね。その意味、分かるかな?」
マスターの言葉、小さい子供には解りづらいんじゃないかとは思うんだけど、
「そりゃ、そもそも仕事っていうものは社会に対して一定以上の意味を持っているものですし、それが成り立つには需要と供給のバランスが有って然るべきですしね。
魔物を放置していればそれは、社会において如何な問題を起こすのかは、承知しておりますよ。最も、簡単に説明されただけで、魔物狩り専門家、という事でしか、まだ認識できていないのが自分の理解の範疇なのですが。
簡略化、ということは本来踏まなければいけない手順、例えば現在の戦闘技能やサバイバル術など、冒険するにあたり必要な技能を検査するところを飛ばす、などと言うところでしょうか?
まあ、2年も自分はサバイバルしていましたし……」
……これが7歳の言う言葉なのかなー。やっぱり、知識とか理解が高いと、ちょっとは変わるんだろうなー。それにやっぱりよく喋る。でも、何でこんな演説みたいなことをするんだろう?体が子供だから、言葉の方で背伸びしてるのかな。
彼の言葉に納得したマスターは頷いて、
「うむ、それなら、これからする事務作業がどれだけの意味をするのかは、少なくとも理解できるだろう。この書類に、サインと印鑑、無ければ拇印をしてもらおうか。あと大まかな職種も決めなければ」
それだけ言うと、結構な書類をまとめてテーブルに置いた。それにエリナは不快そうな表情をするけど、
「なるほど、結構な手順があるんですねえ。
これは証明書を添付、ステータスでいいのかな?それと、冒険者の危険について、これは捺印とサインをしたら逃げられないって事でいいんですよね。
ああ、何があっても自己責任。当然ですね。危険あっての仕事なら意味の解らないクレームもあるはずだし。
職種?は、ああ、なら魔法剣士みたいなものでいいんですかね。接近も、魔法で遠距離も使うし。何かこの辺ホントゲームみたい。それからこれは……なんですかね?」
……やっぱり、剣も覚えたいんだ。私、そんなに人に教えるのうまい訳じゃ無いのに。というより、教えたことないんだよね。どうしよう。
あと、この服じゃ動くのに問題あるから、運動しやすい服も調達しなきゃ。折角エリナが用意したこの服、汚したくないし。
その後、彼が取り上げたのは、階級証明書類。つまり、
「それはねぇ、解放奴隷でも、一般市民でも、貴族でもないっていう証明なの。それを書いても、元貴族は偉そうにするんだけどねぇ。冒険者ってのは、特殊な階級にあるって意味。分かる?」
「特殊な階級?ヒエラルキーに属さない、枠組みから外れた人って意味で解釈してオーケー?偉いのか偉くないのかは知らないけど、別に俺は偉くなりたいわけじゃないから、どうでもいいし、問題ないよ」
彼なりの判断をしたみたい。ヒエラルキー、っていうのは、何かわからないけど。多分、等級とか貴族の制度にある上下関係って意味でいいのかな?本当に、前世の記憶っていうのたまに混乱させられる。
実際、世間の上下関係からは外れているんだから、合っていると思うんだけど……?
「ふふふ、ヒョウ爺が言っていた、面白い子というのは本当だね。この先が楽しみだ」
「あれ、あの人とつながり合ったんだ。意外。というか、面白いのか、俺?嫌みったらしいガキなだけだろうに」
首を傾げてる。私にしてみれば、社会の面倒ごとが全部当然になっている7歳児の方が、意外なんだけどなー。彼は黙々と書類にサインと拇印、それに書類に書かかれている内容を細かく確認して、質問と回答を繰り返しながら進めていく。
「うん、こんなところだね。正直、俺は冒険者より狩人として生きていきたいんだけど、ある程度は社会貢献しないと社会になじめないって訳だ。
結局どの社会でも、人のやることってあまり変わらないんだね。……なんだろう。この生々しさが違和感ある」
一通り書き終わって、一息ついたところでなにか悩み始めた。
「狩人か。それなら、今そちらも登録するかい?」
あー、マスター。それは今言っちゃったら……
「え!ここで狩人の登録もできるの?!聞いてないんだけど!どういうことなのさあ、エリナさん!」
そうだよねー。前は冒険者と狩人のギルドは別々だったっていうのに、連携している内に一緒になったなんて、教えてもいなければ、考えてもいなかったかもしれないのに。
すごい剣幕でエリナを問い詰めてる。
「あぁー、そのね?ヴァンくんを騙すつもりじゃなかったんだけどぉ。なんて言えばいいのかなぁ?」
困った視線を私に向けても、答えられないんだけど。エリナって、いつもそう。私も期待に応えられるのは限度があるんだけどなー。
「つまりあれか、片っぽだけじゃどうにもならないことが多くて統合された、的なやつなんだな?それをあえて喋らずにいて、俺が狩りに行こうとするのを邪魔していたんだ!チックショー!」
勝手に一人で答え出しちゃった。そうと言えば、そうなんだけど。
「ヴァンくん、落ち着いて。騙したくて言わなかったんじゃないから、ね?」
「分かるけどお!でもそれなら、俺を少しでも信じてくれてもいいじゃんかあ!俺の出した交渉の条件に対しても、反対の条件として言ってくれればよかったんだあ!1人になったら狙われるとかなんとか言ってさあ!」
あ、わかるんだ。私たちとしては、彼が独りになるタイミングがあったらきっと、悪いことを考えている人が狙ってくるんじゃないかって、そんな不安があったから言わないでいたんだけど。
「ヴァンくん、ごめんねぇ。嫌がらせでしたんじゃ無いんだよぉ。信じてぇ」
エリナは目を潤ませて、彼の肩を抱いた。それを彼は嫌がりもせずに、受け入れている。きっと分かっているんだと思う。
「そりゃ、2人が昔の事を少なからず引きずって、社会を変えたいって願っているのは聞いてるし、分かるんだ。でも、隠さなくてもいいんじゃないかな?」
精霊術師は嘘は見抜ける。でも、隠された真実が見抜けるわけじゃない。……だからきっと、彼は裏切られた気持ちになってるんじゃないかと思う。私だったら、そう思うし。
「君たちの間にある問題も、複雑だねぇ。でもそれはきっと、君たちの成長を促してくれる。私はそう信じているよ」
マスターのその一言で、その場の諍いは流れた。結局彼は、自身のやりたい狩人としての生活を我慢する形になりながら。
彼の寂しそうな姿を見てると罪悪感が募る。本当にこれでいいのか、分からない。応えてくれる人がいるなら、誰か、教えて欲しい。私はどうすればよかったの?
――――――――――――――――――――――――――――
部屋に戻っても、私たちの無言は続いた。その間、彼を腕に抱こうともしないエリナの気持ちが、私にはひしひしと感じられた。彼を想って、彼の危険を予期して。複雑な気持ちで我慢してもらっていた、そのはず。
その空気を破ったのは、
「はあ、やっぱり、このお茶にはミルクが合うね。2人も飲む?」
彼の気の抜けたような、こんな言葉だ。もしかしたら、私たちの気持ちを理解して発した言葉なのかもしれない。気を使っている、のかな?
「ヴァンくん、あのさぁ。さっきの事はねぇ」
エリナも申し訳なさそうにしている。やっぱりちゃんと話すべきかな。
「もうそれは終わり。俺の事、ちゃんと考えてくれていたんでしょ?それなら攻める意味なんてないし、むしろ感謝したいよ。俺が思っていた以上に、2人は俺の事思ってくれていたんだ。……ありがと」
話を打ち切って、彼は微笑んだ。……何だろう。どうして、こんなこと言えるのかな?自分の本当にやりたい事なのに。すっごくひねくれているって思っていたけど、彼は優しさが解らないんじゃないみたい。
むしろ……
「俺は2人を嫌いたいんじゃないんだよ。信じるって、言ったじゃん。……信じさせてよ」
なんでこんなこと笑顔で言えるんだろう。ちょっとだけど、彼を裏切るようなことしていた私たちの気持ち、分かるのかな?言うべき事を何も彼に伝えなかったのに。それが少し、辛かったのに。
「ヴァンくん、アタシ達の事、許してくれるのぉ?」
「許すも何も。やさしさは罪じゃない、と俺は思うんでね。2人の感情は、やさしさなんでしょ?そう思ったから責められないんだ。俺でもきっと、そうしたし、さ」
途切れ途切れになりながら、彼も語る。私たちが思っていた、願いを。彼はずっと願っていた。私たちが出会い繋がりを持つまでの間にも、より多くの人に幸せが来ることを。きっとそうなんだろうと思うから、
「ヴァンくん、ごめんねー。私たちが、きっと幸せにするからー!」
私は、言える言葉を、言える限りで伝えた。言えないことは、彼の望む行動で表していきたい。エリナも珍しく無言で、私と一緒に彼を抱きしめた。彼女のピアスも輝き、揺れる。
「ハイハイ。泣いていいからさ。幸せはどうであれ、ちゃんと責任は果たしてよね。俺の師匠なんだからさ。もー、何でこんなことで泣くかなあ」
お茶のカップを置いた彼は、抱きしめてきた私たちを受け入れて、やさしく包んだ。この気持ち、凄く懐かしい気がする。なぜか、幼いころに両親に抱かれた感触に似ていた。
「良ければだけどさ。カップケーキとか焼いてみようかと思うんだ。材料があるかは、知らないけどね」
彼の言葉に、私たちは応えなきゃいけない。そんな気がした。
「うん、ヴァンくんのしたいこと、何でもしてあげるって、言ったじゃない」
「カップケーキ、何か知らないけどー、おいしい物ならたっくさん食べたいなー」
彼は、私たちの言葉に気をよくして、頷いた。これから彼を教育しなきゃいけないっていうのに、私たちがこんな気持ちになるのって、なんか変だよね?
彼がキッチンに立って少しして……
「はい、できたよお」
「なにこれぇ、かわいいィィ!」
「あー、食べるのもったいない。食べていいのこれー?」
「食べる為に作ったんだけど?要らなきゃ俺1人で食べるよ?」
持ってきたお盆に乗った、小さなケーキ。彼の作ったカップケーキっていうもの、手のひらに乗るくらい小さくて可愛い。
そのまま飾りたいくらい。どうして、そのまま保存できないのかなー。もったいないけど、口に入れる。
なんとも言えない甘さが、体全身を駆け巡り、染み渡っていく。
精霊のぼやき
――最後、なんでこんな雰囲気になったの?――
さあ?知り合いの獣人さんってヒトが関係……あるのかな?
――でも過敏すぎない?この人達も面倒だねぇ――
精霊さん「も」とは何だね……




