表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フェンリルの挽歌~狼はそれでも狩りがしたい~  作者: 火魔人隊隊長
師弟の狂詩曲
29/430

1話 ギルドへの道のり

前回:――変なおじいさんに笑われた――

 スラムから街へ帰る道のりを歩く私たちは、

「なんで狩りダメなんだああああ!」

「だってぇ、人狼として狙われていたんでしょぉ?だったらぁ、アタシ達と一緒の方が狙われないんじゃぁない?」

 わがままを言ってる子供に手を焼いていた。


 灰色がかった白い毛におおわれた、狼の獣人。クリスタルのネックレスとひざ丈のズボン。ちょっと涙が浮いてる眼にはルビーの瞳。おでこの辺りに毛が飛び出ていて、その辺りを光の塊が漂っている。

 フェンリルと言われる種族の子供。といっても、彼は転生者なんだそうで、一応の理解はあるんだろうと思っていたんだけど……さっきのヒョウ爺との会話の時はもっとしっかりした人だと思ったのに、「狩り禁止」をエリナから言い渡された瞬間、子供に逆戻り。


 彼を抱いているエリナは、理由を説明しながら、嫌がる彼に頬ずりをしている。セミロングにカットされた金髪が彼の顔にかかり、乱れているけれども気にしていない。服もずれて中見えそうでハラハラするんだけど……?


「チックショー!なんでこうなるんだ……」

 流石に暴れ疲れたのか、気持ちの面でか、項垂れて大人しくなった。だけど、実際に2年間もの間人狼として追われて、賞金首のように命を狙われていたのは確かなんだし、少しの間おとなしくしてもらわないと。


「ヴァンくん、やりたいことできないのは嫌かもしれないけどー、先にやらなきゃいけないことたっくさんあるでしょ?そっちからやらないとー」

 それだって、私たちが用意しなきゃいけないものもあるんだけどね。ギルドの仕事もあるし、結構忙しい。


「やらなきゃって言っても、何するのかよく知らんのだけど」

 そういえば彼は、冒険者の事をどれくらい知っているのだろう。


「そもそも一族と一緒にいた時は、狩りの事とかちょっとしたお話を聞いただけで、外の世界の事なんて聞いてないからね。多少、常識は聞かされたけどさ」

「それってー、冒険者の事ほとんど何も知らないって事?」

「子供に小難しい話をして、どこまで理解できると思う?せいぜい、いろんな人が集まって、悪いモンスター倒しに行こう、とか言ってる人達くらいにしか聞いてないね」

 なんというか、物凄くぞんざいな扱いをされている気がする。実際に間違ってはいないんだけど。


「そもそも狩りさえできれば、俺はいいんだよ。美味い肉を食いたいんだ」

「ホォントお肉大好きなんだねぇ。ドラゴン倒したいとか、そんな希望はないの?」

「ないね、危ないったらない。ざっくりとドラゴンの種類聞いてるけど、大抵危険でデカくて戦いづらいんだろう?モノによっては棘だらけだって言うしさ。平和がいいよ、平和が」

 暴れるのはやめたようだけど、今度はふてくされて腕を組み始めた。なんでこう時々、偉そうというか、態度がでかいのだろう?


「ふーん、あんまりないけど、ドラゴンの肉食べて美味いって言ってた人いたけどねぇ」

「……何?」

 あ、エリナ丸め込むつもりだ、嫌らしい顔をしてる。こういう顔をしなければ、絶世の美女なんて言われるのに。なんでこう、顔にすぐ出ちゃうかな?


「美味い、のか……?」

 生つばを飲み込んだヴァンくん、ちょっと軽すぎるんじゃー……?


「さぁ?食べたこと無いしぃ。あたしは知らないかなぁ?」

 よく言うー。エリナはあんなの食べ物じゃないって言ってたじゃない。実際に食べて、あまりおいしくないとか呟いてたくせに。


「くっ…………まずいのか。食べ物じゃないなんて……」

 え、バレてる?……って、精霊術師は嘘見破れるんだっけ。便利だなー。どうやって嘘を見抜くんだろう。後で聞いてみよー。


「えっ?あぁ、えっと、ちがくってね、そのぉ……」

 しどろもどろになってる。エリナ、狙ってたことがうまくいかないとたまにこうなるんだよね。あー、もう。仕方ない。援護しよう。


「私はおいしいと思ったけどなー、癖が強いから好み別れるお肉なんだよねー」

「癖が強い、か。しかし言い換えてみれば、珍味として考えればあり、か?調理法はどうするべきか……」

 なんか悩み始めた。何だろう、変な子。エリナも充分変だけど。


「ふむ、一体どういう味で何に合うのか一度……」

「ほーら、そろそろ門が近づいてきたんだから、入らないと」


 西の都ノーザンハルスにようやく入れる。随分と長く、森とこの街を往復したなー。気が付いたらこの子を追いかけ始めて、もう2年くらいたってる。追いかけ回す前から見慣れた大門は、既に閉まっていた。そうだよねー。こんな時間だし。


「あれ、閉まってるんじゃ入れないんじゃない?どうすんの、今日も野宿?」

「もぉ、そんなわけないでしょ?大体、閉まっていても隣に小門がついてるんだから、そっちから入ればいいんじゃない。夜の間に早馬とか来て、緊急の連絡が門前で届きませんでしたぁなんて、バカな話無いでしょ?街の近くでも魔物が出る事なんてしょっちゅうなんだし、普通そこに放置するバカなんていないよぉ」

 ……当たり前、だよね?ヴァンくん、ちょっとびっくりしてるみたいだけど。


「そう言えば江戸時代の屋敷もそんなんだった、不覚!」

 頭かかえてる。えどじだいっていうのはよく分からないけど、理解したって事でいいのかな?私たちは、小門の脇の詰め所に顔を出す。

 鉄格子付きの窓の向こうから、当直の人が受け答えをして、門を……


「えっ?人狼をかかえて……」

 開ける前に放心しちゃった。しかも、エリナの地雷踏んづけて。あーもー。しょうがない。


「あんた、常識あるの?誰の前で…………」

 案の定、一気に魔力があふれていく。たまにこれに電気が走ることがあるから、怖いんだよね。私が前に出て説得するしかない。


「エリナ、待って。とにかく開けてもらえますか?本当に人狼なら、私たちとっくにもう襲われてますから。この子は危険じゃありません。おとなしい、いい子ですから」

 わかってくれたのか、衛兵さんは頷いて小門を開けてくれた。その中に2人を連れて入ろうとして、振り向いたら……

「シビビッビイベベリナザザ……」

 ヴァンくんが感電しているみたいだった……。この見境なしの魔力は本当に困るのよねー……。


 街壁の中の小部屋に移動して、感電しているヴァンくんを少し休ませることになった。痙攣を起こしていたけど、体には別状はないみたい。


「ごめんねぇ、ヴァンくんの事すっかり忘れてた!」

 私の足を枕にして横たわっているヴァンくんに、謝っている。でもこの子、気絶してるから聞こえてないし……そんなに狼狽えなくてもいいと思うけど。


「エリナ、自分でダッコしてて忘れるなんて、ちょっと無いんじゃない?この2日間ずっと、ダッコしっぱなしだったんだしさー。もうちょっと辛抱を身につけないとー」

「オフッ…………ココは誰?」

 ちょっとエリナに注意していたら、気づいたみたい。彼は起きて早々、よく分からないことを言ってる。目が少し虚ろ。彼の精霊が近づいて、顔の前で揺れている。


「あ、リサさん。了解。そしてお休み。いや、イフリータさん騒がなくても聞こえてる」

 精霊と直接話をしている。ちょっとこれは珍しいかも?大体の人は心だけでやり取りをするらしいから声にしないのに。彼はできないのかもしれない。


「ヴァンくん、大丈夫ぅ?」

 エリナが彼を覗き込んだ。ピアスのクリスタルと視線が、彼へと向かう。そしたら、


「ミギャアアアア!来ないでえええ!」

 突然飛び起きて、私の後ろに隠れてしまった。と言っても、私は壁を背にしていたから隠れられないけど。いきなり移動した彼を、精霊が追いかけている。


「あのー、本当に大丈夫ですか?良ければ水、飲ませます?」

 衛兵さんは、結構優しい人みたい。ちょっと抜けた顔をしているけど、多分私たちの組み合わせが珍しいから、呆気に取られてるんだと思う。


「はい、ありがとうございます」

 私は水の入ったゴブレットを受け取って、ヴァンくんに渡す。彼はそれの匂いを嗅ぎ始め、


「……毒はなし、ミネラルは豊富。推測ではカルシウムと鉄、マグネシウム。それにごく少量の塩分。飲料に適した硬水?ムグ」

「何を言ってるのー?」

 ブツブツ言いながら嗅いだ後、飲み始めた。本当によく分からない。毒の事も気にしていたみたいだし、警戒しているって事かな?もうちょっと他人を信じようよ。


「ヴァンくんの鼻ってさぁ、どぉなってるの?」

「鼻の形は見た通りですよ?ただ、鼻から入った空気中の成分を感じ取る器官の面積が、ヒトより大きいってくらい。あとは、においごとに分類できるんだよ。つまり、エリナさんとリサさんのにおいの違いが、細かいレベルで判るって感じ。ゴブリンの数とかも、同じ要領で数えられた。流石に多くなると、正確な数は判らないけどね」

 それで分かるものなのかな?


「今まで会ってきた獣人でも、それができたのフェンリルの人くらいだと思うんだけどー。獣人みんなができるんじゃ無いでしょ?」

「ムグ……狼でも、犬でもできるでしょ。多分だけど、狐とか狸もおおよそ同じ部類だから、近いレベルでできるはずじゃない?他は知らんけど」

 そうなのかな?彼はそれができるのが当たり前に思っているみたいだけど、少なくとも私たちはできないし……


「そういう能力は獣人にあってもさ、獣人ではできない事だってあるんだし、お互い様なんだから。俺の手の形なんかも、指が短くて肉球でブックリしてるじゃん?モノ持つのに適してない気がするし」

 私の考えが判ったのか、言い訳をして手を見せてくる。この子は本当に色々考えているみたい。


「おぉ、ぷにぷにぃ。何これ気持ちいぃ!」

「ああああ!やめてえええ!いいいやああああああ」

 出していた手をエリナに握られて、揉まれ始めたヴァンくんは水をこぼさないようにしながらまた暴れ始めた。


「ほらー、こぼすからやめてあげて!エリナってば!」

 この2人は、仲良くなれるかなー?彼のおでこの上に居た大精霊が、ため息をついたように見える。


 街壁の小部屋から出て、夕暮れに沈み始めた街の中を、回復した彼を抱いて歩きだした。街は暗くなり始め、人通りが少なくなり始めている。道の中央の街灯も点き始めた。


「何あれ、四角い箱が明るく光ってる?」

「あれはねー、ライトキューブって言って昼間光を貯めて夜光るアーティファクトなんだよー。錬金工学の進歩で、ここ何年かで広がってるんだけど、松明の方が明るいんだよねー」

「ソーラーバッテリー?なぜ、そこだけハイテク……?馬車とか実はアーティファクトだらけだったり……しなかったよな?」


 技術の恩恵の賜物なんだけど、ちょっとキレイじゃないかな。私としては、もう少しキレイに作って欲しい。

「ええぇぇ、なんでリサの時は暴れないのぉ」

 ダッコしたがっていたエリナは石畳でできた道とにらめっこしながら歩いてる。そんなにしょげることかな?


「リサさんはあまりもみくちゃにしないからです。エリナさんはもみくちゃにする上に、電気が走るから嫌だし怖いんです」

 確かに、暴れてはいない。でも、手に当たるお腹のフワフワの毛が、気持ちいい。抱え上げ、ヴァンくんにそっと頬ずりをする。やっぱり、気持ちいい。


「フォオオ!それはやめへえええ」

 言葉の割に、しっぽが少し揺れている。案外いやじゃないのかもしれない。


「ヴァンくん、もしかして、リサの大きい胸で喜んでるとかぁ?」

 エリナは今度は茶化し始めた。いやらしい顔をしている。


「ちょっと、そういうことは……」

「いや、プレートでガッチガチだから、座りやすいイスにはなってるけどね。喜ぶような感じじゃないかな」

 流石に恥ずかしい事だと思うんだけど、彼は喜んだりしていなかったみたい。確かに、私は鎧だからそうなるのかも。


「ヴァンくん、それはそれでちょっと傷つくんだけどー」

「ウェ?スイアセン」

 ちょっとだけからかったつもりなんだけど、なんか目を白黒させてる。


「もー、冗談だよー」

 思った以上の反応だから、お腹をなでてあげる。ファーとか叫んでるけど、シッポ揺らしてる。やっぱり喜んでるじゃない。


「なんだかんだ言って、リサ、アタシより楽しんでない?」

 エリナは、うん。妬いてる。キレイな顔が台無しになっているけど。


「嫉妬してもダメだよー。ヴァンくんが嫌がってたんだから、エリナは少し我慢してね」

「チェェ、ケチだなぁ。アタシだってダッコしたいのに」

「いや、ダッコする前提なのがおかしいんだけどね?自分で歩きたいんだけど」

「「ダメ」」

「なんで声そろえるんじゃああああ!」

 彼は叫んでいるけど、こんなふわふわで気持ちのいい身体、ずっと触りたくなるのも分かる気がする。エリナはホンット、昔からズルい。2日間もずっと独り占めしてたなんて。


 日が沈んで赤く焼けた空を、徐々に夜が飲み込んでいく。もうすぐ、私たちのギルドに到着する。


精霊のぼやき

――あんた、気持ちいいからって甘えすぎ――

 尻尾は条件反射。これが真理。

――キレイな人に囲まれて喜んでる、これが心理――

 嫉妬ですか、イフリータさん?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ