20話 交渉
前回のあらすじ:主人公、肉食われたからって自殺しようとするなよ。
――『人は1人では生きられない』と、人は言う。だがそれは、間違いだ――
「一体、彼は何を考えてこんなことを……」
テレビで知ったかぶったジジイがご高説をたれている。テロップには「クマを倒して正義面、動物愛護団体が猛反発」とある。
一見、正しいように見えるそれは、現実に照らし合わせるとズレていてバカに見えるものだ。
「ツキノワグマに棒切れで自ら戦いを挑んで、その動画をネットにあげるなんて、どれだけ自尊心が……」
間違いその1。動画を上げたのは当人ではない。そいつはボッチだから、仲間があげたとかでもない。
犯人は見知らぬガキンチョだ。勝手に撮ってなりすまし、叩かれている。
間違いその2。挑んだ当人の自尊心は弱い方。メンタル全体的に弱い。そもそも目立ちたくもない。
ただ、無駄な正義感が強いだけだ。
間違いその3。こいつらは都合よく動画に映っている人物の足元を見ていない。
そこに転がっているのは、血濡れた右腕が千切られていても、あるいは生きたまま内臓を喰われてもおかしくなかった……
「おじさん?なにみてるの?」
俺の足元に近づいてきた幼女が、見上げながら聞いてくる。首から布で吊るされた右腕は、ギプスと包帯で固められている。
「テレビに映っている、クソガキ」
言いながら指を指す。先は勿論テレビだが、現在映っているのは還暦くらいのジジイども。俺より二十くらいは上だ。
「えー?こどもいないよ?」
首をかしげる。まあ、こんな幼女に分かれって言うのが無理だ。
それ以前に、俺の言ってることが矛盾していないと理解出来るやつはまず、いない。それはもう、自分でも理解している。
「人の事は非難して、自分の悪いところは言い訳して、自分カッコいい大好き!なんて思ってなきゃ、この人たちはテレビに出て目立とうとなんてしないよ。
ヒーローにでもなりたいんだろうね。俺だったら日陰者だし、地味に、静かに生きたいから理解できないなーって思うけど。ヒーローとか、俺は嫌だな」
「でも、おじさん。わたしをクマさんからたすけてくれたでしょ?」
「……」
何も言えない。頭が痛くなる。なんでその話になる?
画面が切り替わり、クマをストレートで殴っている俺が映る。顔はモザイクつきだが、動画の方はモザイク無しだそうだ。
いや、この子にそう取られるのは解るけど、どうしてこうなった?何時もの如く、おかしなトラブルに巻き込まれた訳だけど。
ソロでキャンツーなんて、やるんじゃなかった。
キャンプしても普通なら、クマを見ることはない。
ツキノワグマなんて、クマの中でもそんなに好戦的じゃない部類じゃなかったか?
それが、ツキノワグマがキャンプ場で幼女の腕に噛みつき、森に連れてこうとしてたとか、何なんだ?なんでそんな場面に出くわす?
しかもそれを見ていたやつらが、どうしたか。
普通なら『警察を呼ぶ』と言うのに、「よおつべ」とか「インスタント」とかなんとか言って動画なんぞを録るか、何もせず眺める奴等しかいない。
集団心理でそんなんあったな。誰かがやるでしょみたいなやつ。言い換えれば、見殺しにして高みの見物をしていたんだ。
これは、間違いその4、だな。愛護団体も、人食い熊を保護したいらしい。一緒に檻に入って同じ布団で寝てろ、バカ。
俺は、昔から『そう』だった。
空気読むなんてあまりしない。
それに、人に頼むとか頼るとか、自分の得とか考えなかった。損とかも、結構どうでもいい。
だから、クマに殴りかかった。スプラッタショーは好みじゃないので。眺めていた『世間一般人のサイコパス共』とは違って。
スプラッタが好きでなきゃ、眺めているなんてありえないだろ?明らかに腕を千切りそうな勢いで振り回してたんだし。
子供が目の前で食われるのを見たがっているのだから、何もしない、それが一般人だ。
異論は認めない。
「俺がやったのは偽善だよ。分かるかな?」
いつもそう呼ばれ、人の輪から外されていた。だけならともかく、攻撃もされた。悪魔、とも呼ばれたな。
しかし、名も知らぬ幼女は首をかしげて、
「おじさんはヒーローだよ?」
なんて言う。
なんで、幼児と犬は俺の後をついてくるのかね。ヒーローでもなんでもないのに……ああ、鬱陶しい。
「どうだろな?いじめっ子って言われてたことあるからな?悪い奴だぞ」
最終的には、自称いじめられっ子が、マジに他の奴らにいじめられて、俺に助けられるなんて落ちもついたがな。それでも、いじめっ子のレッテルは剥がれなかったが。
未だに地元じゃ、いじめっ子としか呼ばれない。俺から殴った事や嫌がらせした事、無いのだがな?
「あの……」
この子の親が来たようだ。邪魔物は消えよう。
助けられた自分の子を放り出して俺に喧嘩売ってきたしさ、このアマ。
このアマだけじゃない。警察はともかく、周りにいた連中も、ネットも、テレビも、全て俺を批判し、いつも通りの悪役にしている。
小さい頃からずっとだから、なれてるけどさ。
クダラネエ。勝手にやってろ。
「じゃな」
ニヤリと笑って、子供に手を振り、病院から出ていく。
さあ、いつも通りの平和で退屈で、ストレスの無いボッチ生活に戻るとしよう。あの親子に名前も言ってないし、もう会う事もないだろう。テレビもその内、違う話題になるはずだ。
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いつぶりだろう……暗い、波間に漂うような感覚……少し、前世の自分の事を思い出していた。いや、夢を見ていたのか。
さて、それはとにかく、暗い揺蕩うこの空間、ってことはまた転生……
――違うよぉ――
……大精霊だ。死んでなかった。
また長らく寝てたのか。そういえば、胎児の時の音とは違う。風で木がそよぐ音がする。感触も、なんだか柔らかい。水の中じゃない。
――おはよぉ。生きててよかった――
俺は、ようやく目を開け、
……違和感を感じる。暗い中で、自分の鼻先に誰かの息がかかる。顔の横に妙に柔らかいふくらみを感じる。ムニムニとフワフワだ。暖かい、というか暑い。汗で毛皮の中が湿気ている。いや、これはいつもの毛皮じゃない。
……毛布?から顔を出す。
第6アジトで、俺を狙ってたはずのエルフ2人が俺を挟んで寝ている。
いっしまとわぬうまれたままのすがたで。おれをむねにだいて…………
「…………ああああああああ!」
「え!?何々なになに?」
一瞬固まったが、混乱しながら俺は飛び起きる飛びずさる後退りする。
体中痛いし怠いが、言っていられない。推定、敵とされていたはずの人と一緒に寝てられない。男としてどうなのか、だと?おまえ、ツツモタセって言葉知ってるか?女暗殺者なら、ベッドでヤルだろ。そういう危機感とか、無いわけ?……まぁ、もう死のうとか思って倒れた俺が言うのもなんだけど!
――誰に言ってんのよ――
どっかで見てんだろ、どうせ!誰か!ちょいちょい感じる視線、分かってるんだよ!
――意味わかんない――
「んー……何ー?あ、獣人君起きたー?よかったー」
緩いな、プラチナブロンド!俺の声から10秒は開いたぞ!
とにかく、ナイフナイフ!薪、これじゃ無理!石の上にオレンジの花、それは今は関係ない。壊れかけの手鍋、これも違う!
「大丈夫ぅ、獣人君?痛いとことか、ない?」
金髪はじりじりと這って俺に迫ってくる。俺は下がりながら睨みつけつつ、周りを見渡し、ナイフを探す。意味が解らない。こいつら俺を殺す気じゃ?
――この人たち、助けてくれたんだよぉ。お礼言わないと――
「あった、ナイフ!来るなああ!」
石のテーブル上にあったナイフを掴んで突きつける。
――ちょっと、聞きなさいって――
現在緊急事態なり、聞ける状態になってから聞く。
なので、
「なんで裸で寝てんだよ!服着ろ、服!」
――そこ?――
そりゃ、そうでしょ!普通すっぱで寝てるなんて人、そんないないはずだよね?少なくとも看病でそれは、異常だろ。キチガイだろ!
「獣人君?大丈夫?怖くないから……おいで」
俺に手を伸ばして、またもあの人がよぎるようなことを言ってる金髪。ナイフにも怯えず、手を伸ばしてきた。
「だああ!某谷のお姫様はもういいから!てか、近寄るな!
――点火――!」
とりあえず、体燃やせば触れまい。さて、ビークール、ビークール。
「え、ウソー。熱くないの?」
「…………獣人君。やめて、それ。ホントにやめて」
「どうしたの、エレナ?」
驚くプラチナは、泣き始めた金髪にまた驚いている。金髪……エレナと呼ばれた奴は、この術式の意味に気が付いたらしい。
「それ、命燃やしてるでしょ?お願い、やめて」
「え…………」
「だったらどうしたってんだ?『今』死ぬのと、寿命が縮むのと、どっちがいいって思える?」
見抜いた金髪の言葉に動揺しながらプラチナは俺を見た。そして俺の言葉で2人は固まり、俯いた。意味は、分かるんだろう。
「でも、聞いてぇ……お願い。アタシ達、獣人君の事、助けたいのぉ」
大粒の涙を流しながら、語りかけてくる。耳のクリスタルが揺らめき光った。
「助ける?お前冒険者だろう?俺を殺しに来ていたやつが何を言ってる?助けて何の得がある!」
――でも、助けたよ?解毒してくれなきゃ、ホントに死んじゃってたんだから――
……それは分かる。ここで死ぬつもりだったんだ。
それでも、人は結局、自分の利益しか考えない。何か魂胆があって当然だ。
「ホントに、ごめんねぇ……止めたかったんだけど、全然うまくやれなくて…………でも、獣人君の事、助けたかったのは……ホントだよぉ?」
ウソは、無いようだ。しかし、
「俺は言葉は信じない……行動でしか、信じない」
「…………なんで?」
俺個人の意見にプラチナが問いかける。
「人は嘘をつく生き物だし、ウソに生きるものだ。
自分に都合が悪ければウソを真実だと信じ込む。魔法なんてなくても、自分で自分をごまかす。
だから、お前らの仲間の冒険者は、俺を殺すのが正義だと、信じ込んでいたんだ。あいつの言葉にも、ウソがなかったんだよ」
実際、そういう人間は多い。人は、一人残らずそうだと言ってもいい。これはもちろん、俺自身も含まれる。
――――しかし、それは悪だ。明確な、一種の悪意を持った感情だ。
「どんな言葉を出したところで、そいつがする行動がそいつ自身の心の在り方なんだ。
そもそも俺は、助けて欲しいなんて、一言も言ってない。
解毒をしてくれたのは感謝するけど……それでも、狙われさえしなければ、俺はもっと違う生き方ができた。
普通に狩りだけして、もしかしたら幸せになっていたかもしれない。
……なのに、なんでこうなった?なんなんだ、人狼って!なぜ、お前らは俺を助けたいなんて言う?!」
疑問だらけだ。そもそもなぜ、狙われるのか。派閥みたいなものは有るだろうが、なぜ同じ冒険者で、行動がこうも違うのか?
こいつらは、何がしたいのか?
「エリナ、わたしが説明するね」
「…………」
押し黙ってしまった金髪の代わりに、プラチナが話し始めた。
「人狼って言うのはね、感染型の魔物で、昼は普通の人に見えるものなの。
でも、夜になると、毛深くなって、狼のような骨格に変わって人を襲うの。
爪や牙で傷付けられたら感染して、同じ人狼になってしまう。でも、この国の人はそれを獣人の差別する言葉にしてるの」
人狼、病気でなるものか?狐憑きかよ。
「はっ、つまり俺は中世で言う『アンタッチャブル』って訳か」
社会の腫れ物。汚物。不浄な存在。故に、触れてはいけないもの。
前世の俺とほぼ変わっていない。ホームレスになってなかった事が、違いか。
「……私達が君を助けたいのは、昔関係あった獣人の人が理由でね?その人が目の前で殺されちゃって、この国を変えたいって思って頑張っていたから。獣人の人達を助けたいからなの」
それが、なんだというのだ?それなら、辻褄が合わなくなる所が出てくる。
「獣人の立場を変えたい、と?」
一見すると、合いそうな辻褄だ。
でも、たった一つの事実が加わることで合わなくなる。それをこいつらは、知っているのだろうか?
「そう。…………ねー、悪いんだけど、獣人君って、『フェンリル』じゃない?」
「何の関係がある?」
プラチナが問いかけてくる……が全く関係がない事だ。
「その関係のあった獣人って人も、フェンリルの一族だったから。
一族みんな、銀色のオオカミの獣人で、多くの人が、精霊を宿していたーって。強い力を持った、英雄の一族なんだーって……」
「英雄とか、どうでもいい。興味ない。どうせ上っ面でしか見ない糞共が群がるだけの事だろう?
とにかく、理由は分かった。つまり、その『フェンリル』だから、助けたいとか思ってたのか?
だとしたら、それはあんたらのエゴだ。自分に関係していた人に重ねて、助けた気になりたいだけだ」
自己満足。助けた気になりたいだけ。それが理由だったわけだ。
「違う!あたし達はホントに!」
「スラムに、獣人の子供が何人いるか、知ってるか?
俺は3人は知ってる。前はもっと、居たんだが。死んだのかもな。
俺の得た食糧を、かなり彼らに分けていた。手に入れたパンとか、多目にとった肉なんかを。俺以外のやつがそんなことしていなかったそうだが?
もっと簡単に、確実に助けられる命を無視して、『獣人を助けたい』?『フェンリルを助けたい』の間違いだろ!
今も誰かに狙われる危険がありながら、何とか生きているそいつらを無視して、俺だけ助かるくらいなら!
そいつらが全員助かって、俺が死んだ方が確実にいいと思うがな?」
自分の事だけしか考えないバカには、こんな考えはできないだろう。
俺が「人を見下している」理由は、人間は「他人を見下して踏みにじっている、エゴイスト」の割合が多すぎるから。
それは、六道輪廻の餓鬼道そのままだ。つもりがなくても、行動がそれを物語る。
1人じゃどうのと言って喚くくせに、誰かを嫌いボッチにさせる。
むしろボッチが好きな俺には考えられないけど、普通の人は嫌がることだろう。
意味無く吊し上げを行い、それを見て嘲笑い、その行いを見て、見ぬふりをする。言い換えれば共犯者だ。気がついていないだろうが。
命は大事なものとか言いながら、誰かが死んでも、自分の知らない人ならゴミ位にしか思わない。
電車にひかれて死んだ人の為に、悲しむやつはいない。
結局のところ、たった一言に尽きる。全ての人間は『自分さえよければそれでいい』としか、考えない。
それはつまり、自分の事しか興味がないのが、人間だってことだ。
「違う……それは…………」
「違わない。あんたらはあいつらを助けていたのか?俺はしていたぞ?」
「…………」
2人とも、答えを無くした。しかし、それが答えなんだ。本心からの、無償のやさしさで言っていた訳じゃない。満足したかっただけだ。
「そんなおせっかいは俺は要らない。助けてほしい訳じゃ無いんだ。
精霊もいるし、独りで生きていける。俺は狩りさえできれば、それでいい!」
俺は、静かに生きていきたい。実際、独りで森で生きている。大精霊が手伝ってくれるから独り、というのはどうかとも思うが。一族の言い分通りなら、精霊は自分の一部。自分は精霊の一部だ。
「ねぇ、それだったら、冒険者の弟子になってみない?」
「何の関係がある?意味はないだろう」
全く関係しないことを……
「そうでもない。狩りだけで生計を立てている人は、この世界にはほぼいないの。魔物がいるから。
そいつらのせいで狩りができないってこともあるの。でも、冒険者との両立はできる。アタシ達が、魔物の倒し方を教えてあげる」
「そんなもの望んでいない」
荒事はできるなら、あまりやりたくない。前世でも強制的に、時に命を脅かす事にまで巻き込まれたから、仕方なしに護身として格闘技を学んだんだし。
一時警察を目指したから知っているのもある。それを路上とかでは披露せず、喧嘩じゃちょっと力を流したりするのに使うだけで、本気で殴ったのは熊だけだ。殺せないけどね。
「でも、必要になる。いつ魔物が現れるのか分からないから。きっと、役に立つから」
引く気はないらしい。本当に必要なら役には立つだろうが、こいつらに何の利がある?人は、自分に利のない事はしないだろ。
「どうしても自己満足にすがるのか」
「それでいい。
それでも獣人君の事を助けたい。守りたい。君のしたい事なら、何でもしてあげる。
アタシ達にはそれだけの力がある」
俺の利を考えて、その上で自分の欲求を満たそう、という事か?それに何でもって言うなら、対価を払うっていう事だ。
「それなら、……交渉だ。内容は――――」
俺は、要求をする。俺も彼女達も納得できる要求。
ここまで来て、俺の狙いが判らないなんて事、こいつらにはないだろう。頭の悪いエゴイストどもなら、永久に理解し得ない事だろうが。
「…………いいよ。それでいい。獣人君の名前は?」
「ヴァン」
名乗ると同時、身に宿していた炎を消し、突きつけていたナイフをしまう。
しかし、それ以上は名乗らない。何故か?前世での話だが、フルネーム、真名を名乗ると呪われる、なんて話がある。
――そうだね、実際にそういう事はあるよ――
そうか。なら、信用していいかどうか確認してから、フルネームを名乗るべきだ。
「アタシはエリナ・トンプソン。この大陸で3人しかいない大賢者って呼ばれてる魔術師。ギルドマスター代行って役職でもある」
金髪、もとい、エリナさんはフルネームを名乗った。嘘はない。
「リサ・カーストン。エリナとは小さい時からずーっと一緒。エルフだけど、魔法がへたっぴだから、剣士やってます」
少しすました様子でリサさんが名乗る。やはり、嘘はない。
どういうつもりだ?何にしても、様子を見るには行動を共にしなければならない。
まあ、その前に、
「……とりあえず、服を着てくれないかな?はしたない」
言いながら顔をそらす俺の言葉に、
「「あ………………」」
今更気づいて、固まった。
「まぁ、減るもんじゃないし」
「子供に見られても、特に何も」
「言いたいことは分かるけど、いいから着なさい。子供じゃあるまいし」
ユルイ。さっきまでの緊張感はどこへ行った?
あえて、ストーリーの中でスラムをほとんど書いていません。理由はまあ、後々。




