20話 試験4日目 午前
前回:――決戦前夜にすき焼きとしゃぶしゃぶ――
「本当に、本当にその方法ならぼくもモテるんだよな?!」
ユータは、昨日からずっと、しつこく聞いてくる。流石にこれは、鬱陶しい。ヴァンがたまに噛みついているのも分かる。ワタシも噛みついていいかな?
「だから、方法の1つだっての。お前はいつも、なんでだようなんて嘆いているけど、むしろそれはイジられキャラって事だから、逆手に取れれば面白くなるんだよ。
キャバクラとかでモテるオッサンとかは「ごめん俺のハゲで眩しいよね」とか、当たり前に言える人だったりするんだから。まずは面白くなれ。
後は、相手の気持ちをしっかり確認しながら、ゆっくり話していけ。特に、自分が自分がなんて言わず、相手に質問しまくれ。
楽しそうに話し始めたら、相槌を延々としろ。相手が、調子よく独り語りを始めたら、こっちの物。頷きながらちょっと前傾姿勢、少し微笑んで聞き流せ。覚えるワードは、幾つか探しておけよ?
そしたら、気持ちを半分は掴める。その後夜まで持っていけるかどうかは、相手とお前の相性次第だろ。俺が言えそうな事なんて、これが限度だよ。何度も言わすな」
彼なりの解釈というか、考えていた異性に好かれる方法?これで人気が出るかは分からないけど、確かに彼は、結構面白い事しているし、疲れる事はあるけど、嫌じゃない。人気もそれなりにあるみたいだし。
ユータは疲れると思うけど、それが嫌な疲れ方。でも、性格が合うかどうかって、難しいんじゃないかな?それに面白いのって、異性に好かれる理由かな?
「アァー……銀狼君、これから試験?」
なんか黒いローブを着てフードを被った、少し艶のある女性が彼に声をかけてきた……本当に、人気あるんだね。さっきも昨日の、3人の先輩に声かけられていたし。後、白い鎧の……ダントンさんだっけ?
「もう、時は……残酷よねぇ……初めて会った時は、あんなに可愛い、子犬だったのに……」
「オオカミだあ!畜生!たびたびこれをやらせるな、エヴァさん!」
「だってぇ、手配書では凶悪な顔でぇ、可愛くなかったけどぉ、でも会ってみたら、結構可愛いしぃ……喋ったら面白いし、動きも変だから、可笑しいしぃ」
かわいいと面白いが、主な理由なんだ。それってさっきユータに言ってた理由?
「だからって、奴隷にしたがるエヴァさんには、シッポ振らないんだからね、フンだ!」
……奴隷にしたい理由なんだ。なんでそんな風に考えるんだろう。
「そんな事言って、連れない……でもぉ、今日いい成績出したら、ご褒美に、美味しいお肉買ってあげるからぁ、頑張ってねー」
「マジか!流石2等級、解ってる!頑張ってくるなあ!」
お肉の話がちょっと出ただけで、尻尾を精一杯振っている。結局、振るんだ。
ちょっと頭を撫でて、踵を返した彼女に、彼は手と尻尾を振ってる……あの人綺麗だし、身長高くてスタイルもよかったけど、ああいう人がいいのかな、彼は?
「マジかよ……奴隷は嫌だけど、お前の言っていた事、大体合ってたのか?……あの人結構年上だけど、エロい格好だよな……」
「そうやって鼻下を伸ばすのをやめれば、お前も見てもらえるだろうな。あのヒト、眼中にないヒトは、話かけない性格だから」
話ながら、一階に下りる階段に足を延ばす彼は、やっぱり上機嫌に尻尾を振っている。それは、あの人に話しかけられたからなの?お肉が貰えるからなの?どっち?
「ヴァン、アリスが怖い顔してるよ?」
そんな事ないと思うけど、一応ユータを睨みつける。彼は肩を竦ませて怯えている。そんなに怖いかな?
「アリスも緊張しているんだろ。何しろ、初めての仕事なんだ。それを前にして、お前が空気読まないで、モテるだのモテないだの言ってるんだから、怒るだろ。
起きた時にはもう、硬い表情になりかけていたんだぞ?気にしないようにしていても、気になるさ」
そうなのかな?確かに緊張して、胸が少し苦しい気がするけど、でもきっと大丈夫。ヴァンが一緒だし、ヴィンセントさん達も信用できると思う。
どんな事があっても、絶対大丈夫……意識したら余計に体が硬くなってきた。
酒場まで下りて来て、ここでの久しぶりの食事。ちょっと、皆の視線が怖い気がする。階段を下りた先の丸テーブルに、彼等は待っていた。
「ヴァン、おはよう。今日の天気の恩恵を、享受できないのは残念だが、我々は覚悟は決まっている。其方は如何かな」
ヴィンセントさん達は、もう準備ができているみたい。青いプレートメイルを身にまとって、白い縁取りの青いマントを、肩にかけている。今はまだ、槍とかは出していないみたい。
エイダさんとハルちゃんは、いつもの装い。ただ、エイダさんは今までしていなかったアクセサリーをいくつか着けている。多分、魔術補助の物だと思う。
ハルちゃんはベルトを腰に巻いて、そこにトンファを差し込んでいる。確か、昨日買っていたベルトかな。
ワタシは、淡い水色のワンピースと、ヴァンから貰ったローブ。汚すのは嫌だけど、しょうがないよね。昨日買ってきた服は、空間収納の方に入れている。
「こっちの準備はもとより……と言いたいところだけど、ユウタが意味の分からない事を言っててさ、モテるだのモテないだのって、五月蠅いんだよ。本当にどうしようもない」
「ちょっと待って、それをここで言わなくていいだろ!?」
「全体的に平均以下だから、モテるにも結構頑張んなきゃいけないってのに、なんでそんな下らない事に拘るのか」
「下らなくないって!何なんだよそれええ!」
一気に騒がしくなり始めた。ユータが嗤われてるのかな。そのまま笑いを取るためにお喋り始めちゃった……
「あの、すいません。彼ら、結構こうしてふざける事多いから……」
「成程、詩には無い、彼の素顔なのか。そして此れが、ギルドで好まれる理由にも成ろう物か」
何かを納得している様子のヴィンセントさん。もしかしたらギルドの人から情報を集めている時に、何か聞いていたのかな。それをちょっと聞いてみたい。
「元の世界でも3人に告白して、全員に『ナヨナヨしててキモイ』って言われたって……」
「ヤアメエテエエ!そんな気持ち悪くないよねええ!?」
騒ぎながらクネクネしていて、気持ち悪いユータと、意地悪な嗤い方のヴァンを、ヴィンセントさん達は見て、含み笑いしている。
「ねえ、アリス!ぼくそんな気持ち悪くないよねえ!」
「うーん……すっっごく!……気持ち悪い」
「そんな強調する事かな?!」
ワタシに話を振られても困るんだけど、答えた後に、酒場は爆笑に包まれていた。
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朝食を取り終えて、練兵場に集まった志願者は、それぞれ組んだ人たちで集まっている。そして殆どの人が、緊張して体を揺らしたり、怖がって顔を蒼くしている。笑顔の人は、さっき酒場にいた人達だと思う。
「そろそろ時間だ。それでは、実地試験をこれより行う。薬草回収希望の組は、あちらの黒いローブの女性の下に。ゴブリン討伐希望の組は、奥の樹の下に。下水道探索希望の組は、おれの下に集まってくれ」
ダントンさんが声を張り上げながら練兵場に入ってきた。一緒に数人の人が来て、それぞれのグループの位置に分かれていく。希望者全員も、恐る恐る移動を始めた。
その中で、全く恐れも心配もない人が、ダントンさんの下に進んでいく。
「さあ、やっと本番だね。これからアッチのグループは大変そうだけど」
少し灰色がかった毛色は銀と形容され、身に纏う鎧も銀の輝きを放っている。腰に差したサーベルは白銀のきらめきを持った鞘に収まり、腰に巻いた茶色い毛皮は風に揺らめいている。
ニヤリと嗤いながら、後ろを盗み見た彼の胸元で、クリスタルの牙が輝く。
「ああ、毎年、これで脱落するものが随分いるのは残念だが、これをやり始める前よりも、死者が半分になったというんだ。こんな簡単な事で、そうも変わるとは信じがたいが」
彼の言葉に、白いプレートメイルを着たガタイの良い聖騎士は、顔を顰めて頭を掻いた。彼の背負う盾が揺れる。
「でも、薬草回収は冒険者の仕事じゃないんだろ?それじゃ仕方ないっていうかさ……」
銀狼について行く彼は、自信なさげでありながら、それでも歩みは迷いないように見える。ついて行くことが目的ではなく、自身が歩む先を、狼が進んでいるだけのようにも見える。
「ああ、それはもう、言ってもしょうがないだろう。俺達は、俺達の道を進むだけだ。他の奴らの事を気にしても意味がない。
彼らがあの道を選んだからには、その先に何があろうと、自己責任だ。選んだのは彼らだからね」
騙すような事をしているのに、こんなことを言う彼は残酷だ。でも、人の命の話になるんだから、どうでもいい事じゃない。きっとそういう事なんだと思う。
「では、集まったようだから、これより移動する。いくぞ」
ダントンさんは進み始め、ワタシ達はその後に続く。
他のグループよりも圧倒的に数が少ない。合計で5組、30人もいない。あとはゴブリン討伐に多く集まって、それより少ないくらいの人数が薬草回収。多分、200人近くは追い出される事になると思う。
あの人達には悪い気がするけど、ワタシ達は前に進む。それが、この仕事なんだろうし。
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進んだ先は、今まで普通に食事をしていた、酒場の階段の裏、更に下層へと向かう階段の、下にあるらしい。
そこまでの道のりを、多くの先輩冒険者達が、見守っている。これが、私たちの初陣で、彼らが見送りをしてくれているんだと思う……生き残ることができれば、自由に冒険して、自由に国も渡れる冒険者になれる。
昨日買い物に付き合ってくれた人達が、ワタシ達に手を振っている。ワタシが応えると、彼女達は微笑んだ後に、後ろの方にも手を振った。
確か、妹がいるって言っていたから、その人達に向けたんじゃないかな。彼女達から目を離して、酒場の下層に向かって歩き始める。
階段を下りた先のドアが開かれ、カビた牛糞のような、独特で不快な匂いが辺りに立ち込める。空気が悪いのもあるのかもしれないけど、それだけでは説明できないような、不快感。
「背筋が凍りそうな、嫌な感覚ですね。何か嫌なものが漂っているような……瘴気って、こういう感じでしょうか?」
「え?瘴気って魔物が出すものじゃないの?ここにも魔物が居るから当たり前なんじゃないのかな?」
ユータはまた頓珍漢なことを言ってる。
「地球での瘴気ってのは本来、病気の元と考えられていた物だよ。菌とかの存在が分かってから、フィクションにしか出てこなくなったけどね。
この世界の瘴気って言われる物は、悪性活性のマナだ。魔物全部が出す訳じゃない。ただ、病原体となる者や魔物には、瘴気が発生する。いわゆる暗黒大陸は、その生物の割合が多いから、ヒトが強制的に魔物化する。
疫病が出回っていた場合、魔物化するヒトが居るんだが、それもこの悪性のマナの影響だよ」
まだ多くの人は知らないだろうけど、ヴァンは流石に、師匠のエリナさんが教えてくれていたみたい。後ろからついてきた人達も、彼の言葉に目を丸くしている。新しく分かった真実……らしい事。だから多くの人が、まだ知らない。
ただ、魔物全部が出すなんて、誰も考えていなかったんだけど。やっぱりユータはバカなんじゃないかな、ヴァンはよくそう言ってるし。
「さて、これから全員に、この先に潜ってもらう事になる。覚悟はいいか?」
ダントンさんが部屋の先にある、鉄製の扉を指さして、声を張り上げた。この先が、下水道に繋がっているっていう事なのかな?ポーチに入れた道具を手で確認して、そのままスカートを握る。手に汗を掻き始めた。
「この先の進み方は、分かる奴はいるか?」
ダントンさんはそう言いながら、当たり前のようにヴァンに目を向けてきて、彼が手を挙げる。ヴァンがやり方を話さなかったのって、ここで聞く事になるからなのかな。
「壁沿いで、タワーシールドで前後を挟むようにし、中間に魔術師などを配置、開いている面を魔術障壁でカバー。そうすることで侵入経路を大幅に減らし、上部に意識を回せば、安全に殲滅することが容易にできる。
この時、障壁である理由は、結界では時間と、張るべき空間に対する計算、必要とするマナが膨大となる為に、長時間の維持ができなくなる為。
特に曲がり角は、壁に球形、柱状結界が必要以上にぶつかったり、足りなくなったりする場合がある。ぶつかればそれが歪みになり、崩壊。足りなければスキとなり、侵入経路になる。
膜状結界は人数が増えればそのまま消費が多すぎて維持できなくなりやすい。
対して、障壁はある程度ぶつかっても、その部分は自然と削れるだけ。計算も単純で、多くのヒトが使える。最も簡単な、防御系魔術だ。
障壁を張る時に、多少斜めに張ればスキは少なく、シールド脇や上部からの侵入も、短槍やショートソード、魔術によっての迎撃が容易い。
5人編成で、前衛2名後衛3名であることが望ましい。それ以上であっても確実に障壁を維持できれば、問題は無いはずだ。しかし多過ぎれば、障壁の範囲が大きくなるので、10人以上にはしないのがセオリー。
曲がり角も、盾を持っている者が先を確認し、極力先に殲滅して安全確保、素早く陣形を作り直す。障壁は、下位の無属性術式でマナの消費も少ないから、使いやすいし張り直しやすい。
それでもキープが難しくなったら、交代をするように連携を考えておくこと。言う事はそんなとこだね」
流石に言葉だけじゃ足りないから、ワタシ達を並べて説明していた……でも、魔術使う人って後ろにいるイメージあったけど、今回は真ん中なんだ。でも壁を張ってその奥で隠れるような感じだから、やっぱり後ろなのかな?
「タワーシールドや障壁を簡易的に作れる盾は、ギルド貸し出しの装備にあるんだし、出来る奴はどっちも用意しているだろうから、大丈夫だろうけどね」
ニヤリと彼は嗤って、壁際を指さす。そこには、数枚の長方形の大盾と、ユータが持っている物に似たバックラー……あれ、彼が作った盾だよね?貸し出しとかするんだ……?
精霊のボヤキ
――でも、こんな試験でそんなに変わる?――
警備員とか警察も、実践訓練とか勉強とか、しておかないといけないものだったしなあ。何もせず、何も知らないヒトを、適当に集めれば、無知な雑魚が群がるだけなのは当たり前だろ。
力を高めもせずに来て、自分が死ぬ覚悟もないのに『おれつえー』とか、出来る訳が無い。そいつらを蹴り落とすためさ。
――ふーん。どうでもいい――
いや、良くないからね!?ていうか、なぜ聞いた?




