19話 試験3日目 夜
前回:――本当の理由、説得、交渉、3名様入りまーす!――
「この術式の構成、結構複雑ですね……しかも幾つか、ちょっと不自然に繋がっていますけど、それが作用しあって、増幅している?これが術式の肝ですか?」
盾を受け取った後すぐ、解析を始めたエイダさんは、興味津々で術式を眺めている。解析魔術で反応した刻印の構成に、驚きを隠せないみたい。ワタシには解析を使える方が吃驚なんだけど。
「まあね。実は俺の使う体に刻んだ術式の構成の、一部流用なんだよ。1つの刻印が作用すると、連結している刻印も作用する。1つ分のマナで、複数使えるって感じだね」
「しかし、これはちょっとバランスを崩すと、崩壊しますね。成程、それを整える為にこの反射術式を……」
「術式効果の強化と調整でね。全方向に発生する筈の力を、一方向にするための意味もある」
「なんか、ついて行けないよう……この2人、なんかおかしくないかあ?」
「ん?おかしいんじゃなくて、熱心なんだよ。エイダさんが解析を使えるのには、吃驚だけど」
ユータは2人の熱心さに、ちょっと引いているみたい。描かれている術式もかなり多いから、それにも驚いているんだろうけど、仕組みを何も知らないで使っていた方が、ワタシには驚き。
ちょっとくらい仕組みを理解してから、使う物じゃないかな、普通は?
「ユウタ、これはもはや、どうやって高性能なパソコンを作るのか、って話と似たような物だ」
「なんでそうなるんだよ、意味わかんないけど?!」
「素人が基盤をどうやって弄れる?まずはICや真空管の事を理解できないと、意味ないだろ?それの代わりを術式で行っている状態だ。現状、今のお前に理解できる要素はない」
パソコンは何か知らないけど、そういうものがあったのかな?だったら、それの仕組みを理解していないと使えないんじゃないかな。
「そんなもの理解できているやつ、いるわけないだろ……?」
「理解できる奴がいないと、そんなもの商品にできないだろ。壊れたら、誰が直すんだよ。言っただろ?これは現状、俺しか直せないものだ。流通する商品という程のレベルになっていないんだよ」
彼等の前の世界では、自分が使っている物がどんな物か、理解していないのが、普通なのかな?……それが暴走や爆発をする物だったら、危なくないかな?
「ヴァン、そろそろ夜だよ。もうご飯にして寝ないとじゃない?」
ワタシは話を変えて、2人のやり取りを止める。ユータの話はよく解らないことが多いし、つまらない。
「ああ、それじゃそろそろ飯にしようかね。準備していたものがあるし、あれでいこう」
「ヴァン、君は一体、如何程の事を、1人で行うのだね。冒険者の領分では無かろう」
冒険者なのに、物を作ったり料理したりする彼は、ちょっと異質なのは、間違いないと思う。それが気になったのかな。もう私は慣れたけど。
「まあ、料理は狩りの一環だからね。さあ、今日は久しぶりの、御馳走だ」
言いながら、卓上釜戸を取り出した。そして、空間から鉄でできた平たい鍋と、凍った肉を取りだした。同時にいつもの氷の調理器具も、空中に浮き始めた。
「割り下に魚醤と白ワイン、蜂蜜酒、臭み消しのハーブ。本当に使いたい物が使えないのが残念だけど、それでもほぼ同じになった。あとは、肉が問題なんだ」
「ヴァン、まさかだけどすき焼きか?肉が問題ってなんだよ……ごはんないのに」
「それはパスタで代用、いつも通りだね。肉は簡単だよ。薄切りにするのに、生肉を手で切るのじゃ時間がかかる。
ブツ切りじゃ、すき焼きとはちょっと違うと思わないか?まあ、そう言う手も、実際にあるんだが。あ、人数いるし、しゃぶしゃぶもやろうか」
話しながら、彼はもう1セット鍋と卓上釜戸、それに凍った大きいお肉をとりだした。どこかの部位の、ブロックのように見えるけど……あと、キッチンの方に調理器具が浮いていて、パスタを茹でてる。
ヴァンは肉を片手に持って、サーベルを抜いた。と思ったらサーベルがおかしな形に変わって、刃が何故か回転し始めた。
「……何をするの?」
ワタシの質問に彼は、嗤うだけ。そして調理器具が皿を運んできたと思ったら、回転している刃を肉に当てて、凍ったお肉を高速でスライスし始めた。
「向こう側が透けるほど薄い肉を量産する方法は、こうして凍った肉を高速の刃で刻むのさ。細胞が必要以上に壊されないからね。解凍する時間が欲しいところだけど、まあすぐ解けるだろ」
「ウソだろ?そんなやり方聞いたことないぞ?」
「知ったか乙。肉屋のバイトで見た事だよ、これは。バイトも就職もしていない奴が見ないのは、普通だろうけどね。嘘だと思うなら、自分の手で、肉を透き通るほどに薄く切ってみればいい。
生なら、手から肉に、必要以上に熱が伝わって不味くなるし、歪んで汚い形になる。分厚く切れば、そうならないだろうが、これじゃない感がヤバいぞ。
凍っていれば当然、手では切れないし、下手に掴み続ければ凍傷になる。
魔術も、文明の利器も無ければ、綺麗に薄く切るのは技術が要るし、手間だよ。これなら、充分美味しい状態で食えるはずだけどね。今回は更に、うどん玉まで用意してあるんだ。これで納得できないはずは無かろう」
よく分からないけど、こういう薄いお肉は見た事は無いし、聞いたこともない。肉をタレで焼いた後、野菜を一緒に煮込み始めた。こういう料理?生卵が溶き解されて、小さい器に入れられたものも、渡された。
「こっちの透き通ったスープは、肉を潜らせるだけだ。出汁と酒だけで作っている物だから、味は濃くない。最初は少しの岩塩、その後魚醤と柑橘類を絞って作ったたタレに付けてくれ」
「え?ポン酢じゃ無いの?」
「馬鹿、ポン酢は醤油と酒と柚子とかを絞った液体を、火にかけただけのものだろ。これはそのオマージュ品。簡単に作れるよ」
なんか騒がしい2人とは別に、ヴィンセントさん達3人は慣れない料理に少し不安そう。渡されたハシトングにも、不思議な顔をしている。
「あー、これウマー」
やっぱり、ハルちゃんが率先して食べだすんだね。なんか、この3人の関係が見えてきたような気がする。
3人で恋人って不思議な関係だけど、もしかしたら女性2人が彼を好きになって、ハルちゃんが引っ張って、想いを告げたんじゃないかな?
エイダさんは慎重だから、その分、決断できないのかもしれないし。ヴィンセントさんは、優しいし真面目だけど、2人の気持ちをどちらも切り捨てる事ができなかったのかな?
今も、エイダさんが躊躇している状態で、ヴィンセントさんが食べ始めて、2人で彼女に勧めている。
「これで、岩塩……?火が少ししか通っていないですけど」
「だが、此れで充分、味わいが整っている。余計な脂も少ないから諄さが無い。中々味わい深いよ」
「これ、ゆでるの楽しー。あ、丸まってきた?」
もう3人で、仲良く楽しみ始めた。ワタシもやってみるけど、岩塩はいつもに比べて味が薄めだから、黒っぽいタレの方がいいかな?
「そもそも、ぼくはゴマダレ派なんだよう!何でないんだよ!」
「馬鹿者!ゴマダレはねっとりした味わいだから、後に出すに決まっとる!何をアホなこと言うか!味わいは強弱とマリアージュが大事だ!」
「そんなひどい言われ方する必要ないだろ!ありえねえええ!意味わかんねえええ!」
その3人を置いて、やっぱりまだ2人は騒がしい。どうしてこんな関係で仲いいんだろう?
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「フゥ……今日の晩餐は意外な食事ではあったが、存外良い物であったな……」
私は、浴槽に浸かり乍ら、至福の吐息を吐いた。
彼の銀狼と組む事と成ったその日の晩餐が、まさかあれ程質素で在りながら、味わい深い物であったとは、思いも依らなかった。
彼は前世の記憶と話してはいたが、あの鍋に入れた肉が、目の前で味を変え、自分の好みで更に変化するとは、経験の無い事である。
噂には聞いていた。彼と旅の道程が一致していた場合、不思議な料理をご馳走してくれると云う。あれは確かに少々不思議で在ろう。他にも何か、面白い物を知って居るので在ろうか。
人は欲を持つ者であるし、恐怖から逃げる者である。苦を好まず、楽を欲する。然し其れらは、十全に満たされる事は無い。逆に、多くを捨てて、多くを望まない等と言う事も、そうは出来はしまい。
然し、あの銀狼は確かに欲が在るものの、食べる事にしか向かって居ないらしい。
恐怖を感じる様子は彼には無いと、ユータという男は語り、ひたすらに訓練に明け暮れ、危険な中を嗤いながら闘い、必要の無い事で在っても全力で事に当たり、然し自身の得を、多くは望んで居ないらしい。
最も、彼は金銭面では、冒険者と狩人、何れでも稼げている上、交渉や倹約もするという話なので、充分に満たされていると、見えなくも無いが。
其れにしても、確かに……食べる事以外に、悦びと言う物を感じている様には見えない……楽しんでは居た様では在るが。
「話した限りでは、彼は村娘……アリスさんにも、よく作っていたそうです。彼の師匠が、彼に幼い頃から作らせていたようですし、宙に浮いた氷の調理器具も、師と会う前には、既に作っていたそうです」
「ねー、なんであんなふうに空飛ぶのかな?フシギだよねー」
今、体を洗っている彼女たちは、ワタシが居ない間に話した内容を聞かせてくる。エイダは、未だ不振に思って居る様ではあるが、彼の者が偽る理由も、少々疑わしい。かと言って、信用するにも未だ足りぬ。
為れど、賽は投げられた。
「先ず、今は彼を信用するとしよう。然し、彼が不自然な行動を取るのであれば、切り捨てる。如何に勇を表そうと、不審な者は少なからず、相応の行動を取るであろう」
「そうなりますね。ワタクシも賛同いたします」
「えー、ギンローはワルイやつじゃないと思うけどなー」
ハルは未だ不服なので在ろうが、会って未だ2日だ。そうは信用する訳にも行くまい。貴族に取り入ろうと云う者は、非常に多いのである。最も、彼の環境を考えれば、取り入る事自体、意味を為さないと思われるのであるが。
「ワタクシは流石に、王女と関係を持っているという話を、信用しきれません。いくら獣人贔屓であっても、そうそうお目通りが叶うはずは在りませんし、彼に直接の依頼があると云うのは、少々不信です」
体を洗い終わり、浴槽に足を入れる2人の体は、艶やかだ。幼き頃より見慣れた2人ではあるが、浴槽を共にする事が有った訳では無い。此れも、生家を離れた事で得られる恩恵と思える。
知性も心も体付きも、女性らしく豊かに育ったエイダに対して、ハルは幼い見た目と心ではあるが、故に快活な彼女が愛らしい。
2人を抱き寄せ、其々に口づけを交わす。いっそ此の侭、愛欲に濡れて仕舞おうかと、深い業が頭を過ぎる。言葉にせずとも彼女達には通じている様で、其々が私の体を弄り、撫ぜる。
以前であれば欲望を堪え、人目を忍んで居たのでは在るが、最早……
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「ヴァン、あいつって……あの2人と出来てるんだよな?……ぼくはどうやったらモテると思う?」
ご飯を食べて、お風呂に入った後なんだけど、なぜかユータはまだいる。ヴァンには、私のローブを一応確認してもらおうと思って、残ってもらっていたんだけど。戻ってもいいんじゃないかな?
多分、こうやって彼について回るから、モテないんだと思う。頼りないし。
「モテるなんて、凡そ簡単だよ。全てはイケメンに限る、以上」
「それは元も子もないだろ!それにありえなくないか?お前犬なのに、モテて」
「ガブリ」
ヴァンがユータに噛みついた。頭を半分呑み込みそうな程、大きく口を開けている。目が口の中に入ってるから、ちょっと怖そうかな。ユータも叫びながら暴れている。
「ねー、ユータはいいから、このローブの調整して……ユータも騒がなくていいでしょ?」
「悪いね。このバカは氷漬けにしておいた方がいいかな?とにかく、ちょっと着たくらいだからあまり調整する必要は無いよ。どこか刺繍がほつれて、術式のバランスが崩れていたりしたら必要だろうけどさ」
「ちょっと待って、ぼくの質問に答えて!なんでヴァンはモテるんだよ」
気が付いたら氷漬けにされていたユータはまだ質問してきている。まあ、補修するものは無いっていうし、答えてもいいのかな?
「ヴァンはご飯が美味しいし、いろいろ一生懸命だし、面白いから?」
「尾が白いのは当たり前じゃん、全身真っ白なんだから。
イケメン以外でモテる要素って、マッチョとか面白いとかだよ。マッチョはナルシストが多いから嫌って声もあるし、面白い奴って浮気性が多いって思う人もいるけどね。
まめな奴がいいっている人も多いけど、お前は全部当てはまらないから無理」
ヴァンは変な冗談を言った後、真面目に答えているつもりらしい。それに対して、なんでか知らないけど、泣き出しているユータは、お酒飲み始めちゃった。
なんでそんなに女の子にモテたいなんて考えだしたんだろう。それなら頑張って、自分を変えなきゃじゃない?
精霊のボヤキ
――こ、これは……――
どうや、精霊さん……すき焼きの味は。
――に、肉の旨味を殺している!もっと色々工夫すればいいのに、短絡的に魚醤と砂糖で味付けしていて肉由来の繊細さが……!――
だから、どこのユーザンだよ!
――話変わるけど、アンタ見た目狼でも、中身オオカミじゃないよね――
……オオカミですけど?
――いや、あっちは中身オオカミだからさ――
いや、あれはライオン。




