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言の葉にのせて  作者: 小早川廉
3/3

3.五十音表

 

「これは私の国の文字。これに倣ってユーイチの国のも書いてくれないかしら」

 そう言いつつ、自分の手元にある言語表と彼の目前にある白紙とをちょんちょんとつついて同様に書くように促す。

 今回はユーイチの国でどのような言語が使われているのかを調べるため、それらを全て書き出してもらうことにした。

「ワカリマシタ。チョットマッテテクダサイネ……」

 そう言うと、彼はまず表を書き始めていた。

 この『ワカリマシタ』という発音。これで二度目だけれど、どういう意味かしら。確か先程は「もっと喋って」という指示の後だったし、今回も「書いて」という指示の後……。そしてそれからは決まって指示に従っている訳で。もしかすると、「了承した」、「理解した」の意味になるのかも知れないわね……。

 そう推測した私はメモ用紙に『ワカリマシタ』という発音を基にこちらの言葉で記し、それに「了承・理解した(?)」と併せて書き留めておく。

 勉強するのは何も彼だけではない。一日も早く職務を果たすため、そして彼と――彼らとコミュニケーションが取れるようになるためにも尽力しないといけない。

「――ヨシット……。コレガ『ゴジュウオンヒョウ』デス」

 思考している間にもユーイチは文字の表を書き終えて用紙をこちらに手渡してきた。

「あら、仕上がったのね。どれどれ……」

 ぱっと見た感じ、大分柔らかい印象を受ける文字だった。そして表の脇にある似たような文字は何なのか。点が二つ付いたものと、丸が付いたもの。そして少し小さなもの。小文字ならまだ分かるけれど、一部が同じなのにわざわざ書き分けるのは何かが違うということかしら。

 でも、何はともあれ、こうやって思考するのは面白いと思う。空想や妄想も基本楽しいものだけれど、既に存在する物事に対して想像したり推測したりして、最後には答え合わせをする。この時の感覚が私は好きなのだ。

「じゃあユーイチ。今度は――」

 目的の表が得られたので次の段階に移行するため声を掛けようとしたが、彼はまたペンを走らせていた。そして驚くべきことに、私の手に持つそれと同じ枠を書き上げていた。

「あ、別に同じものは何枚もいらないのよ。一応複製機はあるから……」

 と言っても通じる訳もなく、ユーイチは「スミマセン」とまた別の発音を繰り出した。

「えっ、嘘でしょ……」

 そして彼は枠の中に先程の優しい文字とは打って変わって、今度は大分尖った文字を記していく。


 ――また新しいものが出来上がっていく!


 驚きと興奮から、まだ半分までしか書いていないにも関わらず、私は彼と用紙の間に割って入ってしまった。

「ええ、ちょっとユーイチ! 何を自己流の文字を開発しているのかしら!」

「ン?」

 ん? じゃないわよ。そこだけはこの状況とニュアンスで分かったけれど。そうじゃないわ、ユーイチ。え? 最初の方があなたの国オリジナルの表じゃないの?

「アー、ソッチハヒラガナデ、コッチハカタカナッテイウンデスヨ」

「え? がな? かな?」

 何を韻を踏んで言っているのかしら?

 いや、よくよく考えてご覧なさい。彼は異世界人。私たちとは住む世界も国も違う。こんなに文字の種類があっても不思議じゃない。そうよ、きっとそうだわ。これは続きに違いない。

 ……凄い。ユーイチの国では数多くの音や文字を取り扱っている国ということになる。これは研究のしがいがある。

 軽く息を整えた私は、最終確認を兼ねて自身の持つ表の右上の文字を指差した。

「ちなみにユーイチ。これは何て読むのかしら?」

「『ア』」

 そして私は続けざまに、彼が今書いている表の右上の文字を指差した。

「じゃあこれは?」

「『ア』」

「ん?」

「ン?」

 ……あれ? 今何か違ったかしら? クリック音とか、息遣いとか、何か違いが……。

 再度、同様にして耳をそばだてて聞いても全く同じ発音だった。

 ……。

 私は次に、それらの下の文字についても、交互に訊ねた。

「こっちは?」

「『イ』」

「じゃあこっちは?」

「『イ』」

「……」

 ここまで来ると、一瞬思考が飛んでしまう。しかし一方でユーイチはクスクスと微笑んでいた。それほど滑稽に見えるのかしら、今の私って……。

 一瞬のブラックアウトを経て、私の脳は一つの答えにようやく辿り着いた。


 ――この二つの表って、ただ表記が異なるだけで同じ意味なのかしら。


 最初の「続き仮説」は恐らく違う。こっちが正解だろう。とすると、ユーイチの国では同じものを複数の表記方法で表現することが出来るということになる。これはこれで凄い。

 私の心は高揚した。これだ。この感覚こそが私の好むものだ。これが味わえるということは、彼はまさに、私にとって最早特別な存在であるということに他ならない。


 そしてその興奮が冷め止まぬまま、今度はお互いの名前についてやり取りし合ったところ――

「何なのよ! この線ばかりの絵みたいなものはっ!?」

「ハハハッ。ソレハカンジデ『サカモトユウイチ』ッテカイテアルンデスヨ」

 まだ駆け出しながらも、否、駆け出しだからこそ苦悩する。

 しかしそれがあるからこそこの仕事はやりがいがある。


 それは、とある世界における、文化も思想も、そして文字や言葉も異なる二人の男女の物語。


とりあえず、字幕なしでの投稿です。

後程、変更するかもしれません。

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