1.異世界の疾風(いこくのかぜ)
第3作目。
字幕を入れようか迷っています。
自宅にある書斎の机に向かっていつものようにペンを走らせていると、それはノックと共に訪れた。
「エルディア先生。少しお話ししたいことが――」
協会の人間であるニールが多少息を切らせながらも、用紙を一枚手にして現れた。それを機に、私は肩まで伸びた短い髪を掻き上げて一息ついた。
「どうかなされましたか」
「はい。今回は先生に辞典を制作していただく思い参りました」
仕事上の関係とは言え、彼は固過ぎる。もうちょっとフランクに喋っても良いのに。
「辞典ね……。また新しい企画でも用意してきたのかしら」
「ええ、まあ。――実は『被召喚者』絡みのことでして……」
その単語に、私の眉はピクリと動いた。
「何ですって? 『被召喚者』?」
「はい、そうです。ことは本日の昼下り、つまりはつい先程ですが、とある冒険者の依頼の下召喚の儀を執り行ったところ、これまた珍しく異世界人が召喚されまして……。余り経験がないものですから、現場の者は皆困惑しています」
「……」
「彼らとの交流を目的として、まずは言語理解から始めたいと我々は考えています。そこで、先生のお力添えをと思いまして……」
用紙を確認しながら現状を述べるニールを他所に、私の心は少し踊っていた。
しかし相手も流石は他者との交渉を数多くこなしているだけあって、そういった変化を見逃さなかった。
「先生も、興味がおありでしょう?」
その問いに対して、多少時間を要したものの、私が首を横に振ることはなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
召喚部屋。それは国家資格を有す召喚術士が依頼を受けて、契約した冒険者あるいは異世界の存在を召喚するための場所。大体は前者が呼び出されるが、低確率ながらも後者になる場合もある。
そして、今回はその後者が呼び出されてしまった。
私が現場に着いた時点で召喚術士、協会職員数名がまとまってざわついていた。
そのような環境の中に、余り見慣れない服装の男性がぽつんと一人、台座の上で立ち尽くしていた。
その姿が目に留まるや否や、気付けば私はその男性に歩み寄っていた。
「あなたが『被召喚者』ね。一体どこの世界の住人かしら?」
「――?」
私は興味津々に話し掛けるも、男性は首を傾げるだけだった。
「このような調子で、互いに――少なくともこちらからの意思の伝達が不可能な状況でして……。一応言語魔法を試したのですが、通用しませんでした。このまま帰還させても良いんですが……」
見兼ねた様子の召喚術士がそう説明をしてきた。
言語魔法が効かない。それを耳にして私は困惑するどころか、むしろ歓喜した。
「分かりました。依頼を受けた以上、私も善処したいと思います」
そう告げると再び男性に向き直り、そして手を差し伸べた。
その態度を見てもなお、男性は緊張や警戒のためか何も反応を示さないでいた。
……不謹慎にも、私はその様子を少し可愛いと思ってしまった。おっと、これはいけないわ。自制しないと……。
私は改めて彼のことを見た。年齢は二十歳前後だろうか。身長は私より少し大きい程度で、元の世界では運動でもしていたのかちょっとだけ筋肉質。至って健康体に見えたが、一つだけ気になる点があった。
「こんにちは。この世界にようこそ。と言っても、通じないのよね……。えー、まずはあなたの名前を尋ねても良いかしら?」
「?」
「名前よ。な・ま・え。私はエルディア。分かるかしら?」
「……エル、ディア……?」
私は自身の胸に手を当てつつゆっくりと名乗ってみせる。すると、彼は何とか聞き取れたようで復唱していた。また余談だけれど、彼の声を聞いて周囲は少しどよめいていた。
「ええ、そうよ。エルディア。じゃあ、あなたは?」
今度は彼を手で指し示す。少し間が空いたが、彼はしっかりとその名を告げた。
「……サカモト、ユウイチ」
サカモト・ユーイチ。正直に言ってどちらが名前なのか、それともまとめて一つの名前なのかも分からない。しかしそれでも、ちゃんと答えてくれた。コミュニケーションが取れた。これならば問題はないでしょう。
そして言葉で述べることよりも、私は彼を優しく抱擁した。
「――っ!?」
腕の中で彼――ユーイチ(とりあえずこの呼び方をすることにした)がびくりと身を震わせているのが分かった。
「ふふ、驚かせてごめんなさい。でも安心して、ユーイチ。私がしばらく一緒にいてあげるから……」
彼の耳元でそう囁き、頭を撫でて警戒心を解く。言葉が通じなくても、自分たちは敵ではないと態度で示すことはできる。
今回のような依頼は私自身初めてのことで、内心どうしたものかと思っていた。しかし、ジェスチャーを用いたコミュニケーションならば通用することが分かった。そこに魔法は必要ない。
「先生。それでは僕は上に報告してきますので、これにて」
「ええ、分かりました。彼は私に任せておいても大丈夫よ」
仕事熱心なニールは一礼すると一足先にこの召喚部屋から退室していった。
その背中を見ていて、初めてこの話を持ち掛けられた時のことが頭を過る。
ニールは何も言っていなかったが、先程召喚術士が述べたようにユーイチを元の世界に還すこともできる。
しかし、協会はそれを選択しなかった。
協会は辞典のためと称して彼をこの世界に留めておくようにした。
何か、企てでもあるのだろうか。私には直接関係ないことだとは思うけれど、彼が私の所にいる以上、どうなるか分からない。一応用心に越したことはないだろう。
だから私は、彼のことを研究対象として見る以外にも、保護対象として見ている。
それに……彼は元の世界に還りたがっているかもしれない。少なくとも、そのことを確認するまでは、彼を酷な目に遇わせてはならない。
私はユーイチとの抱擁を解き、召喚術士に向けて改めて告げた。
「私、エルディア・ハミルトンは、被召喚者であるサカモト・ユーイチの主となることを申請します」
どうもこんにちは。小早川廉です。本作に興味を抱いて下さり、ありがとうございます。
本作は『被召喚者物語』という大まかなシリーズの一物語です。ゲームとかで召喚(ガチャ等)についてふと、「召喚されている人たちって、一体どんな感じなんだろう……」と思ったこと。そして、よく異世界モノを拝見していて、「あれ、そう言えば。何故異国の人たちが普通に会話出来ているんだろう……」と思ったこと。これらの疑問により本シリーズ、本作が生まれました。
一応、世界観について補足しておきます。この世界の(少なくとも)この国家では召喚魔法が国家資格になっており、その資格を有した召喚術士が依頼を受けて召喚を行っています。召喚されるのは予めギルド等に申請を出している冒険者がほとんどであり、彼らの権利を保障するための規定やマニュアルもあります。そしてこれらを取りまとめるのが全国召喚魔法協会という訳です。
また、別のネタとして、この組織に『被召喚者』として登録申請しようとする者の話も考えています。
これ以上書き連ねると、とりとめがなくなってしまうのでこれで止めたいと思います。
ご覧いただきありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。




