呑み込める夜
三人が廊下を抜けると、大きな空間が広がっていた。上を見上げると、どれだけ高いのか、暗くなっていて天井まで見ることはできなかった。広い空間の中央にはいくつか大きな作品が並んでいて、他の部屋に続いているのか、壁には扉がいくつもあった。置いてある作品に、ギャリーは思わず息を飲む。
(まだ、こんな作品があったなんて・・・・・・)
ギャリーは空間の真ん中にあった作品に吸い寄せられるように近づく。それは、額縁から上半身を出した骸骨と女性を形どった作品だった。
赤いマントを身にまとい、王冠をかぶった骸骨が、女性の頭に手を添えている。右手には金色の剣を携えている。女性は、目をつぶり、どことなく幸せそうな顔をしている。星型の銀の髪飾りが茶色のロングヘアーの中で光っている。
「下のやつ・・・・・・本物の額縁よね。骸骨と人は、本物の服だわ。これ、作るのにどのくらいかかるのかしら・・・・・・」
イヴとメアリーが、一緒になって作品の周りをぐるりと歩く。メアリーは首を上に下にせわしなく動かす。
『死後の逢瀬』
「『死後の逢瀬』・・・ですって」
ギャリーが、作品のタイトルを読み上げる。その言葉に、作品を一周してきたイヴとメアリーは顔を見合わせる。
「『おうせ』ってなに?」
メアリーがギャリーに尋ねる。イヴも、じっとギャリーを見つめる。
「ん?逢瀬っていうのは・・・・・・好きな人同士がこっそり会うこと、みたいな感じねー。」
「なんでこっそり会うの?」
メアリーが尋ねる。イヴも、じっとギャリーの返答を待つ。
「え?な、なんででしょうね・・・・・・。色々と理由があるんじゃない?」
ギャリーの視線が泳ぐ。そんなギャリーの動揺に、二人は気付かない。
「色々って何?」
「さ、さあ?そのうち、メアリーにも分かる日が来るわよ。」
「ふーん。そういうものなのかあ。へんなの。」
メアリーは、それ以上質問をしてこなかった。イヴもギャリーの困惑を察してくれたようだ。視線を『死後の逢瀬』に向けていた。ギャリーはホッと胸を撫で下ろす。
「ゲルテナは、どうしてこの作品を作ったのかしら?どういう意味を込めて作ったのか、気になる・・・・・・」
「この人、メアリーに似てる。」
「え?」
イヴに指摘され、ギャリーは女性の顔を見る。骸骨に抱かれた女性の髪は明るい茶色だったが、顔はどことなくメアリーに似ていた。
「たしかに、髪の色とかは違うけど、似てるかも。・・・・・・メアリー?」
メアリーはまっすぐ女性の顔を見ている。その女性の浮かべる表情を、じっと観察していた。
「メアリー、どうかした?」
「似てないよ。なんか、私、これ嫌いだな。」
メアリー似ていると言われたことが気に入らなかったのか、少し頬を膨らませると、視線を外す。
「いこ、イヴ。あっちに面白そうなものがあるよ。」
メアリーは宙に浮くワイングラスのオブジェを指さし、イヴの手を引く。イヴは、されるがままメアリーに引っ張られる。
ギャリーも、それに続こうと足を踏み出したとき、視界の端がキラリと光った。そちらに顔を向ける。そこには、正方形の欠片があった。銀色の欠片に、何か描かれているようだった。ギャリーは、その欠片に近づく。
「なにかしらね、これ。・・・・・・絵?」
すると、なかなか来ないギャリーに待ちくたびれたメアリーがギャリーのところに駆け寄ってくる。
「もう。遅いよ、ギャリー。・・・・・・なにこれ?」
メアリーが銀色の欠片に手を伸ばす。すると、メアリーの手が触れるか触れないかのとき、その銀色の欠片は鋭い音を鳴らして消えた。
「わっ、消えた。・・・・・・なんか、絵の具玉の時と似てるわ。」
「絵の具玉?」
絵の具玉は、以前ギャリーが『不思議な美術館』に迷い込んだときに、集めて回ったものだ。 そのことを知らないメアリーは首を傾げる。隣にやって来たイヴを見るが、イヴも首を傾げる。
「もしかすると、これ、集めるといいのかも。もっと探してみましょ!」
「おー!」
メアリーが、元気良く拳を振り上げる。イヴも大きく頷く。すると、ふと、イヴが視線を逸らす。
「ん?どうしたの、イヴ?」
ギャリーがイヴの視線の先を見る。そこには、大きなワイングラスがあった。液体のように捉えどころのない形をした夜空が宙に浮かび、その夜空は透明なワイングラスに向かって流れ落ちていた。三人は、その作品に近づく。
『呑み込める夜』
「すごいわねー・・・・・・。変な作品も多いけど、こういうのなら、好きかも。イヴは、こういうの好き?」
イヴは頷く。それを見たメアリーは、じっと作品を見ていたが、首を傾げるだけだった。
「そっかぁ・・・・・・ふふ、アタシも好きよ。なんか、綺麗だものね。この空みたいなの、どうやって浮いているのかしら・・・・・・」
見た目からでは、その夜空がどんな材料で作られているのか分からなかった。まるで、ワイングラスに水を注いだ瞬間を切り出したかのような表現が見事になされていて、一体どのようなものを使い、どのように手を加えればよいのか、ギャリーには見当もつかなかった。
ギャリーは、その作品を見ていると、ワイングラスに注がれている夜空が、なんだかワインのように思えてきた。
「夜ってどんな味がするのかな?」
「え?あ、そ、そうね。どんな味かしら。」
メアリーの質問にギャリーは不意をつかれた。いままさに、自分が口にしようとしたことをメアリーが言ったからだ。
「ねえ、イヴはどう思う?」
「おいしくはなさそう。」
だよねえ、とメアリーは笑顔で応える。
「それより、ここにはもうあの欠片はなさそうだね。あの部屋に行ってみようよ!」
メアリーは『呑み込める夜』の正面にある扉を指差す。すると、次の瞬間には、イヴの手を取り、その扉に向かって駆け出していた。
「・・・・・・」
「ギャリー、早くしないと置いてっちゃうよ。」
半分開いた扉の向こうから、メアリーが顔を覗かせている。
ギャリーは、何かが気にかかった。一体それがなんなのか、はっきりとは分からないのだが、何かがおかしいと感じていた。ずっと赤だと思っていた色が、徐々に変わっていき、別の色に変わっていることにすら気がつかないような、そんな微妙だが大きな変化が起きているような予感がしていた。
(気のせいよね・・・・・・)
ギャリーは、二人が待っている扉に向かって歩き出す。




