零れ落ちる星空
辺りは暗くなったものの、明かりがなくてもなんとか周りが見える程度だった。ギャリーがふと歩みを止める。ギャリーの視線の先では、赤と青の花―『執拗な双子』が茎を折り曲げスヤスヤと寝息を立てて眠っている。通路の奥には、オレンジの扉が見える。
「やっぱり!これで、先に進めるわ!アタシが先に行ってみるから、イヴとメアリーはここで待ってて。」
ギャリーは縦に並ぶ2本の花の脇を通り抜ける。『執拗な双子』は、ぐっすり眠ったままだ。ギャリーはオレンジの扉のドアノブを掴み、回す。
「・・・・・・鍵がかかっているわね。」
ギャリーが何度もドアノブを回そうとしても、回ることはなかった。
(どこかに鍵があるのかしら・・・・・・)
ギャリーは再び『執拗な双子』の脇を通り過ぎると、イヴとメアリーの元に帰る。
「どうだった?」
「・・・・・・鍵かかっているみたい。でも、一体どこにあるのかしら・・・・・・。」
「さあ?分かる、イヴ?」
メアリーにそう尋ねられたイヴは、首を横に振る。すると、イヴが地面の一点を見つめ、動かなくなった。
「どうしたの、イヴ?」
メアリーに話しかけられたが、イヴは返事をすることなく、数歩歩き、しゃがみこんだ。ギャリーとメアリーがその視線の先を見る。
「あっ!」
メアリーもイヴの側に寄り、しゃがみこむ。ギャリーが目を凝らして二人の視線の先を見てみると、地面の上に白い点が見えた。
「シロアリさん、どうしたの?」
それは、さっき地面に穴の空いた絵の中に入っていったはずのシロアリだった。
「おなかすいた。なにか、たべたい。あまいもの、たべたい。」
イヴがギャリーを見る。メアリーもそれに気がつき、ギャリーを見る。二人がすがるようにギャリーを見る。
「あまいものって言われても・・・・・・。何かあるかしら?」
ギャリーは念のためポケットの中を確認するが、そこにあるのはライターと青いバラだけだった。
「やっぱり、何もないわ。」
「夜だから、あのお菓子が見つかるかもよ。ほら、あの星みたいな形をしたお菓子。あれって、夜空にいっぱいあるんでしょ?」
唐突に、メアリーがイヴにそう尋ねる。イヴはしばらく考えた後、首を傾げる。
「・・・・・・星なんて、食べられるわけないでしょ。そもそも、星空だってここには―」
ギャリーはそこまで口にすると、あることを思い出した。ここに星空はない。けれど、この美術館のどこかで空を見かけたような―
「・・・・・・もしかして。」
ギャリーは、『空』を見つけた場所を思い出し、歩き出す。イヴがそのあとを追いかけ、それに続いてメアリーが歩き出した。
ギャリーは、ある扉の前で立ち止まった。この扉の先は、ギャリーが飛んでくる針をくぐり抜け、『捕らわれの炎』を見つけた部屋だ。
「でも、ここ、あの子供の絵が動き回っているのよね・・・・・・」
ギャリーは扉に耳を当て、中の様子を窺おうとするが、何の物音も聞こえない。
「静かにしていれば大丈夫だと思う。」
イヴの言う通り、顔に大きなバツ印が描かれた大きな子供の絵―『失敗作』は目が見えないので、静かにしてさえいれば、こちらの場所は分からない。
「そうね。じゃあ、アタシ、行ってくるから、二人はここで待ってて。」
すると、イヴがメアリーの方を向き、人差し指を自分の唇に当てる。メアリーもそれを真似し、嬉しそうに笑う。
「……ついてきちゃダメよ。」
「えー、一人で行動しちゃいけないんじゃないの?」
メアリーの指摘に、ギャリーは言葉に詰まる。イヴも、まっすぐギャリーを見ている。イヴのまっすぐな視線からは強い決意が滲みだしており、説得したところで、言うことを聞いてくれそうになかった。
「……分かったわ。静かにしているのよ。」
二人は、首を縦に振る。ギャリーが扉を開ける。すると、そこに『失敗作』はいなかった。三人は早足で音をたてないように慎重に歩き、『コレクション』の前までたどり着く。また、針が飛び出してくるのではないかとしばらく待ってみたけれど、もう針は飛んでこないようだった。三人は、狭い通路の先に進む。
通路を抜けると、場所が開ける。そこにも、『失敗作』はいなかった。ギャリーは、そのまま左の壁にある絵に近づく。
『零れ落ちる星空』
絵の中には満天の星があり、その星一つ一つがわずかに揺れているように見えた。
「やっぱり、絵が変わっているわ。」
ギャリーが以前この絵を見たとき、ここには青い空と雲が描かれた絵があった。それが、『夜』になった今では、星空となっている。
「キラキラしてて綺麗ね。ゲルテナもこういう絵だけ描けばいいのに……」
「これ、揺らせば落ちてくるかな?」
「え?」
戸惑っているギャリーのことなど気にせず、メアリーが額縁を揺らし始める。イヴも一緒になって額縁を揺らし始める。すると、絵の中の星がひとつ落ちてきた。
「あら?」
ギャリーがそれを拾う。どうやら、本当に星が落ちてきたようだった。その星は、表面がデコボコしており、甘い香りがした。
(これって―)
「やったあ!落ちて―」
咄嗟にイヴがメアリーの口を手で塞ぎ、もう一方の人差し指を自分の口元に当てる。メアリーは、静かに何度も頷く。それを見ていたギャリーは、思わず微笑んだ。
そのまま三人は『失敗作』に会うことなく、部屋を出て、シロアリのところに向かった。ギャリーの手には、甘い香りのする星。
「あー。それ、星。ぼくのすきなやつ。ほしい。」
声がするので、三人で目を凝らして地面を探す。すると、シロアリはギャリーの足元にいた。ギャリーはしゃがみ込む。
「・・・・・・星というか、どうみてもコンペイトウよね、これ。」
ギャリーは、『星』を地面に置く。
「わー、ありがとう。ちょっと待ってて。」
シロアリは溝にかかっている地面に穴の空いた絵の穴の中に入っていく。しばらくすると、その穴の中から橙色のカギが出てきた。そのカギはギャリーの足元までやってくる。
「これ、礼。」
「ありがとう。」
ギャリーは、カギを受け取る。すると、シロアリが『星』を食べている様子が面白いのか、メアリーがしゃがみ込み、じっとシロアリを観察し始めた。
「これおいしい。しあわせ。おまえも、ここに住めばいい。かみさまから、星、もらえる。」
シロアリがしゃがみこんでいるメアリーにそう言った。メアリーは少し間を置いて、口を開いた。
「そんなことないよ。外には、そんなものより美味しいものや楽しいことがいっぱいあるんだから。友達だって―」
メアリーがイヴの方を見る。イヴは首を縦に振る。また少し間が空いた後、声が聞こえてきた。
「……いつか空に行って星をいっぱい食べるの。僕の夢。」
「そっかー。叶うといいね!」
メアリーは、シロアリに小さくお別れの言葉をかける。立ち上がるとイヴに駆け寄り、手をつなぐ。その顔は、たしかに笑顔だったけれど、ギャリーには、今までメアリーが見せていた子供が見せる単純で分かりやすい笑顔ではなかったように見えた。
「ねえ。今度、みんなでコンペイトウ食べない?」
「コンペイトウ?」
「今、シロアリが食べているお菓子よ。アタシも食べたくなっちゃった。イヴとメアリーも食べてみたいでしょ?」
メアリーが笑顔で頷く。その顔を見たギャリーは、なぜか安堵した。




