01話 少年、馬車を曳く
お待たせしました。
『勇者は101人いる』第2章はじまります……
2章までの3つのあらすじ
1.勇樹が勇者召喚に巻き込まれ、異世界へトリップする。
2.毛玉に負けた勇樹は、赤賢竜ドラグニールに拉致られる。
3.数々の修行を乗り越えた勇樹は改造人間となって戻ってきたのであった!
――時は勇樹がエルクレアの地に降り立った直後の話。
エルクレア王国郊外の森の中で1台の馬車が走っていた。
金の彫刻などで豪華に飾り立てられた馬車は、現在その見た目に反して切羽詰まった様子で踏み固められた街道を猛スピードで走り抜けていた。
馬車より少し離れた後方からはランクEのモンスター、グレイファングの群れが馬車を追掛けていた。
「クソッ! 王都まであと少しだというのに、このままでは追い付かれる!」
御者は馬に必死に鞭を打ちながら、時々馬に飛び掛かるグレイファングを護身用の槍で突いて追い払っていた。
しかし走る馬も爪や牙によって浅いながら傷だらけで、血が汗の様に流れ出ている。
そして不幸は重なる、我武者羅に走っていた所為で落ちていた太い枝に気付かず、車輪が跳ね上げられ馬車は派手な音を立てて転倒した。
御者は跳ね上がった時に転げ落ちており、幸い馬車の下敷きになる事は無かったが体のあちこちを打ち付けて、すぐに動ける状態ではなかった。
「くっ……姫様……大丈夫ですか……っ!」
御者が声を掛けると倒れた馬車の扉が蹴り破られ、中から騎士甲冑に身を包んだ女性と豪奢なドレスを纏った女性が、青い顔をしながら這い出てきた。
「アンジュ……妾、ぎもじ悪い……王女に有るまじき行為をしそう……」
「我慢なさい。吐き出すと体力を消耗するので絶対にしないでくださいね」
「うぷ……がんばる」
アンジュと呼ばれた甲冑の女性に担がれながら、ドレスの女性が口元を押さえながら御者の方へ近づく。
「貴方も、早くここから離れましょう。このままではモンスターの餌になってしまいます」
「わ、わかりました……」
「それでは姫、私は荷物を纏めたいのですがお一人でも大丈夫ですか?」
アンジュは姫と呼んだ女性に自力で立ち上がれるかを確認すると、姫も青い顔をしながらも無言で頷き自立して数歩ほど歩いて見せる。
それを確認したアンジュは転倒した馬車に近付いて、手早く必要な品を纏める。
御者もフラフラになりながら槍を杖代わりに立ち上がって、姫の近くに立ち周囲の警戒をする。
「アンジュ様……お早めに。もうそこまで足音が聞こえて参りました」
「待ってください。少なくとも、この剣だけでも持って行かないと……それに食料を撒いて置けば足止めにもなるでしょう?」
そう言ってアンジュは馬車に積んであった残り少ない食料が入ったカバンを放り投げ、纏めた荷物をカバンに詰めて背負った。
慌てて離れようとしたが一歩遅く、グレイファングの群れに追いつかれ囲まれてしまった。
「グルルゥ……」
「くっ……囲まれた。ここまでですか……っ」
「あ、アンジュ……妾はここで死ぬのか?」
姫が不安そうにアンジュを見つめる。
そんな姫に、アンジュは優しく笑い掛ける。
「大丈夫ですよ姫。姫だけは私が命を掛けて守ります。薄汚い犬風情に爪一本触れさせませんよ」
それだけ言うと腰に差した剣を抜き、グレイファングの群れを睨み付けた。
「姫! 私が活路を開きますので、そこの者と共に街まで逃げてください!」
「そんな! アンジュ止め……!」
「行きます! ハアァァッ!!」
気迫を込めた叫びと共に剣を構えた矢先、目の前のグレイファングがどこからともなく飛んできた槍に串刺しになった。
一瞬、別のモンスターの襲撃かと警戒したが、次に現れた人影を見て思わず気が抜けそうになった。
「狼の群れキター! ヒャッハー、久々の雑魚狩りだー!」
そこへ現れたのは何故か上半身が裸で泥か何かで紋様が書いており、顔を布で覆い隠して獣のような動きで跳ね回る少年だった。
少年はどこからともなく飛んできて、1匹のグレイファングを蹴り飛ばして着地すると同時に近くにいたグレイファングをぶん殴った。
グレイファング達は突然現れた珍客に騒ぎ出したが、槍を手にした少年にまるで木の葉の様に吹き飛ばされている。
「ヒャッホー! こっちの動きにカウンターして来たり、逆に槍を取って振り回してくるような奴がいねぇや! イイヤァッホォォー!!」
人間らしき少年は訳の分からない事を口走りながら、姫たちの目にも捕え辛い速さで駆け回る。
暫く呆然とした様子で見ている内に、生きているグレイファングがすっかりいなくなってしまい、少年は息を切らした様子もなく生き生きとした様子でグレイファングを解体していた。
「ハッ!? い、一体何が……」
「あ~、これだったらさっきの熊の方が毛皮も丈夫で爪や牙も素材としては上位だったから、別に狩る必要なかったなぁ」
少年はそんな事を呟きながら、解体を進めあっという間に肉とそれ以外に切り分けてしまった。
そして、肉を明らかに容量が足りない袋に全て詰めてしまい、残りを持って姫たちに近づいた。
そこで漸く自分の使命を思い出し、怪しい恰好をした少年に剣を向けて静止を命じた。
「少年! 少年……? そこの者、助けて貰った事には感謝します。しかし、こちらも訳合って貴素性も知れない者を近づける訳にはいかないのです」
「あ~うん、分かるよ。そっちの人の格好見ればどう見たってどっかのお嬢様だよね。あれ? でも、その甲冑って王城の騎士に似てる……? って事は国の騎士が護衛するほど偉くて若い娘さんって事は……王女?」
少年がそう呟いた瞬間、アンジュは分かり易い程に顔を青くして、慌ててその言葉を否定した。
「ち、違います! 断じてこの方は王女様などではありません! この方は今度、王都で公演する劇のヒロインである……」
「いかにも! 妾はエルクレア王国第8王女ティアナ・エルクレアである!」
「な!? ティナのおバカ!」
「何を!? バカという方がバカなのだ!」
「そういう話じゃありませんよ!」
厄介事を避ける為に予め用意していた設定を全部無視して、名乗りを上げてしまったティアナ王女に向かってアンジュは思わずいつもの口調で喋ってしまった。
そこからはいたって普通の姦しい女性同士の罵り合いが始まってしまった。
突然の空気の変わり様に戸惑った少年は、とりあえずグレイファングの皮や牙などを足元に置いて立ち去ろうとした。
しかしそれを目敏く見つけたティアナが制止する。
「待て! お前には我々の護衛を頼みたい!」
「ちょ!? 何で勝手に話を進めているんですか! それに護衛だなんて勝手に決めないでください! 彼が盗賊の一味だったらどうするんですか!」
「いやー、もし盗賊だったらこの時点で襲っているだろ? それに我々を助けてくれたんだから大丈夫かな~と思って……」
「いえ、僕は偶々通り道にあの狼たちがいたからハッスルしただけで、別に君たちを助けようとか微塵も考えてませんでした。なんか、ごめんなさい……」
「ほ、ほら! 我々の事は眼中になかったと言っているぞ!? という事はそこまで問題じゃな……」
「そういう問題じゃないでしょうがこのアホ姫は~!」
「いはい、いはいほアンフュ」
口の中に指まで突っ込んで頬を引っ張られている所為で抵抗しようにも逃げ出せず、寧ろ長年の付き合いから逃げ出せば後が怖い事を知って居る為、甘んじて攻撃を受けていた。
「え~っと、自分はどっちでも構わないですよ? 僕はこのまま街に帰る予定でしたし……」
「ほら!」
「……はぁ、すみませんがお願いできますか?」
「ハッハッハッ、子育てご苦労様です」
当事者でもある筈の少年の暢気な言葉にアンジュは深い溜息を吐いた。
そんな彼女の溜息を無視して、少年は転倒した馬車へと近づいた。
「何をするつもりですか? 言って置きますがお金になるような物を持って行く余裕は……」
「いや、これ起こせばまだ使えるかな~っと思いまして。よっこいしょっと」
「……え?」
まるでちょっと詰め過ぎたカバンでも持ち上げるかのように……少年は軽々と転倒した馬車を起こした。
その光景に思わずアンジェは呆然としてしまった。
「う~ん、車軸も壊れてないし車体もそこそこ頑丈に出来てるから壊れてないか……ああでも車輪が罅に入ってら。でも、これなら代用で十分……」
「なんだ? お前、直せるのか?」
「まあ、このくらいなら何とか。適当に丸く削った木を車輪代わりにすれば街までは持つと思いますよ」
「なら頼む。正直、この靴ではこんな道を歩いて行けそうにない」
そう言ってティアナはスカートを上げて、自分が履いているのが背の高い靴である事を見せる。
それを見た少年は苦笑いしながら頷くと剣を引き抜いて近くの木を切り倒した。
更に切り倒した木をあっという間に切り刻むと、車輪と同じサイズの丸い板を削り出した。
「本当なら細かくサイズ調整したり、ちゃんと真円にしないとダメなんだけど……まあ、応急処置って事で良いよね」
少年は慣れた手際で車輪を交換して、軽く押して車輪が転がるのを見ている。
そしてその光景を見てアンジェと御者が目を見開いて驚いた。
彼女たちが乗っていたのは所謂ボックス型の馬車で、要人が利用するので防御用の魔法陣や軽量化の魔法が掛かっているとはいえ木の塊――その上、金属で装飾まで施している為、男性一人の力で押して動かす事など容易ではない筈なのだが……目の前の少年はそれを軽々と行っていた。
「あ、貴方は何者ですか……」
思わず漏れた言葉であったが、作業に夢中になっていた少年の耳には届かなかった。
「うん、罅割れてるのは装飾が施されてる部分で、本体には殆ど傷が無い……うわ、よく見るとガチガチに防御系の魔法で固められてるわ。これ赤爺が殴っても凹む程度で終わりそうだなぁ」
馬車をベタベタと触りながらブツブツと呟いている。
一周回って破損箇所を確認し終わり、転倒した時に死んでしまった馬の器具を外すと、そこに立ってティアナたちの方を振り向いた。
「じゃ、さっさと行きましょう」
「え、貴方は何をしているんですか?」
「何って……馬車を曳こうかと」
「なぜ貴方が馬の真似を……ああそうか、馬はさっきの転倒で……いや、それにしたって人間の貴方が出来る訳が……」
「大丈夫です! 鍛えてますから!」
少年はそう言って腕を上げてアピールして見せる。
アンジェは何か言いたそうに口を開いたが、言葉を溜息に変えて肩を竦めた。
「おーい、アンジェ。早く乗らんか! 置いて行くぞ~」
「ハイハイ、今乗りますよ……って、何で姫が御者台に乗ってるんですか!?」
「良いではないか。馬を操縦する必要が無いのだからこっちでも」
「そういう問題じゃないでしょうが!」
結局、ティアナを叱る為に2人とも御者台に乗った為、お付1人が座席に座っているという奇妙な席順のまま、少年は馬車を曳き始めたのであった。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。




