23話 少年、人里へ
勇樹がノームの里へ連れて来られて2週間が過ぎた。
その間にノームの知識をインストールするという更なる改造を受け、下手に知識が付いたせいでノーム達の講義もさらに悪化……いや、よりレベルが高くなっていった。
その甲斐もあって、生産系スキルは思い付く限りを文字通り体に刻み込まれた。
今日も今日とて朝から講義を受ける為に、自室で準備をしていた勇樹の下にドラグニールが訪ねてきた。
10日ぶりに姿を見せたドラグニールは、その場で勇樹の身体の調子を調べ始める。
「うむ、もう体は大丈夫じゃな。それにしてもユーキは普人の癖に丈夫じゃのう」
元々休養でノームの里に連れて来られた勇樹であったが、頭脳面でも改造を施された結果、体の細胞も活性化したおかげでブレスによるダメージが完全に無くなっていた。
「それにしても突然どうしたの? 僕をここに置いた後に、なんか用事があるって言ってたよね?」
「ジェイドから頼んでいた物ができたという連絡を受けてのう、ついでに顔を見に来たんじゃよ。この様子ならもうここにいる必要もなさそうじゃな」
「え~、僕もうちょっとここに居たいんだけど」
「させるか戯け者、ジェイドから聞いているぞ? ノームの技術を覚えた事を良い事に、講義は午前中で済ませ、後は工房に篭りっきりじゃそうじゃのう?」
ドラグニールの問いに、勇樹は視線から逃げるように顔を逸らした。
勇樹はドラグニールの言う通り、ここ数日は朝から講義を受けて知識を学び、午後からはそれを実践する為に工房へ篭るを繰り返していた。
その結果、勇樹はゲーム的な発想で色々な魔法道具を製作して、ノーム達も唸らせたが、それに比例して勇樹の睡眠時間も短くなっていた。
何故、勇樹がここまで短時間でそんな事が出来るようになったかというと、それはスキルのシステムに原因がある。
改造された次の日から講義の為に工房に入った勇樹は、ジェイドの勧めでナイフを作ってみる事になり、半信半疑ながらも鎚を構えた瞬間、体がまるで長年それをやってきたかのように動いたのだ。
スキルとは一般的には、体に宿っていた魔力が元の持ち主の技術を記録していて、それがスキルという形になって現れた物……と言われている。
保有者の技能が上がるにつれてスキルのレベルが上がっていくのが本来の流れなのだが、勇樹の場合は無理矢理技能を詰め込んだ為に、本人の腕よりも先にスキルが先行して成長した結果、本人が知らない技能を体が勝手に再現できるという奇妙な状態になった。
そこで本人の技能とスキルとの差異の擦り合わせる為に、ジェイド達もどんどん課題を出しては勇樹に何かを作らせた。
全てが足りなかった勇樹も、自分で作り出せるようになってからはどんどんのめり込んでしまい、ジェイド達が出す課題を嬉々として熟して行き、無駄な凝り性まで発揮して自分の考えた改造まで施すようになっていた。
その結果、十全とまでは行かずともスキルを7割程度まで使う熟す事に成功していた。
「ノーム達は精霊族じゃから土の中でも生きて行けるが、ユーキはそうはいかんじゃろう。そろそろ日の下に出んと体を壊すわい」
「あ~、そういえばここって地下だったね。ここって常に明るいし、空を模した天井とかもあるから忘れてたよ」
空を模しているのは気分転換の為……ではなく、地下で育てている薬草などの畑に出来るだけ自然に近い状態に近づけただけの事だった。
地の精霊であるノームの恩恵を受けた土壌で薬草は通常よりも数倍以上の効果が出る為、態々そういう形態を取っているのである。
加えて魔法道具で常に空気も流動しているので地下独特の息苦しさが薄いのもあり、ドラグニールに言われて改めて自分がいる場所が地中奥深くだという事を思い出した。
「そういう事じゃからほれ、さっさと支度せい」
「いや、そんな急に言われても先生たちに挨拶とか……」
「どうせまた来る事になるじゃろうから、そんなもんは適当でいいんじゃよ。出て行くすれ違いざまにでも声を掛けて行けばよかろう」
そう言ってドラグニールは勇樹の腕を取って引きずる様に歩き出した。
見た目は力の弱そうな老人だが、正体は上位種のドラゴンであるドラグニールの腕力に勇樹は抵抗も虚しく引っ張られて行く。
「む、赤賢竜か。ユーキを連れて行くのか」
「うむ、これ以上ここに置いていたらお主らをここに封印している意味が無くなってしまうからのう」
既に手遅れな気がしないでもないドラグニールであったが、ここに置いておくのは彼の思惑に反する為、急遽連れ出す事としたのだった。
「ユーキ、お前は良い弟子だった。コイツは餞別だ、持って行け」
そう言ってジェイドが手渡したのは“旅人の鞄”という魔法道具だった。
この鞄の中には魔法によって作られた異空間が広がっていて、その鞄の規定数までならどれだけ入れても重量を感じないという、ゲームのアイテムの様な機能がある魔法道具である。
「……っ、はい! お世話になりました!」
ノームの里に来てから殆ど笑った所を見た事が無かったジェイドが、僅かに口角を歪めて褒めた事に感極まった勇樹は、ジェイドに深々と礼をした。
その後も出口へ向かうまでの廊下には、今まで世話になったノーム達が次々と顔を出していて、足早に歩きながら勇樹は彼らに挨拶を交わして行った。
来た時にも通った洞窟を抜け、久方ぶりの青空の下へ出た勇樹は思わず目を細めた。
「うわ、太陽が目に染みる~。やっぱり地下と地上じゃあ空気が違うね」
「当たり前じゃよ。さてユーキ、今日でお前さんに教えられる事は全てやったつもりじゃ。後はお主の手でそれを生かすがよい」
「赤爺……正直、『ここまでする必要ってある?』って何度も思ったけど、結構楽しかった……? うん、楽しかったよ?」
「それはムクムク程度にやられるお前さんが悪いんじゃよ」
2ヶ月も前の事を持ち出され、思わず顔を顰める。
今にして思えば何故自分はあんなボロボロの装備であんな所へ行ったのだろうかと、過去を振り返って内心で転がり回っていた。
そんな勇樹の様子に気付いた様子もなくドラグニールは本来の姿であるドラゴンへと変化した。
『それでは、人里へ送ろうかのう。どこが良い?』
「えーっと、じゃあ前の街でお願いします。まだあの街も全然見て回ってないから」
『……まあ、お前さんがそれでいいならそこにしよう』
ドラグニールは来た時と同じように勇樹の首根っこをヒョイッと掴んで翼を大きく広げて飛び上がった。
その気になれば16時間ほどで星を一周できる程度の速度で飛べるドラグニールは、国の端と端を横切る地上から行けば2ヶ月以上掛かる距離を十数分程度で、エルクレアの王都付近にある初めてドラグニールのドラゴン姿を見た草原にあっという間に到着した。
「改めてドラゴンってスゲー!」
『ほっほっほっ、それ程でもあるのう』
自慢げに笑うドラグニールは、勇樹を地面に降ろすと印籠のような物を差し出した。
勇樹は訝しげに手に取ってドラグニールを見上げた。
「何これ?」
『儂との連絡用の魔法道具じゃよ。先代の勇者たちが持っていたケータイとかいう道具を参考にしてみたそうじゃ』
そう言われて勇樹は初めてそれが二つ折りの携帯電話にそっくりだと気付いた。
携帯と同じ要領で開いてみると、些か趣が違う物の勇樹の知っている携帯電話で間違いなかった。
『それは念話スキルの無い者の補助をする道具じゃ。とりあえず、儂とノームの里の連中は登録済みじゃから、何かあればそれで連絡するといい』
「おお、何から何までありがとう!」
無邪気に笑う勇樹を見て、ドラグニールはその顔をじっと見つめ、まるで物語に出てくる勇者を見定める選定者の如く勇樹に問い掛けた。
『のうユーキ、お前さんはこれからこの世界で何をするつもりじゃ? お前さんは勇者ではないから魔王を倒す義務はない。だが、この世界にとってお前さんは“客人”じゃ、故に普通に暮らすのも苦労するじゃろう……今得たその力を持って、お主はこの世界で何を成す?』
「そんなのあの日に城を出た時から決めてたよ」
勇樹は一切悩む事無く、まるで昔を懐かしむように笑った。
「『この世界を見て回る』。あの日にこの異世界に来て真っ先に思った事、本の中でしか有りえなかった空想の世界を現実として体感したいんだ」
ドラグニールの問いに、勇樹は真っ直ぐな目で答えた。
それは少年の夢を追い掛ける、強い意志の篭った純粋な眼だった。
その眼を見たドラグニールは少し目を細め、僅かに口角を歪めた。
『そうか……儂もお前さんを見ていてタケシのいた頃を思い出したわい。まあ、好きなようにこの世界を回るがよい』
ドラグニールはそれだけ言い残すと、大きく羽撃いて東の空へと飛んで行った。
勇樹はドラグニールが見えなくなるまで彼に手を振り続けたのだった。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。




