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流れの傭兵が勇者になるなんて、自分のことでもなければ鼻で笑っていたことでしょう。
聖剣を渡されてしまった傭兵はただただ呆然としていました。
仲間を連れて旅をします。
お上品な旅はなれませんでした。
城から与えられた仲間より長年共にいた傭兵仲間のほうがよかったのにと内心何度も愚痴りました。
救ってほしければ金を出せ、そういって仲間に刺されそうにもなりました。
俺は救ってくれなかったのにこいつらを救えというのかと勇者が怒鳴ったとき、初めて仲間は勇者ではなく傭兵を見たのです。
仲間が勇者が人であることを初めて意識したのはその時でしょう。
そしてぎこちないながらも仲間として旅を続けてついに魔王へと剣を突き刺したとき。
魔術師は己が賭けに勝ったと同時に負けたことを知りました。
このタイミングでは意味がないのです。
魔王が死んでしまったあとでは、勇者が使命を果たした後では、既視感の意味を知れても最初がわからないのです。
仮説が正しくても、“始まりの勇者”を知ることはできないのです。
傭兵になった魔術師は城へと戻りました。
そしてかつて作り上げた魔法を改良し、自身へ再びかけることによって終止符を打ちました。
***
とある姫君の婚約者にまでなった男は、周りを納得させるために勇者になりました。
魔王を倒したとなれば姫君を妻に迎えることに反対意見は出ないと考えたのです。
仲間たちとの折り合いは悪かったのですが、そこは貴族らしくうまく衝突しないようにしていました。
傲慢で、けれど器が大きく、良くも悪くも貴族の中の貴族といった男でした。
仲間が切り捨ててしまおうとした悪人を改心させて部下にしたこともあります。
そんなことを平然としてしまえるのだから男には最初から勇者の資格があったのかもしれません。
仲間は苦々しく思いながらも勇者と旅をしました。
そして勇者が使命を果たしたとき、勇者は絶叫したのです。
魔術師は何度目の失敗になるかもわからない失敗に叫びました。
あと一歩なのです。
あと一歩で届くはずなのです。
だというのにいつだって剣を振り下ろしてからしか思い出せないのです。
魔王と視線で火花を散らしたことは何度もあります。
けれど魔王の名前を聞いたことは一度もありませんでした。
魔術師が魔術師だったころから何一つとして変わってはいないのです。
今度こそと再び自身へ魔法をかけました。
***
聖女が生んだたった一つの過ちは、勇者となることでその命をつなぎました。
神の妻である聖女が子供を産むなどあり得ません。
けれど勇者を産んだというのであれば神殿は面目を保つことができると少年の命を見逃したのです。
生まれた時より勇者であることを強いられた清廉潔白な少年は、まさに勇者の鑑といっても過言ではありませんでした。
強きをくじき弱きを助く、まさしくおとぎばなしの主役にふさわしい人でした。
仲間たちからも数々の賞賛を受けました。
それを誇らしいと思える心がなかったことが少年の不幸でした。
そしてついに魔王へと剣を振り下ろしたとき、少年は自分の命の意味を知りました。
魔術師はもう魔術師だった記憶も感情も忘れてしまっていました。
聖剣の呪いは記憶の書き換えでした。
魔法でそれにあらがっても少しずつ少しずつ忘れていく記憶に魔術師はかける魔法を変えたのです。
魔術師の記憶を引き継ぐのではなく、忘れない魔法です。
大切なことだけ覚えておく魔法です。
少年はその魔法で魔術師の思いを知りました。
魔王と話がしたかったといってもすべてが遅いのですが、まだ間に合います。
聖女の息子である少年ならば魔術師の願いを叶えることができるかもしれません。
少年は新しい魔法を作りました。
今までが間違いだったというのならばこうすればいいのです。
少年はゆっくりと眠りにつきました。