人間が苦手なハエさん属性の子
「うわ……ここ、人間多いな……ムリかも……」
田舎から上京して、初めての都会。
高校一年生になった私は、既に心が折れていた……。
今日は入学式。
だけど、その道中が既に鬼門だった。
所狭しと溢れる人。人。人。
なんであんな、他人の真後ろにピタっとついて歩けるの?
どうしてあんなスピードで歩いて、すれ違う人にぶつからないの?
縦横無尽に行き交う人間たち。
田舎から出ていた新参者の私が立ち入れる空間じゃない……。
「やっぱりムリだよ……田舎に帰ろう……」
もともと私は、地元でつつましく暮らしたいタイプの人間だ。
それがどういうワケか、都会の名門高校に特待生として推薦を受けて、断るつもりだったのに、お母さん、テンション上がって村中に言いふらして……。すっかり断れない状況になってしまった。
だけど確信した。やっぱり私にはムリだ。
お母さんや村の皆は残念がると思うけど、私に都会は分不相応だったんだよ。
この街で皆が平然とできることを、私はできない。ただ道を歩くだけなのに、私はきっと失敗する。
ぶつかったり、足を踏んだりして、めちゃくちゃに怒られるんだ……。
道も歩けない田舎者だってけなされる。それも毎日……耐えられない……!
学校に行っても、こんな田舎者、絶対に浮いちゃうよ……!
よし。意志は固まった。
私は踵を返して、新幹線のホームへと向か――。
「あれ、新入生? どうしたの? 迷子?」
「うひゃあ!」
振り向いた先に居たスーツ姿の男性に声をかけられて、思わず悲鳴を上げてしまった。
え、誰……? 知らない人だよね? なんで話しかけてくるの
も、もしかして……この人……!
「ち、チカンですか!?」
「ええ!? いや! 違う違う違う!」
思った以上に声が大きかったみたいで、あたりの人たちが一斉に振り返る。ざわざわと騒ぎ出し、スマホのカメラも向けられた。
スーツ姿の男性は慌てて弁明するも、周りを囲む野次馬の視線が痛そうだった。
「誤解です! ちょ、触らないでください! 逃げませんから取り押さえようとしないでください!」
正義感のある人らがスーツ姿の男性を捉えようとするものの、男性はその手を振り払い、慌てて胸ポケットから黒い手帳を取り出した。
金色に光る天道虫の意匠。
それを見た瞬間、周りの人たちは慄いた。
「私は高天原学院高校の教員です。彼女を、高天原学院の新一年生とお見受けし、声をかけただけです! ……そうですよね!? 私、痴漢してませんよね!?」
スーツ姿の男性は困り顔で、不意に私に訴えかけてきた。
それに驚いてしまい、声が、出せない……。
「ひっ、えっと……あ、あの……」
「おいこらおじさん! 被害者をビビらせてんじゃねー!」
「脅して有耶無耶にしようってんじゃねーの!? とっ捕まえてやる!」
私の反応を見て、正義漢たちはなおもスーツ姿の男性に掴み掛かった。
三人もの男の人にがっちりと押さえ込まれたスーツ姿の男性は、「はあ」とため息を一つ。
次の瞬間、歯を剥き出しにして怒りの形相へと変貌した。
「触るなって言ったよな? 二度目だぞ人間共ッ!!!」
スーツ姿の男性が、大きくなっていく。
筋肉がもりもりと肥大し、スーツはビリビリに破けて、その下に隠れていた黒光の甲殻を露呈させた。
鼻先がグングン伸びて、頭の上まで遥か高く、大きな二股の角と成る。
背中の甲殻がバサっと開くとその下から薄羽がさらに伸びて、目で追えないほど高速で羽ばたいた。
「うわああああっ!」
あまりの風圧に野次馬が吹き飛ばされていく。
「きゃあっ」
私も飛ばされそうになったけど、スーツ姿の……いやもはやスーツは着ていない。
まるでその姿は……カブトムシ。
めちゃくちゃ大きなカブトムシ!
思わず、心躍った。
「うわあ! あなた、カブトムシだったんですか!? すごい! カッコイイ!」
「え、あ、まあ……ありがとうございます?」
私な反応が意外だったようで、しどろもどろに答えるカブトムシさん。
こほんと咳払いをして、改めて、彼は自己紹介をしてくれた。
躍った破れ落ちたスーツの胸ポケットから名刺を取り出して。
「私は高天原学院高校の教員、黒角カブ太郎です」
「くろつの……かぶたろう先生?」
「ええ、私は生まれた時からカブトムシの『虫さん属性』が判明していたので、親がこんな名前を……」
恥ずかしいような困ったような顔をして先生がそう言うので、思わず笑ってしまった。
でもこれは決して馬鹿にしたわけじゃない。
余りにも似た境遇だったから、「そんな親が他にもいるものだなあ」と思って、つい笑顔になってしまったのだ。
私が笑うので、少ししょんぼりしてしまうカブ太郎先生。あわてて弁明する。
「あははっ、やだちがうの、先生。私もそうなの。私の名前──ブブ子っていうの」
「ブブ子……? ああ! もしかして、特待生の鈴瀬さんですか!」
先生は合点がいったという感じで手を叩いて、私の苗字を言い当てた。
私も嬉しくなって、ついつい、まるで子供みたいにはしゃいでしまう。
「そうですそうです! 鈴瀬……鈴瀬ブブ子ですっ」
「やっぱり! えーと、そしたら鈴瀬さんの『虫さん属性』は、それじゃあ」
先生もやっぱり、この名前を聞いてピンときたようだ。
ベルゼブブ……そう、私の『虫さん属性』は――。
「はいっ私は『ハエさん属性』ですっそれっ」
そう宣言して、私も先生のようにヘンタイする。
小さな羽をぽんと伸ばすと、あらかじめ、そのように設計された制服の切れ目からうまく飛び出した。
頭に二つの触角も携えると……。
「うぎゃあああああああああああああああああ!!!!!!!」
「体がっかゆっ! かゆかゆかゆうううううう!!!」
突然、辺りの人間たちがもがき苦しみだした。
あ、やっちゃった……。
私がヘンタイすると、人間は悪夢のような幻覚に見舞われて発狂するんだった……。
うう……だから人間が多いところは苦手なのに……。
あーもう……知らないっ。




