セラーナさんと、重たい依頼と、止まらない勇者様
「おはよー、ご両人」
ギルドへ入ると、受付カウンターから声が飛んできた。
声の主はセラーナさんだった。 最近ギルドへ職員として派遣されてきた人だ。
歳は二十代後半くらい。ポニーテールがよく似合う美人だ。面倒見が良く、すでにギルドの人気者だった。
実際、何人かの冒険者がお誘いをかけたが、そちらは全滅したらしい。
セラーナさんは、ボッチルフを見てにこっと笑った。
「やあボッチルフ君。今日も相変わらず臭くてキモい――失礼、変なニオイのブサイクだね」
「悪口に……悪口を重ねたでございます!?」
ニャリエナの耳がぴんと立った。
「勇者様はブサイクじゃないニャン!」
「お、怒った」
セラーナさんは楽しそうに笑った。
「でも、相変わらず二人は仲いいねぇ」
「そうニャン!」
「ただの……主人と奴隷でございます」
セラーナさんが少しだけ目を細める。
「……ふふ。それでもいいさ。獣人奴隷と主人は、そうあるべきなんだ」
ニャリエナが首を傾げた。
「どういう事ニャン?」
セラーナさんは受付カウンターへ肘をつきながら言った。
「獣人奴隷制度って、本来は獣人を保護するための制度なんだよ。奴隷契約の代わりに衣食住を保証し、所有者は獣人を保護する責任を負うんだ」
セラーナさんは小さくため息をついた。
「制度を逆手に取って、違法獣人攫いをする連中が後を絶たなくてね。契約奴隷に偽装しているが、ひどいもんさ」
「獣人は高く売れるからな」
別の冒険者が吐き捨てるように言った。
ニャリエナの尻尾が小さく揺れた。
その時、別の冒険者がボッチルフたちをちらりと見た。
「あいつらは関係悪くなさそうだよな」
「そりゃあ、あのキモいのは人間の女には相手にされなさそうだしな」
「獣人奴隷に逃げられないよう必死なんだろ」
笑いが起きた。
「それでも、奴隷が幸せならいいことじゃないか」
セラーナさんが周囲をたしなめる。
そしてもう一度ため息をついて、掲示板を指さした。
「役所も見かねて、ギルドに依頼をかけてきたんだよ」
セラーナさんが掲示板を指さす。
掲示板の前には冒険者たちが集まっていたが、一枚の依頼書だけは、誰も手を伸ばそうとしていなかった。
『違法獣人攫い組織 解体依頼(生死問わず)』
その一角にだけ、重い空気が漂う。
「やめとけ」
「獣人絡みは面倒だ」
「裏に商会がついてる」
冒険者たちが小声で言い合っている。
「調査に行った奴も戻ってねえ」
「下手に突っつくと消されるぞ」
ニャリエナの耳がぴくりと動いた。
「……難しそうな依頼ニャン」
セラーナさんが頷く。
「かなりね。役所だけじゃ手に負えなくなってるわけだし」
ボッチルフは依頼書をじっと見ていた。
「……攫われた獣人たちは……どうなるので……ございましょう」
セラーナさんの表情が少し曇った。
「悲惨の一言だね。地方へ流されたり、違法鉱山へ送られたり……ひどい所だと、そのまま使い潰される。あとは慰み者さね」
ギルドの空気が静かになる。
ニャリエナの尻尾が、ゆっくりと伏せられた。
「……嫌な奴らニャン」
ボッチルフは依頼書を見たまま動かない。
「……生存者の可能性は……どの程度で……ございましょう」
「売られる前なら高いと思うよ。最近攫われた獣人も多いからね」
セラーナさんは小さく肩をすくめた。
「ただ、時間が経てば経つほどどうしようもなくなる。だから役所も焦ってるんだ」
セラーナさんが真面目な顔になる。
「でも、相手はかなり大きい組織だ。護衛も雇ってるし、違法魔導具まで使ってるらしい。手を出しようがないのが現状さ」
周囲の冒険者たちが顔をしかめた。
「だから誰も受けねえんだよ」
「割に合わねえ」
ボッチルフは小さく頷いた。
「なるほど」
そして、依頼書を剥がした。
ギルドが静まり返る。
「お、おい」
「あいつ受けるのか?」
「死ぬぞ」
ニャリエナはボッチルフを見た。
「勇者様」
「行くでございます」
迷いはなかった。
セラーナさんの表情が変わった。
「まてまて……ボッチルフ君」
「なんで……ございましょう」
「君、話を聞いてなかったのか? 私が言うのも何だが、とても無茶な依頼なんだ。君がどうにかできるとは思えない」
「……それで?」
セラーナさんは一瞬言葉を失った。
「いや、だから……行くならせめて、誰かと協力していくべきじゃ……」
セラーナさんが周りを見渡す。全員が見事に視線を逸らした。
「まあ、気持ちはわかるけどよ」
「どうしようもねえもんな」
「まずは、自分の命を大事にしないと」
ボッチルフは依頼書に視線を落とし、誰に言うでもなくつぶやいた。
「吾輩の命より……攫われた獣人の命の方が……大事……でございます」
冒険者たちは皆、何も言えなかった。
「いや、そんな事はない。命は等しく大事だ。無駄死にするくらいなら、やめておくんだ」
セラーナさんが真っ直ぐボッチルフを見る。
「君が死んだところで、誰も喜ばないよ」
ボッチルフは少しだけ目を丸くした。
そんな事を言われるとは思っていなかったらしい。
「……しかし……」
「しかしじゃない」
セラーナさんは強い口調で言った。
「助けたい気持ちは立派だ。でも、どうにもならない事に突っ込んで死ぬのは、ただの無謀だよ」
ギルドの冒険者たちも静かに頷いていた。
さっきまで茶化していた連中も、今は笑っていない。
「……まあ、帰ってこれる依頼じゃねえわな」
「役所も半分諦めてるだろ」
ボッチルフは少し俯いた。依頼書を握る手に力が入る。
ニャリエナはそんなボッチルフを見て、小さく尻尾を揺らした。
「勇者様」
ボッチルフが視線を向ける。
「行くニャン?」
ニャリエナは、まっすぐボッチルフを見ていた。
「……行くでございます」
ボッチルフは小さく頷いた。
セラーナさんが頭を抱えた。
「うわぁ……止まらないタイプだったかぁ……」
ボッチルフはぺこりと頭を下げた。
「では、行ってまいります」
そのまま、くるりと踵を返す。
ニャリエナも後ろをついていった。
セラーナさんは、その背中を見送りながら小さくつぶやく。
「せめて……生きて帰ってきなよ、ボッチルフ君」




