第一話 龍脈をたどる者たち
アケルは、まだ半人前だ。
ただ、どんなにきつい山道でも、腹が減っても、師匠にどやされても——それでも足だけは止めない、そんな少年だ。
隣国との戦争を終えたイズルの国。龍脈の底知れぬ力を知った君主トマリは、経験豊富な冒険家エチゼンにその探索を命じた。
そんな噂を聞きつけたアケルは師匠 エチゼンの元へ押しかけ、俺も連れて行ってくれと食い下がった。何度追い返されても翌朝にはまた来る。そんな日々が続いたある朝、エチゼンはため息をひとつついて言った。
「……ついてこい。ただし、泣き言は聞かんぞ。」
ここはイズルの国と隣国の間に広がる、とある山間部。
国命を受けた冒険家エチゼンと、その一行が龍脈のありかを探していた。
「ハァハァ……エチゼン先生ー、もうそろそろ休もうぜ。」
隊列の中からアケルが声を上げる。息が上がっているのに、口だけはしっかり動いていた。
「アケル、この程度でへばるな。エチゼン様、自分はまだ行けます。」
隊列の中ほどから、がっしりとした体格の男——サツマが涼しい顔で言った。アケルより一回り大きな体に、どこか余裕のある目つき。エチゼンとともに幾度もの冒険を潜り抜けてきた男の貫禄が、自然と滲み出ていた。
「情けないぞアケル、サツマを見習え。」
「いやサツマと一緒にしないでくれよ!」
アケルが口を尖らせる横で、エチゼンはすでに前を向いていた。
「この程度でへこたれるな。龍脈を見つけねば、イズルの国は他国に攻め入られるやもしれぬのだぞ。先の大戦で、龍脈の重要性はわかっているだろう。」
先頭を進むエチゼンは振り返りもせず、険しい山道を突き進む。
「……そんくらい、俺だってわかってるよ!でもさ、龍脈があるとこって、もっとバケモンがわんさかいてさ、いかにもって感じじゃん。この山、静かすぎない?」
「調査部隊の報告によれば、この付近では怪異が多く確認されている。何かが起きているのは間違いない。」
――しかし、それはアケルの言う通りだった。
報告書には怪異で溢れかえっているとあったのに、この山は静かすぎる。風も、獣の気配も、何もない。
エチゼンは内心そう感じながらも、足を止めなかった。
「はらへってきたなぁ……干飯に干し肉に干し芋、もー飽きた。早く街に帰って、角煮と煮卵と白飯が食べたい。」
「まったく、この贅沢ものが。わしの時代は現地調達が基本だったのだぞ。道端の雑草、ヘビ、カエル、芋虫でも何でも食っておった。」
「うへー、虫だけはぜってー無理。……でも先生だって、街に帰ったら酒飲みたいでしょ?」
「ばかもん、戦地で贅沢ができるものか。」
少し間があった。
「……まあ、おでんと熱燗で一杯やりたいものだな。」
「アーセンセーサケスキダモンナー。」
「エチゼン様、帰還後の一杯は自分もご一緒させてください。」
サツマが真顔で言った。アケルは思わず吹き出す。
「サツマもかよ!」
アケルは苦笑いしながら、ある夜のことを思い出していた。
居酒屋の店主に呼び出され、酔いつぶれたエチゼンを引き取りに行ったあの夜。帰り道ずっと絡まれて、本当に散々だった。まったく、酒さえ飲まなければいい師匠なのに。
そのときだった。
「……おい。」
後列の一人が、小さく声を上げる。
「今、誰か笑ってなかったか。」
全員が足を止めた。
「は?俺じゃないぞ?」
「違う。女の……いや、子どもみたいな声だった。」
山は静まり返っていた。
風もない。鳥も鳴かない。虫の声すらしない。
だが確かに——隊列の外から、何かが混じった気がした。
サツマが無言で周囲を見渡す。その目つきが、さっきまでとは別人のように鋭くなっていた。
「気のせいだ。進め。」
そう言いながらも、エチゼンはわずかに歩幅を狭めた。
数歩進んだところで、アケルが立ち止まる。
「……なあ、先生。」
「なんだ。」
「俺たち、さっきからずっと上り続けてるよな?」
「山なのだから当然だ。」
「でもさ——」
アケルはゆっくりと振り返った。
「なんで街が、目の高さに見えるんだよ。」
一同の視線が、静かに後方へ向く。
霧の向こう、はるか下にあるはずの街の灯が、目の高さで揺れていた。距離も、角度も、おかしい。まるで山のほうが、音もなく沈んでいくみたいに。
誰も声を出さない。
エチゼンだけが、静かに呟いた。
「……境を越えてしまったか。」
「境?」
「龍脈はそれ自体が力なのではない。我々の現世と常世を――"分かつもの"だ。」
その瞬間、足元で小石が転がった。
下へではなく、横へ。
山道の傾きが、音もなく変わっていた。
アケルは乾いた笑いを漏らす。
「なあ、先生。」
「……なんだ。」
「虫でも何でも食うからさ。」
一拍おいて。
「俺ら、帰れるよな?」
エチゼンは答えなかった。
ゆっくりと後方を確認し、静かに口を開く。
「出発時、我々は5人いた。」
間があった。
「今、ここにいるのは——3人だ。」
「……どういうことだよ!」
アケルの声が山に響き渡った。
沈黙が落ちる。
誰も動かない。誰も喋らない。
ゆっくりと、ゆっくりと——頭上の青い空が、真紅に染まっていった。




