その3
【うぉっほん】
しばらくそうしていた私達の時を動かしたのは、芝居がかったラエルの咳払いだった。
オスティンは本当に私しか見えていなかったのだろう。
私の隣でちょこんと座るラエルを見ると、びくりと体を震わせる。
なぜ、ドウシテ。
そんな混乱気味に震える指でラエルを指す。
「ラティカ。まさかこれは」
顔に感情が出るのは相変わらずだ。
私は苦笑して肩をすくめる。
「これって言ってはだめよ。紹介するわ。私と同一化契約した不死の獣、不滅の主【ラピシュエル】の」
【今は名をラエルという】
私の言葉を引き継いでラエルはオスティンに思念を飛ばした。
かつて理性を飛ばして暴れていたとは考えられないほどに、知性溢れる態度で慇懃にオスティンを見遣っている。
【して、お前。オスティンといったか。なぜ人族が生きておる。我とラティカの同一化契約は数年程度で済むようなものではなかったはずだ】
それは私が最も疑問に思っていたこと。
元々私が起きた時。
私が実際にあったことがある人とはもう再会できないのだと思っていた。
できたとしても記憶すら無い赤ちゃんくらいの可能性も高いと。
もしくはそれ以上ときが経って誰一人私のことを知る人がいない可能性だって高かった。
幼馴染であるオスティンが生きているはずがない。
「あぁ。それは、俺がラティカと同じになったから……」
「私と同じ……? まさかっ」
お師匠様と同じように召喚をして同一化した?
そんなことをしてしまったのかと慌てていると、私の思考なんてお見通しのオスティンは首を振る。
「召喚はしてないよ。お師匠様と同じ轍を踏むわけにはいかないし。──実をくれた世界樹があるだろう」
「えぇ。世界の樹の実をもらうために貴方と旅をしたもの」
この祭壇を作るために使用した世界樹の実。
それを作り出せるのはこの場所からはるか遠く。
世界の根と呼ばれる場所に生える精霊の都。
そこに生える意思を持った世界最古の精霊、世界樹。
いくつもの試練と困難を越えて、私とオスティンは世界樹から実を受け取ったのだ。
忘れるはずもない。
「簡単に言うと、世界樹の一部と契約したんだ。世界樹は一度芽吹くとその場から動くことができない。だから、同一化の原理に近い契約を施して世界樹は俺を通して世界を見る。俺は世界樹と同一化契約することで不老となった」
「どうして、そんな……」
ぎゅっと私は服を握りしめた。
かつての私が人としての幸せを捨てて、次に目覚めたときには自我を失ったとしても守りたかったもの。
その為に私は全てを捨てたつもりだったのに。
オスティンもまた、人としての生を捨ててしまった。
幸せになって欲しかった。
今までたくさん辛いことがあった分、前に進んで欲しかった。
「言っただろう。ラティカが」
「え?」
服を握りしめていた私の手を掴んで、オスティンは私を見下ろす。
「幸せになれって。起きて俺が不幸になっていたら承知しないって」
その言葉に、私も自分の言葉を思い出す。
──幸せになりなさいよ。起きた先で不幸だったなんて知ったら、承知しないんだから。
忘れるはずもない。
オスティンと会った最後に告げた言葉だから。
「まさか、私のせいで……」
くしゃりと顔を歪めてしまう。
前へ進んでほしいための言葉はオスティンを縛り付けてしまったと言うのか。
幸せになってほしいと言う願いは呪いになってしまったのか。
言わなければよかった。
オスティンが幸せならそれだけで私は報われたのに。
「そうじゃない」
ぎゅっと手に力を込めてオスティンは私を思考の海から呼び戻す。
その眼差しは私を憎んでなんていない。
真っ直ぐで陽だまりのように暖かい視線。
「俺の幸せはラティカと一緒にあるんだ。だから、ラティカが起きるまでいつまででも待つつもりだった」
そんなプロポーズめいた言葉に、一瞬思考が止まって。
好きだと言われたことはなかった。
家族のような気持ちだと。
そういう気持ちを向けられているのだと。
同じ師の元で育ったから。
そう思っていただけに。
勘違いしてしまいそうな言葉にボッと顔が赤くなる。
それは、つまり。
【うぉっほん】
知らず知らずのうちに見つめ合っていた私達を断ち切ったのは、オスティンを胡乱気に睨んだラエルだ。
ごめんなさい。その存在を忘れてました。
私の考えもダイレクトに伝わっているからか、ギロリとラエルは私を見たあとにそっぽを向いた。
本当にごめんなさい。
【それで、お前も我らに付いてくるということか?】
ラエルはオスティンの事を嫌いという訳ではないみたい。
と言うより私を引き離して若干罪悪感を持っているみたいな。そんな感情が流れてくる。
だから邪険にはしないようだ。
「ん、付いてくるって?」
「約束したの。この世界を知らないラエルと時間が経って一人になってしまう私で世界を旅しようって」
「なるほどなぁ」
首を傾げたオスティンに説明すれば納得される。
ふとラエルを見れば砂糖だけの砂糖菓子でも食べて胃もたれしたような顔をしていた。
「俺も連れて行ってくれる?」
「ラエル、いいかしら」
ノーとは言わないのは分かってる。
お互いの気持ちがわかる。
それが同一化契約と言うものだから。
それでも、礼儀として聞いておくべきだと思った。
【構わぬ。ラティカが喜んでいることだ。我も嬉しい】
「ら、ラエル!」
ふりふりと尻尾を揺らして揶揄うラエルは、初めて会った頃よりも人間臭い。
それは私と契約したからなのかは考えたくないけど。
3人で話していると、ポロリと頭上から風化した建物の欠けらが落ちてくる。
それを見てオスティンが肩をすくめた。
「祭壇の魔法が解けたからそろそろここも危ないな。外に出よう」
「えぇ」
3人並んで神殿を出る。
私は知らない。
まさか起きた先が200年後だったとか。
かつて王都だった街並みは消え失せ、眠っていた神殿を中心とした新たな国家が生まれていたとか。
私は知らない。
世界には知らないことが沢山あるということを、広間から出て一歩目で知ることになることを。
これからは、起きたら200年後だった私とラエル。そして、そんな私を守り続けていたオスティンの世界旅行が始まる。
一旦完結します。
続きを書いたか、評価次第で続きを出します。




