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その2

 ゆっくりと意識が浮上した感覚に、震える瞼をあげた。

 見上げた天井は蔓がはびこり、ステンドガラスから漏れた光が祭壇を柔らかく照らしている。

 長い長い眠りに付いていたにも関わらず、光を直視しても失明しなかったのは魔法の特異性のおかげだろうか。

 そういうことに得意なのはオスティンなので考えることすら億劫であった。

 横になった状態で辺りを見回すと、多くの刻が流れたことを感じさせた。

 元々神殿だった建物の床の多くが剥がれ、その隙間から雑草が生えている。

 伸びた蔓が柱に絡まり、元々白亜の神殿とよばれた建物も人が去ってから余程時間が経っているようだ。

 元々の色がわからないほど変色した建物は祭壇の周囲を除いて崩れていた。

 祭壇を中心に展開していた魔法も私が起きたことで消えている。

 祭壇の周囲は大丈夫だったが、建物自体他の部位が危うい。

 そのため、いつ崩落が起きてもおかしくはないだろう。


 緩慢な動きで起き上がって、体の不調を確かめる。

 体は一晩寝たようなもので特に不調も見当たらない。

 祭壇には私と【ラピシュエル】を同一化させるために様々な魔法を取り入れた魔法陣が刻まれている。

 神官たちには無理だと言われ、私とオスティンで完成させた魔法陣。

 眠っている私に誰も危害を加えられないように。

 防御、追撃、魔法陣の修復、そして体調維持、時止め等。

 祭壇が世界樹の実を核として相性の良い白水晶で作られ、繊細な魔法陣を作り出せるオスティンと【ラピシュエル】を封印した私の魔力を使うことでこの祭壇は漸く機能するのだから他の誰にも使えない。

 だから、神官たちが無理だと常識を言うのも致し方ないことではあった。


「……ぁ」


 口から漏れた音は掠れて消えた。

 長い時を意識だけで会話していた私達。

 声の出し方を少し練習する必要はあるみたいだ。


(ラエル)


 心の中でそう呼びかければ、私の魔力が吸い上げられる。

 木漏れ日のように柔らかな光と魔力が私の隣に集束した。


【どうした。声がだせぬのか】


 ふさりとした黒い毛並みと黄昏色の瞳。

 それはかつての【ラピシュエル】を思わせる唯一の色。

 ただ、かつてを思わせるのは色だけでその見た目は違う。

 撫でれば今まで私が触ったこと無いほど上質な布のような手触りの毛並み。

 ピンっと立った耳と上唇毛を揺らして、不思議そうに私を見上げる。


「……ゔぅん、あー? ……うん」


 喉のあたりを触りながらゆっくりと調子を確かめる。


「もう、大丈夫そう」

【ならば良い】


 猫。そう言っても差し支えない姿で【ラピシュエル】は頷いた。

 実際に話しているのは思念魔法のようなもので、猫の作りに寄せた体では人の言葉を話すことはできない。


――それなら。共に世界を、物を、人を見に行きましょう。


 その約束を果たすために【ラピシュエル】改めラエルと創り出した使い魔としての体。

 ラエル自身も多少は魔法を使うことも出来るが、その核は私の中にある。

 私の許可なしに上級魔法を扱うことはできない。

 できたとしても精々中級魔法程度だろうか。

 それくらいならば使い魔としても言い訳が立つ。

 敵対意識を持っているのならばそんなことすらできなかったけれど。

 今のラエルと私はお互いの感情はそのまま伝わるので隠すこともできない。


 そんな時。


 ガシャンと入り口から音がした。

 私とラエルが意識を向けると、一人の男が立っていた。

 炎の魔法伯爵家。今は無きかつての王都でそうもて囃された一族。

 赤い髪色が特徴のその一族は、しかしただ一人を除いて【ラピシュエル】に殺された。

 残された一人は魔力を持たぬもの──とはいえ、普通の魔法使い並の魔力は持っていたのだが──として爪弾きにされていた。戦いに参加すらさせてもらえなかったのは不幸か幸運か。

 深い海のようなその瞳が驚きに見開かれる。


「ラティカ……」


 その口が紡ぎ出す名前はいつ聞いても変わりない。


「ラティカ!」


 走り寄って私を抱きしめたその人は。

 私の知る彼よりも少し年をとった人。

 けれど、よく知る私の大切な人。


「オスティン……?」


 建物の具合からして相当な年月が経っているはずだ。

 それなのに、たった数年くらいしか変わらないかのような。

 多くの夜を越えてラエルと会話していたはずなのに。

 実はさほど年数が経っていないとか。

 そんなはずもないとわかっていても、目の前にいる人物の情報に頭が追いつかない。


「あぁ。あぁ……! やっと目覚めたんだな」

「本当にオスティンなの?」

「そうだよ。ラティカ」


 なぜ。どうして。

 生きているはずがない。

 経過年数は数年やそこらではないはずだ。

 数十年、いやそれ以上の時を超えている。

 どれほどの時が経ったのかは正確にわからないが、それでもそんな短期間で不死の象徴ともされたラエルとの同一化が成されるはずがないのだ。

 そんな疑問は喜びに埋め尽くされていく。

 私の頬に触れるオスティンの手は温かい。

 死体を無理やり動かす不死者アンデッドになったわけでもない。

 死還者リッチも一度死んでいるのだから同じように体温などないはずで。

 でも、紛れもないこれは現実で。


「おはよう、ラティカ」

「……おはよう、オスティン」


 夢を見ているのでしょうか。

 私は別れたときと同じように涙を流すオスティンに。

 始まりの挨拶を告げた。


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