第六話 不機嫌少年とご飯の話
◆◇
朝に弱い少年の目は、しっかりと開いていた。
ただ、どこかムッツリした表情で、少女んの前に座っている。
「いただきます」
「……いただきます」
手を合わせて、少年と少女は食事を始める。
小さなランチョンマットの上。
プレーンの棒状レーションと、缶詰。
その横にはタンクに入った水。
金属製のコップは一つだけ置かれていた。
「で、僕に何か言う事は?」
「ありがとう」
「そっちはもういいんだよ」
はぁ、とため息。
少女は、棒状レーションを割って、口に運ぶ。
こむぎこの味だ。
かみ砕きつつ味の感想を言って、水を飲んだ。
「窒息で朝を迎えたことに対する謝罪は?」
「男の子はああいうの好きかなと思って」
口に含んでいたのを呑み込み、あっけらかんと答える少女。
少年はどこか不満げに口を動かす。
「暴力は嫌い」
言って、棒状レーションを口に放り込み、乱暴にかみ砕いた。
少女が置いたコップを手にして、少女が口をつけた所とは別の所から水を飲む。
ごくん、勢いよく胃の中に食べ物が流し込まれる。
「さっきのは暴力?」
即答する少女に、ジト目を向ける。
「自分で考えてみたら?」
「……ふむ」
顎に手をあて、目を瞑り、考えるようなそぶりを見せる少女。
数秒後、手を叩いて輝いた表情になった。
「案外悪く思っていないのでは」
「ほう、それで?」
少年は続きを促した。
「別に謝る必要ないじゃん」
「庭の貯水槽に手足縛って放り込むぞ」
「いつになく攻撃的だね」
やれやれ、と少女。
「こんな小さなことでキレてたら、私と一緒に暮らせないよ」
「そりゃキレるって、あと一時間は寝てるつもりだったからな」
むっとした表情で、少年がぼやいた。
「ごめんって」
「そう、それでよいのだ」
手を合わせて謝罪をしてきた少女。
少年はうんうん、と満足げに頷いた。
「って待って! 庭の貯水槽って何!」
ふと、少女が慌てたような表情で問う。
「え……今更反応する?」
少年がふっと笑った。
むーと少女が膨れる。
「すごい自然な流れだったじゃん」
「まあね? 気づかれなかったんなら大成功だよ」
「ひどい」
「ひどくないでーす」
ふてくされる少女。
その様子をにやにや笑いながら、少年は見ていた。
「いいから教えてよ」
「えー」
「えーじゃない」
早く言ってよ、と少女。
少年は不敵な笑みを浮かべ、返した。
「じゃあ、それなりの対価を」
「そんなのないよ」
「じゃあ諦めて」
「ひどい」
仕方ないな、教えてあげる。
と、少年がそう言おうとした時だった。
少女が思い出したかのように言う。
「――あった、対価」
「……まじか」
「一回の部屋探索した?」
「いや、してないよ。外の倉庫を漁った時に缶詰見つけただけだし」
「じゃ、教えてね、貯水槽の場所」
「おう」
そんなことしなくても教えたのにな、と少年は呟いて、立ち上がる。
丁度、出していた食料を食べ終えたところだった。
「……あれ? 缶詰ちゃんと食べた?」
半分以上――一欠片ほどしか減っていない缶詰を見て、少女が問う。
細い指で、缶詰を叩いた。
少し曇った音が鳴る。
聞いて、少年は少し俯きながら言った。
「食べていいよ?」
「え? ほんと? やった」
いいけど、と一言前置き。
苦虫を嚙み潰したような表情で、少年が言う。
「ところでしろな、辛い物食べられたっけ?」
「うん。全然食べれるけど」
「……オッケー。ならいいや」
「…………?」
金属製の小さなフォークで、鶏肉を突き刺す少女。
ぷしゅ、と小さく肉汁が飛び出た。
「おいしそうじゃん」
「うん。おいしいと思うよ」
変なの。
そうつぶやいて、少女はそれを口に運ぶ。
冷たいながらも、しっかりとした味。
香辛料の良く効いた、普通の鶏肉だった。
「なんだ、おいしいじゃん」
「……そっかー」
「あれ? もしかしてくろと君、この程度の辛さもダメなんですか? おこちゃまだねぇ」
「うっさい」
目をそらしながら、舌打ち。
それを聞いて、少女はさらに気分を良くしたらしい。
少年の頭をわしゃわしゃ撫でた。
「撫でるな」
手を乱暴に払いのけ、威嚇するように睨めつける。
「ぼく、かわいいねぇ。これ食べる?」
フォークにつけた鶏肉を少年の口に近づける。
「要らねえ自分で食べろ」
「まあまあそう言わんと」
「ぼく、しろなちゃんにたべてほしくてさがしたんだけど。きらいだった?」
「……それは卑怯」
顔を少しにやけさせながら、肉を口に放り込んだ。
「ちょろいな」
「可愛いから仕方ないね」
「いや、可愛くはないだろ」
「可愛いよ?」
「なんかちょっと微妙な気分」
くすり、少女が笑った。
つられて少年も笑う。
今日も、和気あいあいと一日が始まる。
――ふと。
少女がフォークを刺そうとして、気が付いた。
「……あ、今ので最後だ」
少女はフォークを近くに置いていた布でぬぐった。
その光景を横目で見ながら、少年は立ち上がる。
「ん。じゃあ、片付けだけして庭の方いこっか」
「りょうかい―」