第六十六話 降臨
暗黒騎士が消え始めると同時、周囲に歓声が湧いた。さらに他の幻魔達も壊乱し始め、フェリアは即座に追撃を指示する。
幻魔達の猛攻……それにより暗黒騎士が率いていた幻魔や魔物が消えていく……彼らの勝利だと確信した矢先、ブルッと一度体が震えた。
いよいよだ、と思ったからだ……イザルデとの決戦が、待っている。
「……敵を食い止めている間に、などという展開にはならなかったな」
ロベルドが呟く。口の端には笑みが。
「セレス、下りてフェリア達と合流しよう」
「うん」
彼の指示に従い俺は準備を始める。そして他の面々と共に、移動を始めた。
戦いの爪痕は酷いもので、下りてみればわかるが地面がデコボコして歩きにくいことこの上ない。そうした仲でフェリアは周囲に指示を送りながらキビキビと動いていた。なおかつその顔は晴れ晴れしいもの。
「それじゃあ頼むぞ……と、セレス達か」
こちらに気付き声を掛けてくる。
「観戦はしていたようだな……イザルデの側近は外に出てこないと思っていたが、この場において姿を現したのは幸運だった」
「そうだな。残る大きな敵はイザルデのみ」
「ああ。なおかつ洞窟の中を少し調査したが、気配がずいぶんと少なくなった。まともな部下や魔物は残っていない可能性が高いな」
一気に戦力を投下したのか……イザルデはそうまでして洞窟の外で敵を食い止めたかったか。
「イザルデとしては十分倒せる戦力だと考えていたのかもしれないが、あいにく私達が上回った」
「……これで終わってくれればいいが、な」
ロベルドの言葉にフェリアは肩をすくめる。
「事前に調査できた戦力のほとんどを滅した。まだ敵がいる可能性は十分あるが、側近も倒れた以上、この状況を覆らせるほどの戦力はないと考えていいだろう」
「ならば……あとはイザルデとの決戦だけか」
「ああ。そちらの方が厄介だが……セレス、大丈夫か?」
「ああ」
返事と共に俺は魔力を高める。臨戦態勢に入った。イザルデとの戦い……必ず勝つ。
「よし、それじゃあ洞窟へ突入をする準備をしよう。朝の間に入れる態勢を整える」
フェリアはそう告げると周囲の幻魔へさらに指示を送った。ロベルドもまたフェリアの手伝いを始め、俺とリュハは設営されたテントの中で待つこととなった。
俺だけ休んでいるのも……と最初は思ったが、決戦前である以上、この時間を精神統一をすべく有効活用させてもらおう。
「……セレス」
そんな折、リュハが声を掛けてきた。
「大丈夫?」
「ああ、平気だよ……落ち着いてはいる」
答えた後、俺はリュハへ、
「そっちはここで待機だ」
「うん、わかってる」
「洞窟の入口に近づいて何か感じたか?」
「……敵の多くが消えて、洞窟から感じられる気配もずいぶん薄くなった」
……フェリアが語っていた戦力についてだが、それはかなり正確なのかもしれない。
「けど、洞窟のずっと奥から強い気配を感じる……逃れられないような、絶対的な気配が」
「それこそイザルデだな。洞窟入口周辺ではないな?」
「うん」
ということは、イザルデ自身はまだ洞窟の奥深くにいる……部下達をけしかけて処理できると考えたのか、それとも戦力を削ることを目的としていたのか。
ともあれ間違いなく言えることとしては、フェリア達は連携により幻魔や魔物を圧倒してみせた。モルバーや人間といった援軍によるところも大きい。間違いなく戦力を削るにしても、イザルデが考えていた以上に被害は少ないはずだった。
「……あとは、イザルデを倒すだけになった」
俺は呟く。リュハも小さく頷いたが、顔は厳しいままだった。
「そこは、俺が頑張らなければならない部分だ……散っていた幻魔達のためにも、絶対に敗北はできない」
俺は強い言葉を放つと共に、リュハを意識から外し精神統一をする。残るイザルデを倒すために……心を落ち着かせ、自分ならできると言い聞かせる。
やがてテントの中に沈黙が訪れる。それと共に俺は考える。イザルデにどう戦うか……根本的な能力はおそらく彼の方が上だろう。ならば俺にできることは――
思案している時、外が少し騒がしくなった。何かあったのかと俺は立ち上がり、リュハも何事かと思ったかテントの外を確認しようとした。
刹那、リュハに異変が。突然自分自身を抱きしめた後、その場でうずくまった。
「リュハ……!? どうした!?]」
「これは……私……」
明らかに動揺している。俺は即座に彼女へと駆け寄り状態を確認する。
「突然、体が重くなって……」
「ちょっと待ってくれ……魔力がざわついている?」
手をかざし彼女の魔力を確かめる。リュハの体の中に眠る邪神――それが少しばかり動いている。
「イザルデとの戦いが近くなったからか……?」
「――セレス!」
ロベルドがテントの中に入ってきた。
「セレス、異変が起きた。洞窟周辺に魔力が生じている」
「……リュハも異常を訴えた。イザルデが何か仕掛けてきたか?」
「かもしれない。リュハ、こちらで何かしら処置をするため、一度テントを出てくれ――」
そこで喚声が起きた。俺は迷ったがリュハから離れ外の状況を窺う。
全員が洞窟へ向け視線を注いでいた。俺もまたそちらに視線を流すと、異様な気配に包まれていた。
「突然状況がおかしくなった。前触れもなく生じたため、全員が警戒している」
俺は視線を洞窟奥へ向ける。異様な気配だけで人影などはないが……。
「最悪のケースを想定した方がいいのか」
「……そうだな」
「――最悪?」
ロベルドの同意に続きテントに出てきたリュハが問う。
「リュハ、そっちは大丈夫か?」
「体は重いけど、落ち着いた……最悪って?」
「俺達はイザルデが洞窟の最奥で待ち構えているという想定だった。ヤツが万全の態勢で戦うにはそれしかないと思っていたからだ。けれど、そうではない。イザルデはもしかすると――」
刹那、地面が揺れた。地震というより魔力による鳴動であり、周囲にいた幻魔や騎士が驚き目を見張る。
それと同時、俺は洞窟の入口に魔法陣が浮かび上がるのを見た。それでどういうことなのか確信した。イザルデは――
「めぼしい存在は集まったな」
声……それは俺も聞いたことがある。
「では、世界の存亡を賭けた戦いを始めるとしよう」
出現したのは、イザルデ……それと同時、味方側が一斉に武器を構えた。




