第六十五話 側近
外からの援軍に加えて洞窟内から押し寄せる敵……それにフェリアはすぐさま指示を飛ばし、応戦する構えを見せた。
とはいえ二正面からの戦いで戦線が大きく変わってしまっている。戦力を洞窟方面に集中させることができれば十分対応できたかもしれないが、これはかなりまずいのではないか。
その予感は――的中する。さらなる援軍にフェリア達は即座に対応したまでは良かったが、質的に今までとは違うのか、今度は押される形となる。
「もしここで負ければ……」
「右に布陣する幻魔達が挟み撃ちになるな」
俺の言葉にロベルドが応じる。ここで押し込まれて後退する形となったら、おそらく敵は右側にいる幻魔に狙いを定めるだろう。
右側も押してはいるが撃滅できたわけではない上に戦況の悪化。士気が下がってもおかしくはなく、勢いのあった動きが……止まった。
そこでフェリアは竜に指示を送る。洞窟周辺に突撃させるのかと思った矢先、その矛先は右手の敵だった。
「おそらく洞窟から現れた敵に竜は通用しないと考えているのだろう」
ロベルドが推測を述べる。
「外にいる者達と比べてイザルデの影響が強い……側近が率いているのなら指揮能力も高いだろうからな」
「とすると、フェリア自身が打って出ると」
俺の呟きは正解だった。後方で指揮をしていたフェリアが前に出て洞窟からの敵に応じるべく前に出て――戦闘を開始した。
後方で待機していた戦力も全て注ぎ込み、総力戦の形となる。さらなる増援にこれ以外の手はないと思うが、もう余裕は完全になくなった。ここからさらに数が増えるとしたら――
その時だった。またも戦場に変化……けれど今度は良い方向だった。
フェリア達の背後から一団が……敵ではない。それは馬を駆る騎士達だった。
「目標は魔物だ! 敵を撃滅せよ!」
騎士が号令を発し、後続から騎士の他に兵士が進み出る。それが一斉に攻撃を仕掛け、魔物を屠っていく。
幻魔は狙わない――実力的に勝つのは難しいと判断し、フェリア達に任せる気なのか。
「到着したか」
ロベルドが呟く。見る見るうちに戦況は良くなり、騎士達が右手の敵に対しても援護に入る。
そこで敵側の幻魔が攻勢に出るか後退するか迷った様子……それを味方の幻魔は見逃さなかった。
即座に反転し、一気に押し込む。結構な賭けだと思うのだが、それでも幻魔達は突破し……とうとう、敵の幻魔に攻撃を叩き込んだ。
続いて別の幻魔が魔法を浴びせる……それにより敵の幻魔が一体滅んだ。そいつはどうやら右手からの魔物を指揮していた存在だったようで、魔物の動きが明らかに鈍った。
すると幻魔達は残った魔物の掃討を始めた。騎士達と連携して一気にその数を減らしていく。これならそう時間も掛からず倒すことができる。
一方、フェリア達も勢いが出始めた。攻勢に転じ騎士達の援護もあって確実に魔物が減っていく。それによりフェリア達は幻魔相手に主力を集中させることができる。
幻魔の数自体もフェリア達が上……となればイザルデの配下を各個撃破することで、確実に滅していく戦法をとった。
これにより敵側は明らかに焦りの色が出始めたが……大勢を覆すような手はなさそうな雰囲気。これだと洞窟からの援軍も打ち止めということだろうか?
そこで俺は視線を別所へ。見れば後方にはまだ騎士達がいるのだが、その横にはモルバーの姿も。後詰めもあり、こちらの勝利はおそらく揺るぎない。
そう感じた直後、洞窟入口に魔力が生まれる。新たな敵の出現ではなく威嚇に近い魔力……姿を現したのは黒い鎧姿の幻魔。暗黒騎士と呼べばいいような存在を見て、ロベルドは告げた。
「あいつがイザルデの側近だ」
「ということは、アイツを倒せば――」
「洞窟入口の戦いはこちらの勝利だな」
フェリア達が走る。そこで暗黒騎士は即座に剣を抜き放ち、先行する幻魔に対し剣を浴びせた。
最初の剣戟がぶつかると同時、さらに暗黒騎士の魔力が膨らむ。同時、素早く敵は剣を引き戻すと、味方が反応する前に横薙ぎを放った。
ヒュン、という風切り音が周囲に響いたはずだ。それと共に味方の幻魔の体が上下に分離したかと思うと、一気に消滅へと向かう。
「一筋縄ではいかないか……」
強い、と単純に思う。果たしてフェリアはどう戦うのか? 彼女の選択は――突撃だった。
それも幻魔達が一斉に、仕掛ける。当然暗黒騎士もそれに応じ、剣を薙ぐことで幻魔を滅していくが……やられたのは数人。犠牲を出しながらも一気に攻勢に出る。それがフェリアの策か。
「――全員、ここで果てる覚悟はできている」
そうロベルドは語り出した。
「イザルデの側近は相当な強さだ。自分が犠牲になる可能性もある……それをわかった上でこの戦場に立っている」
「犠牲になるかもしれないとわかっていながら……それだけイザルデを野放しにしておくと危険だと認識しているのか」
「そういうことだ……セレス」
ロベルドは俺へ視線を移す。
「フェリアやこの俺もそうだ。ここで死ぬ覚悟はできている」
「ロベルドさん……」
「セレスに近しい間柄ではあるが、イザルデを倒すためなら喜んで犠牲になろう」
さすがに――そんな風には思えない。けれどこれは戦争だ。どんな可能性も踏まえなければならない。
だから俺は黙ったまま頷いた。それでロベルドは満足したか、視線を元に戻す。
「さすがに、押し始めたな」
暗黒騎士との戦いは――再度目を移すと、戦いは終盤に差し掛かっていた。
確かに暗黒騎士は幻魔を撃破できている……が、多勢に無勢。やがて攻撃がより苛烈になり、相手は身動きすらとれなくなりそうな勢いだった。
一気にこのまま攻撃し続ける……そんなフェリアの思惑が見て取れた。
その目論見は、成功する。暗黒騎士が剣を取り落とした。それは偶然かそれとも誰かが仕掛けたのか……わからないが確実に言えることは、攻撃する最大の好機である、ということだ。
フェリアが叫ぶ。おそらく攻めろというような言葉を告げたのだろう。それと共に幻魔達がさらに攻勢に出る。怒濤のごとく押し寄せるフェリア達にとうとう暗黒騎士も手が出せなくなり――
「あっ……!」
リュハが呟く。俺も気付いた。暗黒騎士の体が、消滅し始めた。




