第六十一話 決戦前
イザルデがいる洞窟へと向かう間に、さらに幻魔と合流。進む度に少しずつ戦力を吸収し、イザルデ討伐のための軍勢は確実に膨れあがっていく。
この調子だと、イザルデの根本的な戦力を超える日も近いのでは……そんな予想すら抱く中、俺達はイザルデの拠点がある最寄りの町へと辿り着いた。
さすがに幻魔が町中に大量にいる、というのはまずいので、幻魔は郊外に存在する拠点へ移動する。話によると、人間の町とは別に、幻魔が活動できるような拠点が密かに存在しているケースもあるらしい。
「明日、イザルデの拠点へ向かい、決戦に入る」
そうロベルドは語る――場所は町中にある宿屋の一室。俺とリュハ、さらにロベルドについては宿で休むことになった。
理由としては、町の方にも一応人がいた方がいいということ。加え、この町においても幻魔はいるため、そうした面々に連絡を取るため、らしい。
フェリアは幻魔側の指揮を執るということでこの場にはいない。そして別所にリイドとマシェル、ガドナがいる。
「イザルデも大々的に幻魔が動いているため、気付いていないはずがない。イザルデの拠点までそう遠くもないため、仕掛けてくる可能性は高いな」
「それは、町を襲撃するってこと?」
「いや、さすがに攻撃すれば人間側も騎士団が動く。イザルデが邪神の力を抱えているとはいえ、量をさらに増やすというのは得策ではないと考えるはずで、来るとしたら幻魔側だろう」
そうロベルドは語った後、一つ推測を行う。
「仮にイザルデの目的が大陸制覇だったとしよう。となればいずれ人間側も狙うはずだが、幻魔の私達と同時に相手するというのは被害も大きくなるだろうから得策ではない」
「よって、町を遅う可能性は低いと」
「常識的に考えれば、な」
――その常識が通用する相手なのか。
「イザルデが邪神の力を持っているのなら、もしかするとその邪神の力により理性など失っているかもしれない。そうなったら迫ろうとしている敵達を早急に倒すべく、人間の町だろうが関係なく襲ってくるなんて可能性も否定できない」
「もしそうなったら――」
「こちらとしても迎え撃ち、早急にイザルデの拠点へ攻め込むしかないな」
そうロベルドは言うと、改めて今回の戦いについて説明を行う。
「まず、三手に分かれる。フェリアが幻魔を二手に分けてそれぞれイザルデの拠点へ攻撃を行う。片方は洞窟内へと踏み込み、もう片方が外にいるイザルデの配下と戦う。そして私達がフェリアが注意を引いている間にイザルデの拠点へ踏み込み、倒す」
「その陽動がどこまで通用するか、だよね」
「そこはやってみなければわからないところもあるからな……イザルデの戦力は不明確な点も多いが、現在こちら側にいる幻魔のことを考えれば、イザルデ側についている幻魔で陛下の配下だった者はそれほど多くない。つまり、邪神の力を考慮しなければ戦力的にはこちらが上だろう」
「けれど、邪神の力があれば……」
「その差を埋めることは十分できる……が、少なくとも調査した段階で拠点の外側にいる幻魔について、邪神の力を持っている者は少なかった。洞窟の入口までは、戦いを有利に進めることができるはずだ」
……これで洞窟内に邪神の力を抱えた幻魔が大量にいたら苦戦は免れないが……なんとなく、イザルデ自身はそれほど力を与えていないような気もする。根拠はなかったが……邪神の力を分け与えるということは、つまり力を分散させるということ。邪神本体はリュハの体の内に存在している以上、イザルデが保有する力はあくまで代理に過ぎず、総量などもあるはず。
もし邪神の力を増幅、増加できたとしても、俺という存在がここにいる以上はそれに備えて力を分散させることはあまりしないだろう……と思う。根拠としては推測ばかりではあるが、最終決戦で俺に備えて準備をするイザルデが、わざわざその力を減らすような可能性は低いと思うし――
「セレス」
考えているとロベルドから声が。
「こちらは全力でサポートする。イザルデとの戦いで、思う存分暴れてくれ」
「……まさか、ロベルドさんからそんな言葉が聞けるとは」
俺の言葉にロベルドは一度笑い……表情を戻す。
「さて、リュハについてだが、洞窟入口手前で待機してもらうことになるだろう。さすがにイザルデと引き合わせるわけにもいかないからな」
「そうだね……リュハ、それでいいか?」
「うん」
「あとフェリアには伝えていないが、本当にイザルデが拠点にいるのなら、入口からでも気配の濃さでリュハならいるとわかるんじゃないか?」
「どう、だろう」
首を傾げるリュハ……とはいえ、邪神を抱える以上、イザルデがいるということも気づける可能性はある、かな?
「で、セレス。リュハと離れるわけだが、その対策はできているのか?」
「ああ」
――十日間で、俺はリュハに対しても色々と策を施した。といっても神域魔法を利用して邪神の封印をさらに強固なものにする、という感じの処置だ。
魔力そのものをより押さえつけているため、リュハ自身もあまり魔法が使えず戦闘能力が低くなった……ここはフェリアなんかがカバーすると表明しているし、イザルデが直接出向いてこない限りは問題ないだろう。
「準備は整ったな……セレス、明日いよいよ始まる……気合いを入れてくれよ」
「もちろんだ」
「頑張ってね、セレス」
リュハが言う。俺はそれに静かに頷いた。
――諸悪の根源であるイザルデを倒すことができれば、大きな問題も解決するし、リュハの内に眠る邪神についてもどうにかできる。それで十分だ。
ここが正念場……そこで俺はふと、イザルデのことが気になった。俺と同じ前世の記憶を持つ相手……彼の本体と出会った時、それもまたわかることになるのだろうか?
けれど、今になって……些事であると思う。理由はわからない。きっと邪神や女神に関わることだとは思うけど……今の俺としては決して優先順位の高いものではない。
全ては、リュハのために――そんな風に思いながら、俺は決戦前最後の日をゆっくりと過ごした。




