第四十一話 幻魔の領主
ホールにいたその人物――いや幻魔の見た目は、非常に物腰柔らかな紳士。年齢は四十くらいに見えるが、幻魔である以上実年齢はわからない。
衣服も黒を基調とした貴族服でしっかりと身を固めている。慇懃な礼を示し俺達を丁重に迎え入れるのだが、発せられる雰囲気には明らかに殺気が混ざっている。
「私の招待を受け入れて、感謝しよう」
「……なぜ俺達のことを知っているのか、聞かせてもらってもいいか?」
こちらの問い掛けに幻魔――モルバーはにっこりとなった。
「単純な話だ。フェリアの領地から来る存在について常に警戒をしていた……結果としてフェリアに忠誠を誓う騎士がこちらへ来る。となれば、私に対する目標があるという想像は容易いだろう?」
「その口ぶりだと、俺達があんたを狙う理由はわかっているのか?」
「イザルデのことだろう?」
間違いなく、モルバーとイザルデはつながっているか。
「その辺りの問答は不要だろう。そちらは様々な情報を得て、ここまで来たのだから」
「――そうですね」
キャシーが呟き、大剣を構え相手をにらみつける。
「どうやらあなたは……フェリア様の障害となる存在」
「ああ、そうだ。そしてお前達はここで果てる」
――仮にロベルドとの戦いについて知っていたなら、こんな風に応じたりはしないだろう。ひとまず俺のことについて悟られているわけではない。
「たった三人でここに来たこと、後悔させてやろう」
「こっちのセリフだ」
俺はそう応じると、一歩前に出た。
「悪いが、倒れるのはあんただ」
「ずいぶんと余裕だな……その若さで私を滅すなどという大役を請け負ったのだ。それなりに力のある者なのだろう」
そんな言葉の後、彼の顔には笑みが浮かんだ――そこにいるのは、獲物がかかり喜ぶ狩人。
「こうやって、人を殺すのが楽しいか」
言葉を投げかけると、肯定するようにさらに口がつり上がる。
「領主などという身分になると、戦いとはひどく無縁になる。贅沢には事欠かないが、私の性分は闘争でな。正直こうした生活は飽き飽きしているのだよ」
そう言いつつ、彼はどこか満足そうな表情となる。
「……とりあえず、お前の性格がずいぶんと歪んでいることはわかったよ」
俺は心底呆れたように、大げさにため息をつく。
こいつを従えなければならないという話なわけだが……嫌な気持ちになる。だが、勝つにはやらなければならない。
「まあいい――お前を倒す」
「やってみろ」
言葉と同時、廊下から魔力を感じ取る。さらに聞こえてくるのは獣の雄叫び。仕込んでいた魔物が現れたか。退路を断ち、このホールへ入ってこいということだろう。
「キャシーさん」
「ええ」
俺の言葉に彼女は変じ――リュハを守ってくれという意図があったのだが、彼女はそれをすぐに理解した。
ならば――魔法発動。同時に魔力精査も開始し、相手の能力の多寡を探る。
「ほう?」
興味深そうな目で俺を見るモルバー。だがそんな余裕も今のうちだ!
発動させた光を相手へ放つ。まずは挨拶代わりの一撃。
これでやられるのなら苦労はしないが……考える間に光が着弾。轟音が生まれたが、モルバーは健在。
「なるほど、言うだけのことはある」
感嘆の声が聞こえたと同時、魔力精査がモルバーの動きを捉える。俺へ向け駆け、拳を構えた。
どうやら彼の武器はその拳そのものであり、武器は持たないらしい……光の中からモルバーは現れる。だがそれを読んでいた俺は剣で彼の拳に対抗する。
タイミングは完璧に合った。剣と拳が激突すると、金属音めいたものが聞こえた。
刃に触れても拳は傷一つつかない。防御能力は高いか……そう思いながら俺は新たな魔法を発動させる。
さらに生まれた光球。それをこちらがわずかに押し返した後、炸裂させる――モルバーの体が吹き飛ぶ。視界には映らないが、その一撃は確実に効いたようだ。
「ぬうっ……! やるな貴様!」
だがこの時においてもまだモルバーは余裕の声。こちらはなおも続けざまに魔法を発し、追撃を仕掛ける。
光がさらにモルバーを包む。ダメージは確実にあるはず……とはいえロベルドのように再生能力だってあるだろう。滅ぼすくらいの出力で攻撃するわけにはいかないが、かといって加減しても駄目だ。相手が戦闘不能になるレベルに魔法の威力を抑える――
「だがその程度では、まだまだだ!」
モルバーは叫ぶとさらに俺へと肉薄する。俺はさらに魔法を放ったが――今度は横へ足を移しかわした。
その身のこなしはかなりのもの。横から俺へ迫った幻魔だが、こちらは剣で反応。先ほどと同様金属音めいたものがホールに響き、一時せめぎ合いとなる。
「力でも互角とは、若いのによくやる」
モルバーは笑う。明らかに戦いを楽しんでいる様子であり……俺としてはこの余裕をはぎとらなければ戦闘不能は難しいと認識する。
ならば――剣に魔力を注ぐ。同時に身体強化を施し、一気にモルバーを押し返す。
魔力精査により、相手はこっちの魔力出力に対応して防御をするようになっているのがわかった。一瞬で状況を把握し、相応の迎撃態勢を整える……なるほど、さすが幻魔の領主だ。
ならば、俺のやることは一つ。
さらに魔力を上げる。そして放った光はまたもモルバーに直撃し、吹き飛んだ。
これにより、モルバーを大きく引き下がった。埒が明かない……そんな風に理解したのかもしれない。
俺はこの隙をついてキャシー達の状況を把握。ホールへ入ろうとしている魔物に対してはキャシーが応じた。一振りで全てを滅していくので、これについては問題がなさそう。
一方リュハもキャシーの援護を行い、魔物を粉砕していた。二人については問題ない……そう理解し俺は視線をモルバーへ戻した。
仕切り直しとばかりに、モルバーは構えていた……同時に声が。
「さすがフェリアに見込まれた戦士、といったところか?」
「ご想像にお任せするよ」
そう答えながら俺もまた剣を構えた。
俺の実力の一端は知った……だからこそ相手はこちらを警戒する。
このまま神域魔法を使って攻め立てるのも一つの手だが……いや、それとも直接攻撃で片をつけるか?
そんな考えが頭に浮かんだ時、モルバーは動き出した。さすがに思考する時間はくれないか。
即応して相手の拳を弾く。だがモルバーはあきらめずさらに放つ。それを再び弾く俺。
乱打戦――かと思ったが、どうやらそこまでいくつもりはないようで、ある程度攻撃を防がれたら早々にあきらめた。大きく引き下がり、俺へと呟く。
「予想以上の力だな」
「どうも」
返事をする……膠着状態に陥ってしまうかもしれない。
キャシー達はしばらく問題ないが、下手にこっちが長期戦にすると二人が危なくなる可能性が高い……現在モルバーは俺を標的にしているが、それが変わる可能性も出てくる。
やはり、ここは自ら仕掛けるしか――そう思った矢先、俺は足を前に踏み出した。
相手はそれにまず、笑った。こんな状況でもまだ戦いを楽しんでいるらしい。どこまでの戦闘狂な姿……俺はそれに心の中で半ばあきれながら、畳み掛けるべく間合いを詰めた。




