第三十九話 夜襲
それから数日後、俺とリュハは旅立つことになった。
「というわけで、頼むぞ」
フェリアが言う。場所はエントランス。ロベルトと彼女以外に見送りはいない。
時刻は早朝で、俺とリュハ以外に同行者として女性騎士が帯同する。この地に足を踏み入れた時に起きていた騒動において、騎士ラノンと共に戦っていた女性。名はキャシー。格好は鎧姿ではあるが従来の物だと敵に見た目でフェリアの部下だと気付かれてしまうので、傭兵風の装備となっている。ただ大剣だけは本来の物を使っている。
「キャシー、基本的にセレスの指示に従って動くように。あとリュハのことを最優先に守ること」
「はい、お任せください」
綺麗に一礼。それにフェリアは「頼むぞ」と告げ、彼女の肩に手を置いた。
一方俺はロベルドと話をする……現時点で敵の襲撃はない。だが、これからもないとは限らない。
「ロベルドさん、何かあれば連絡してほしい。場合によっては戻るから」
「わかった……といってもセレスの手を煩わせるようなことにはしないさ」
そうして俺達は旅立つ――片道およそ十日くらいの道のりだが、おそらく襲撃されることもないだろうし、最寄りの町へ着くまでは大丈夫だろう。
「よろしくお願いします」
「はい」
リュハが丁寧にキャシーへ挨拶している光景を眺めながら、俺は村を出る。新たな旅――幻魔を倒すための旅が、始まった。
予想通りモルバーのいる屋敷近くの町までは、トラブルもなく到達することができた。この間にリュハとキャシーは仲も良くなり旅は和気あいあいといった案配。旅の目的はモルバーを従えることなのでいずれ血なまぐさい戦いが始まるわけだけど……それまではゆっくりしていいか。
「ここから少し西へ向かった所に、モルバーの屋敷があります」
町の入口でキャシーはそう解説する。
「本当なら、町の中などに屋敷があってもおかしくありませんが、モルバーについては町からやや離れた場所に存在しています」
「何か理由があるのか?」
「屋敷はモルバーより先代から受け継がれているものですから、詳細はわかりませんね」
なるほど。ま、この辺りは気にしても仕方がないだろう。
「さて、ここまで何事もなく到達しましたが……問題はここからですね」
「ああ。リュハとキャシーは宿をとって待っていてくれ」
一日程度なら、離れても問題にはならないだろう。さすがにモルバーの所までリュハを連れて行くのは悪手だし、この町で宿をとり待機してもらうのが得策だ。
キャシーもそれに了承し、俺達は宿を手配してこの日は休むことにする。
いよいよモルバーとの接触をすることになる。交渉ですめば一番なんだろうけど、イザルデとつながっているとしたら一筋縄ではいかないだろう。
つながっていると断定できるわけではないが、ここはそうであると考えた上で行動した方がいい……そう頭の中で思いながら、俺は個室に入りなんとなく窓の外を眺める。
リュハとキャシーは隣の部屋にいて、壁が多少薄いのか話し声が聞こえる。内容まではわからないけど――
「ん?」
ふと、俺は通りの一角に目を向ける。俺達がいる宿を指差しながら話し込む男性二人がいた。
なんとなく、大通りの人間がこっちを見ているような気もしてくるけど……心配しすぎか?
「もし何かあったら、宿を出ることも考えないといけないか?」
――モルバーはあくまでイザルデとつながっているという疑惑の段階だし、そもそも俺達はフェリアの手の者だとわからないようにしてある。さすがに考えすぎだろう。
俺は気を取り直して窓から視線を外す。明日……それに備え、休むことにした。
ガタン。
「……ん?」
ふいに、音がして目を覚ました。月明かりくらいしか光源のない真夜中。音はどうやら廊下から。
なんとなく起き上がる。先ほどのような音は聞こえない。ここの宿は一階が酒場になっているのだが、寝る前はここからでも騒ぐ声が聞こえていた。それがまったくしないということは、酒場も既に閉じている。
トイレか何か起きた宿泊客か――と最初は考えたのだが、ギシリと床を踏みしめる音がして、何か嫌な予感がした。
その音は……どうも音を殺しているように聞こえたから。
「まさか、な」
小さく呟きながら、俺はベッドから出る。魔法を利用し、足音を消す。
幸い格好は上着を脱いでいる程度だったので、剣を手にとり扉へ近づく。そこでまたも歩くような音。それはずいぶんと神経質な印象を与え、嫌な予感がさらに増幅する。
俺達のことがもしバレているのならば……そういう可能性を考慮し、俺は音を消しながら扉にそっと手を当てる。
扉を介して廊下の気配を探る――人がいる。ただその人物はどうやら俺の隣の部屋の前に立ったようだ。
「……まずいな」
明らかにそこが目標と思しき動き。酔っ払っている風にも感じられないし、襲撃者だと解釈していいのだろう。
俺は呼吸を整える。おそらくここで交戦したら面倒なことになるが……敵が仕掛けようとしているのだ。やるしかないな。
俺はドアノブに手を掛け――勢いよく外へ出る。相手もそれにすぐさま気付いた。即座に体を向け、右手を俺へと突き出す。
魔力が発せられる――が、遅い!
こちらが先に魔法を放つ。規模の小さい光弾だが、それは相手が攻撃を繰り出す前に顔面へ直撃し、倒れ伏した。
少し大きな音が生じる。他の宿泊客まで起きてこられると面倒だが――
ガチャリ、とリュハの部屋の扉が開く。中から出てきたのはキャシーだ。
「どうしましたか……?」
「敵だ」
一言。それに瞠目し、床に倒れる男性に目を向ける。
「これは……どうして?」
「話は後だ。おそらくここをすぐに離れた方がいい」
たぶん昼間の男性達もグルだろう……なぜわかったのか疑問だが、それを解消するのはこの危機を突破した後だ。
俺は踵を返し自分の部屋へ。荷物を手に取りキャシーの所へ。
「リュハは?」
「寝ています……どうしますか?」
「起こしてくれ。そしてすぐに出発できる準備を」
頷いたキャシーは即座に部屋の中へ。残された俺は上着を羽織り、周囲の気配を探る。
どうやら……閉じられているそれぞれの客室の中にも、廊下の気配を探る者がいる。
ここは罠だったか……いや、俺達が宿泊したからこそ、こうして準備をしたか。
これがモルバーの手の者であったなら、間違いなく彼はイザルデとつながっているはずだが……わからないことだらけだ。でもそれを解決している暇はない。
扉が開かれる。準備を済ませたキャシーとリュハが姿を現す。
「終わりました」
「よし、それなら……一度部屋の中へ」
その指示にキャシーは首を傾げたが、手で促すと従った。
俺も続いてリュハ達が使っていた部屋に。さて、ここからが面倒だ。
「……どうやら敵さんは俺達の存在に気付いている。で、ここは間違いなく敵陣のまっただ中だ。まずはここから逃げないと」
「素直に入口から、というのはまずいということですね」
「ああ。窓から出るにしても……」
外を見る。人影がチラホラと。
「……面倒そうだな。でも、進まないとまずい」
「わかりました。私は何をすれば?」
問い掛けに俺は彼女に確認。
「派手に立ち回ってもいいのか?」
「モルバーとの交渉が上手くいけば、問題ないかと」
「結構強引だな……ま、そういう方法しかないか」
俺は肩をすくめ、リュハ達に告げる。
「突破する……一気に町の外まで行くから、ついてきてくれ」




