第三十二話 猪突猛進
壁をぶち抜き姿を克明に見せるその幻魔は、客室の壁よりも身長が高く、その巨躯は身をすくませるほどのものだった。
「……裏切ったカ、リイド」
声を発する幻魔――ブロン。発音はどこか無機質的。
「オ前が失敗したト聞き、駆けつケタが……無様ダ」
「悪いな」
不服そうに応じるリイド。まあ経緯が経緯だ。これは仕方があるまい。そんな彼は壁のあった部分を背にして警戒し始める。
「やれやれ、今日は厄日だ」
そして、屋敷を破壊されたためかフェリアが深いため息を吐いた。
「しかし、まさかこうまであっさりと壊すとは」
「下がってくれ」
俺は新たに現れた敵、ブロンへ近寄る。しかし相手の目標は俺ではなく、
「まずハ、お前からだ」
突進――所作は素早かったがリュハを除く面々は反応した。
標的は、リイド。猪突猛進のブロンは巨体とは思えない速度でリイドへ飛来する。
それはさながら巨大な壁が迫っているような感覚だった。リイドは回避が遅れ、自身の力でどうにかしようとしたみたいだが――直撃。
「が――」
そこからは一瞬だった。体当たりにより吹き飛んだリイドは壁に激突。ボロボロになった壁をさらに破壊しながら外へ吹っ飛ばされ地面に倒れた。
「ウオオオオオオ!」
雄叫び。力任せの戦法は単純なように見えて、ブロンは大味な体当たりで正確にターゲットに向かう。
「さすがに放ってはおけんな」
フェリアが呟く。同時に長剣を手にしそれを地面に突き立てた。
ブロンの突進が立ち上がろうとするリイドへ向けられる。だが動けず、このままいけば間違いなくリイドは押し潰されて死ぬはずだ。
それを、フェリアが防ぐ。突き立てた剣は地面を介しリイドが立っている地面を光らせる。それがどういう結果をもたらしたか――
突然、彼の体が飛んだ。
「……は?」
いや、地面に干渉して衝撃波を出したのか……! 結果としてリイドは空中に飛ばされ、その体が俺達へ向かい――
ガシャア! と盛大な音を上げ彼はガラクタと化したテーブルに突っ込んだ。
「……貴様ら、操っているからといってやっていいことと悪いことがあるぞ……」
「命は助かったんだ。よしとしろ」
フェリアは冷酷に告げると、視線をブロンへ。攻撃をスカされた相手は、突進を中断し屋敷の外側でこちらを注視する。
「もう一度来られると面倒だな……」
「なら、俺がやりますよ」
前に出る。当然フェリアは訝しげな視線を送り、
「リイドを倒した実力を考えればいけそうだが、真正面から相対するのは――」
「大丈夫ですよ」
――最初の出現時点で魔力精査は終えている。リイド相手ではその所作も気付くかなと思い(そもそも力量を使わなくとも把握できたし)使わなかったが、ブロン相手ならバレていない様子。
ブロンが吠え、再度突撃を開始する。目標は先頭に立つ俺。
背後には屋敷。こちらがはね飛ばされてもたぶんフェリアがなんとかしてくれるだろうけど……俺としては、このくらい防げないと、という気概がある。
猛然と迫る巨体は間近で見れば途轍もない迫力がある。それに対し俺は、刀身と全身に魔力を込め、防御の構えを取った。
剣の強度も気になったが……俺の魔力が際限なく吸い込んでいく。幻魔が扱う武器であるため、人間の物と比べ魔力もずいぶんと注げるらしい。いい武器だ。
刹那、ブロンの巨体が俺の体に当たり――凄まじい衝撃が襲い掛かってきた。
圧力は半端ではなく、魔力で全身を強化していなければ接触した瞬間に吹き飛んでいただろう。だが俺は押し留めた。いくらか衝撃が抜けたため多少踏ん張る必要はあったが、ほんの数歩分後退した程度。
「……何?」
ブロンが眉をひそめた。ここぞとばかりに反撃に転じる。
まずは胴体に一閃。まともに受けた斬撃に対しブロンは衝撃を受けわずかに体が傾く。そこへ追撃。今度は下から上のすくい上げ。剣戟は決まり、その巨体が宙に浮く。
いかに猪突猛進とはいえ、足が地上から離れれば抵抗はできない――巨体はすぐに着地し体勢を立直そうとしたが、それより先に俺の体が疾駆した。
ブロンの背後をとるべくすれ違う。そこで斬撃を胸部へ残し、動きを止めることも忘れない。幻魔のうめき声を耳にしながら後ろに回り、無防備な背へ渾身の一撃を――叩き込む!
その一撃は魔力を込め、白い衝撃波すらも飛び散る。ブロンは全身にそれを浴び、体がグラリと傾き……倒れ伏した。
「あっけないな……ま、それでも滅んでないっていうのはすごいか」
頭をかきながらブロンに近づく。決して加減したわけではないが、巨体故に体力も相当な化け物らしい。
「ガ、グ……」
呻きながらも向けてくるその視線には敵意が満ちている。そんな相手に向け俺は、
「――我が体の内に流れる幻魔の血により、命ず。忠誠を近いし主君に反し、我に従え」
リイドと同じ文言を放つ――と、殺意が徐々に消え失せてくる。
「幻魔ノ……王……」
「俺はその息子だけどな」
肩をすくめる。するとブロンは息をつき、上体を起こすと地面に座り込んだ。
「オ前は……何が目的ダ?」
「さすがにそれは話せないな。ま、悪いようにはしないさ……で、だ」
振り返る。そこにフェリアやリイド、そしてリュハが近寄る姿。
ただリュハはブロンを見据え不安げな表情。こちらが視線を送ると、彼女は頷いた。
ああした表情を見せている以上、確実に邪神が絡んでいるか……。
「ブロン、一つ質問がある……元主であるイザルデから、何かしら力をもらったか?」
「……あア、もらっタ」
「それはどういう形で分け与えられた? イザルデ当人の力なのか?」
「とある遺跡ニ入り、そこデ手に入レたと……それヲ、俺に授けタ」
「イザルデは本格的に動き出す前、大陸各地を回っていた」
ここでフェリアが話し始める。
「ロベルドが調べ判明したことだ。遺跡か何かにあった力を秘めた武具でも見つけ、その力を利用して戦っていると」
「その力とは?」
「さあな。遺跡とやらが過去存在していた強大な幻魔か、はたまた邪神か……」
肩をすくめる。力自体どういうものなのかはわからないってことか。
ともあれ、単純に力だけなら対処できるはず……俺はブロンにその場で座れと指示。次いで右手に魔力――女神の力を引き出す。
そして剣を地面に突き立て、魔力を地面に流す。直後、ブロンを囲むように魔法陣が形成された。
「これは?」
フェリアの問いに俺は何も答えないまま、魔法発動。清浄な光がブロンを包み、一時うめき声を上げさせる。
――これは『創神刻』の簡易版だ。邪神の力は意思さえ備わっていなければ力そのものを変質させることができる……考案していたけどこれまで試すことができなかった。でも、こうしてきちんと効果があることを実証できた。
そしてブロンは……体を動かす。
「異常ハ、無いナ」
「イザルデからもらった力については、ブロンが保有する魔力と同一のものにした。以前と比べて力自体は上がっているはずだよ」
そう返答した後、俺はリイドに首を向ける。
「もう敵は来ない……よな?」
「ブロンが後詰めならばおそらく大丈夫のはずだが」
「やれやれ、やっと騒々しい一日が終わるよ」
ため息をつきフェリアは言い、騎士達に屋敷の片付けを命じた。
「さて、ようやく休めるな。ひとまず今日は体を休め、明日どうするか考えよう――」
彼女が提案した直後だった。突如リュハが目を見開き、その体が、傾いた。
「リュハ!?」
叫び慌てて駆け寄り倒れそうになる彼女を抱き留める――直後、
ズグン、と大気が一度震えた……それはおそらく誰かが発した魔力によるもの。大気を揺らすほどの力を所持している存在の出現だった。




