第三十話 魔法と一閃
――神域魔法以外の魔法については、剣術と同様ロベルドから色々と教えられてきた。剣と比べれば幾分落ちるかもしれないが、徹底的に鍛え上げた俺なら相当脅威となるはずだ。
今回の敵、紳士のような出で立ちの幻魔に対し使ったのは、極めて単純な構造。相手にとにかくダメージを与えるという、特殊な効果など一切なしの攻撃魔法。
刹那、真正面に天へと伸びる白い火柱が上がった。相手の悲鳴もうめき声も聞こえない。業火が燃えさかるような音を響かせ、魔力の塊が形となって敵の幻魔を大いに砕く――
「おおっ!」
だがそれを敵は無理矢理突破。火柱から抜け出し俺へ肉薄する。今度はせめぎ合いといった形にはせず、そのまま拳を叩き込む気なのは明白だった。
けれど、意味がない。
なぜなら到達する前にさらなる火柱を放てるからだ。
俺は無言で左手を突き出す。相手は新たな魔法を収束させたと察したことだろう。その目には、困惑が宿っていた。
二発目の火柱。今度は悲鳴のようなものが聞こえた。だがそれを無理矢理突破し、
「隙だらけだね!」
今度は屋敷の女主人、フェリアの剣戟だった。敵の背後から振り抜かれた剣は正確に相手の胴体へ突き刺さり、横へすっ飛んでいく。
相手はそのまま横にあった木に直撃し、あまつさえへし折る。バキバキバキと盛大な音を上げるのを見ながら俺は次の魔法準備を行う。
敵は呻きながらどうにか立ち上がる。だが間合いを詰めるよりも先に俺の方が完成……この時間はいかんともしがたく、相手は俺を見て硬直した。
「貴様――」
問答無用。地面から生じる火柱は距離があると収束まで時間を要する。それまで待ってくれるとは思えなかったが、どうやら敵は動くことができなかったようだ。
白い火柱が噴き上がり、敵の体を覆い尽くす。しかも今度は幾重もの火柱が重なり、周囲の木々も破壊していく。
「……あんたは、何者だい?」
唐突にフェリアが問い掛けてきた。俺はそれに答えないまま敵のいるであろう場所を見据え――
その時、火柱を強引に突破して猛然と敵が駆けてくる。距離はあったが一足飛びで間合いを詰め、俺の首筋に食らいつこうと迫る。
俺はあともう一押しだと確信。剣を握り直し散歩でもするような感覚で足を一歩前に出す。
一閃。胴に入った刃は魔力が体の中へ浸透し、相手は動くこともできぬまま倒れ伏す。滅ぶような一撃ではなく、気絶するギリギリのレベルの加減を行った。
「き、さま、は」
倒れる相手に対し俺は見下ろす形となる。フェリアはどうやら俺にトドメを任せるつもりなのか、剣を握ったまま動かない。
――こうやって生かしたのには理由がある。騒動解決と、目の前の相手に策を施した方がフェリアとより友好的になれるだろうという思惑と、こちらとしても情報を手に入れたかったためだ。
俺は剣を下げたまま相手の目を見る。
そして、
「――我が体の内に流れる幻魔の血により、命ず」
ビクリ、と相手の体が震える。次いでフェリアが身じろぎするのを気配から察する。
「忠誠を近いし主君に反し、我に従え」
その言葉に開いては忌々しげに俺を見据える……が、どうやら幻魔王の言葉は通用したらしく、やがて彼は深いため息をついた。
「……お前は、何者だ?」
「改めて問う必要はあるのか?」
「幻魔を使役する能力……幻魔の王の力か。王の子など、存在しているとは想像もしなかった」
ゆっくりと起き上がる。そこで俺はまず、一つ尋ねた。
「確認だが、もう争う気はないんだよな?」
「少なくとも殺意は消え失せた。お前の呪詛が効いている証だろう」
「ならまずは、そうだな……名前は?」
「リイド=デハイル」
「ではここに何の目的で――」
そう言おうとした段階で、気付く。さすがにここで話し合うよりは、
「えっと」
視線をフェリアへ。呆然としている彼女へ向け、俺は告げる。
「ロベルドさんの紹介でここに来ました。紹介状もあります」
「……そういえば以前、アイツは戦場へ赴く前に話していたな。名は?」
「セレス=ファルジアです」
「やつが語っていたのと同じ名である以上、相違はないな。しかし、まさか幻魔の王の子とは」
「知らなかったんですか?」
「まあな。そもそも王の子がいたと公になれば、それだけで一大事だからな」
ふむ、事実を隠していた点も設定通りだな。
「まあいい。リイドを叩きのめしたことと、ここを訪れたこと。それらを全て含め歓迎しよう」
そう語る間にリュハが近づく。その中で俺は、
「ロベルドさんが、戦場へ赴いた……とは?」
「それもきちんと説明してやろう」
身を翻す。そして彼女は屋敷へ歩き始め、
「まずは負傷者の手当てから始めるか――」
騎士ラノンなどの治療を済ませ、俺達は客室へと入る。
「さて、まずはロベルドについてだな」
フェリアの発言。ソファに座る彼女に対し、俺とリュハは対面で同じようなソファに座るような形。ちなみにリイドは窓際を陣取り、外を眺めている。こちらも既に治療済みで、見た目に先ほどのダメージは残っていない。これは彼自身の再生能力も関係しているだろう。上位の幻魔ともなれば、その再生能力も相当なものになる。
で、彼については見張り役を指示したわけではないが、そういう役回りを担当するらしい。
「セレス、お前はロベルドにどう聞かされた?」
「友人と遭遇し、協力するために俺達から離れました」
「ああ、それは事実だ。理由を語らなかったのは複雑な事情を考慮してのものだろう。さすがに子供のセレスが理解するにはややこしいからな」
「その戦いがまだ続いている、と?」
俺の怖々とした質問に、フェリアは頷いた。
「それだけ相手が巨大だという話だ。何せ敵は現役幻魔の中でも最高峰に位置するからな」
最高峰――フェリアの目はずいぶんと楽しげ。
「言ってみれば陛下が消え、その跡目を狙う輩がいるってわけだ。まあ幻魔は基本好き勝手な性分だし、陛下が存命だった時においても各々自由にしていたし、小競り合いくらいはあった。陛下亡き後、問題がないよう様々な対処はなされていたが、結局野心だけはどうすることもできなかった」
「それを抑えるためにロベルドさんが……」
「そういうことだ。ただその状況を打開できるかもしれんな」
俺を見るフェリア。言いたいことはわかるのだが――
「それは実力的な意味で? それとも王の子息という意味で?」
「両方だ」
「悪いけど、王の座につく気は一切ありませんよ」
「ああいや、別にそこまでする必要はない。というより私達は陛下だったからこそ集ったわけだ。例え子息の君であっても服従する者は多くないだろう」
と言いながら、フェリアは怪しげな笑みを浮かべる。
「もっとも、先ほどアイツに使った能力を使えば別だが」
――さて、ここで疑問が一つ。リュハの体に眠る邪神を消すために、どう出るのが一番なのだろうか?




