第二十二話 邪神
――そうしてリュハと遺跡の中で過ごし続ける。俺はとにかく書物を読み進め、神域魔法を扱う術をできるだけ早く体得しようと努める。
そうした中でわかったことは、どうやら神域魔法は俺が描いた以上の能力を所持しているらしい――
「……神域魔法の極意か」
極意、といっても奥義といった類いではないけど……内容は幾度となく読み返し試し、結果ひとまず使えるようにはなった。
書物を閉じ、立ち上がる。部屋を出ようとして、ふと振り返った。
……この書庫にある書物の大部分は歴史書や邪神に関する考察の類いだ。一通り読んで内容を大ざっぱに記憶しているが、俺が空想した設定の域を超えているわけではない。よって、情報としての価値はそう高くない。
反面、神域魔法についての書物はごく一部だが、価値のある情報……俺はこれを読みに来たと言っても過言ではない。それを繰り返し読み、頭の中で反芻し、なおかつ必要な技術を体得していく。
そんな生活を繰り返し……そこで思考を振り払い、部屋を出た。
すると、遺跡の中央付近にいたリュハが首を向ける姿が。
「あ、セレスー。お昼できてるよー」
やや間延びした声。俺と出会って……少しずつではあるが、明るい表情を見せるようになった。
「ああ、食べようか」
近づく。そして調理をしていたのは、背も伸び少女から女性へ変わろうとしているリュハだった。
――この遺跡を訪れ、リュハと出会ってから五年が経過した。その間俺はひたすら神域魔法の習得と砂竜との激闘を繰り返していた。
ロベルドと別れた以降も、リュハはただ俺のやることを見守り続けている。もっとも時折俺と一緒に魔法の修行なんかをして、それなりの砂竜を倒せるくらいの実力を身につけた。
元々彼女自身邪神を抱えられるだけの器を所持していたことから、魔力は相応に所持していたし、才覚もあった。センスもよく現代に関する知識や文字、勉学についても易々と吸収した。
しかるべき場所で教育を受ければ、大成するのではないか……そう確信させられるほどだが、まだ出ることはできないし彼女自身内に邪神を抱えては人と関わることを避けたいと言った。
今は何事もなく……それこそ遺跡の中で平穏に過ごしているが、外に出ればどうなるかわからない。だからこそ、出られるようになったとしても邪神についてきちんと対応できた後に――
「セレス」
名を呼ばれる。はっとなりスプーンを動かす。
「あ、ごめん。ちょっと考え事」
「そっか」
彼女は何も問わない。俺がこんな風に物思いに耽ることが一度や二度ではなかったが、どこか遠慮している様子もある。いや、あえて触れないようにしていると捉えるべきだろうか。
スープを飲み干し、俺は少しだけリュハを観察する。時折、見慣れている俺でさえドキリとさせるような雰囲気を出すようになっていた。砂漠に住んでいた民にも関わらず肌色は白だが、黒髪と黒い瞳がどこか大陸に住む一般的な人々とは異なる存在であると、心のどこかで理解させられる。
彼女の部族はもうどこにも存在していない。容姿のことも相まって、仮に学校などに入ったとしても、悪目立ち尾しないだろうか? そんなことも考えてしまう。
やがて食事が終え、リュハが後片付けをする。俺は彼女に任せ書庫へ戻るか砂竜と戦いに行くかといういつもの流れなのだが……今日は少し違った。
「セレス、ちょっといいかな?」
「ん、どうした?」
「その……」
口ごもる。引っ掛かった物言いに俺は首を傾げる。
「何かあるのか?」
「あ、うん。最近、体の調子がおかしくて」
もしや、病気? 五年の間に風邪を引くようなこともなかったのだが、今回はそういうことなのか。
「その、熱があるとかそういうのじゃないの なんだか魔力が最近変で」
「魔力が?」
「時折、ザワッと肌が粟立つような感覚に襲われるの……」
邪神を関係しているのか。疑問に思ったのだが、今の俺にはどうしようもない……そう思った矢先だった。
唐突に、彼女の体が――グラリと傾いた。
「リュハ!?」
声を上げ地面に倒れる前に抱き留める。即座に感じられる魔力――間違いなく、リュハが発したものだ。
「何が……!?」
「セレ、ス」
どこか嘆くように、リュハが口を開く。
「お願い……逃げて……」
「え……?」
「これは……力が……!」
ズグン、と一度鼓動でもしたようにリュハの体が震えた。彼女の足下から影が突如伸び、その体を染めていく。
反射的に――俺は自身の魔力でそれをはがそうとした。だがそれより先にリュハが俺のことを無理矢理突き飛ばした。
「リュハ……!!」
刹那、黒に彼女が飲み込まれる。それは彼女の中心にして遺跡の天井にまで到達し、巨大な柱となり遺跡全体に漆黒の魔力を振りまく。
「これは……」
俺は呻きながら床に置いてある剣を拾って抜き放つ。次いで左手に神域魔法を発動させるだけの魔力を集め……やがて、漆黒が突如弾けた。
パアン、と乾いた音がこだまする。漆黒が消え、その中から現れたのは、俯き立ち尽くすリュハ。
見た目は……両腕が黒く染まっている。変化はそれだけだが――
『……よもや、こうして再び目覚めることになるとはね』
リュハの声――しかし、それは遺跡に響くような重いもの。
『これも運命か……セレス、あなたはどう思う?』
「――お前」
俺がセレスであることを認識している……が、少なくとも目の前に立っているのはリュハじゃない。
「リュハを、どこへやった?」
『私よ。私はリュハそのもの。邪神に意識を乗っ取られたとでも思った?』
「いや、違うな。お前はリュハじゃない……というより、リュハの記憶と意識を乗っ取った存在――邪神だろう?」
彼女は笑う。それは恐ろしいほど綺麗で、人を魅了し下僕とするような雰囲気を漂わせる。
『そうね、あなたの言うことが正解ね……とうとう私は目覚めてしまった。あなたはどうするの?』
――遺跡自体は問題ない。補修したことにより結界も作用しているし、外部に邪神の力が漏れるようなことにはならないだろう。
「そういうお前は、どうする気だ?」
『そうねえ、まず結界を突破したいところだけど……この体じゃあ、すぐには無理そうね』
「ということは、邪神本来の力はまだ発揮できないわけだな」
妖艶な笑みを示す。同意の意だ。
『私としては、あなたを操るか体を乗っ取りたいところね』
「どちらもお断りだ……リュハを返してもらうぞ」
『やれるものなら』
黒をまとう。両腕には血管や神経のように銀色が浮き出てくる。
俺はそれ以上声を発さず、剣を構える。静かに……ただ静かに、目の前のリュハを救うべく、頭の中で戦術を組み立てる。
『それじゃあ、始めましょう』
まるで宴でも開くような楽しげな声と共に――邪神との戦いが始まった。




