第二十話 彼女の告白
荷物の重さもあって予定よりも多少ながら到着は遅かったが、それほど体力的にキツくもなく町まで辿り着いた。ロベルドが訪れていた店へ向かうと、話を通してあったのかあっさりと交渉することができた。
相手は女性店員。といっても結構体格がよく、傭兵稼業でもやっていたのかと思える雰囲気の快活な女性だ。
「えっと、ちなみにあなたはロベルドさんの――」
「友人だね、一応」
にっこりと笑う女性。それは愛嬌があるというより迫力があるという表現が似合う。
「名はフロザ。よろしくね」
「はい。あの、えっと――」
「私は幻魔の王様がいた時からロベルドのことを知っているよ」
その言葉で、彼女がロベルドにとって相当古なじみなのだとわかった。
「一応、君のことも事情は聞いている。砂漠にある遺跡で暮らしているんだろ? あ、その辺りのことは口外しないから。ここはロベルドの友人ってことで信用してほしい」
快活な言葉。なおかつ有無を言わさぬような迫力もあり、俺はただ頷くしかない。
「で、買い出しだろ? 砂竜の革と必要な品を交換ね」
「……レートは決められてるんですか?」
「ロベルドの知り合いってことで、サービスするよ」
ニッコリと笑うフロザ。まあここ以外あてもないし、おとなしく従おう。
交渉した際、確かに彼女の言うとおり相場よりも高めの値段で取引ができた。必要なものも購入しさあ帰ろうという段になって、
「あの、一ついいですか?」
「悪いけどロベルドの所在は教えられないよ」
フロザは俺の機先を制すように語った。
「というか、私も詳しく知らないんだけどね」
「そうですか……また来ます」
「ああ、じゃーねー」
手を振る彼女。俺は小さく頷き店を出る。
さて、必要物資は買ったからこのまま帰ることにしよう。ただロベルドが抱えていた荷物と比べれば当然量は少ない。買い物に行く頻度は多そうだけど……いやロベルドが食べる分を差し引きするから……駄目だ、わからない。
ま、ここはなるようにしかならないか。そういうわけで俺は進路を砂漠の方へ……と、その途上、
「……ん?」
ふと、露店が目に入った。俺はそこに吸い寄せられるように歩を進める。
露店の店主はおばさん。そこで売られている物に目をつけていると、
「買うかい?」
店主が問い掛けてくる。俺は少し考え……やがて頷き、代金を渡した。
行きと比べ帰りは荷物もあるので移動速度なども減ったが……砂竜と遭遇しなければさして問題にはならない。
「リュハ、もうすぐ帰るからな」
『うん』
時折会話をしながら俺は砂漠の中を進む。個人的に話す相手がいた方が気が紛れるから楽だな……そんなことを考えながら大きな砂丘を越え、とうとう遺跡へと戻ってきた。
時刻は夕刻前。体力と魔力は十分残っているし余裕はある。ひとまず買い物については問題にならないな。
遺跡へ入ると、リュハがどこか嬉しそうに出迎えてくれた。
「お帰り、セレス}
「ああ」
夕食を作って待っていたらしく、遺跡内にはいいにおいが立ちこめていた。
「リュハ、異常はなかったよな?」
「うん。特に何も」
荷物をひとまず仮置きして遺跡中央に。鍋があってそこでスープを煮込んでいる。
「セレス、今から食べるよね?」
「ああ」
返事をしながら俺は彼女を眺める。その様子にキョトンとなる彼女。
「どうしたの?」
「いや……」
俺は懐にある物を少しばかり意識。露店で購入したものだけど……食べ終わったらにしようか。
今日については残っていた食材で夕食を終える。荷物の量からしてどのくらいもつのかわからないけど……食料の管理なんかはロベルドがやっていたので、この辺りは注意しないと。
「リュハ、足りない物があったら遠慮無く言ってくれ。最悪俺がどうにかするから」
「うん、ありがとう」
礼を述べたが、どこか浮かない顔……彼女もまた俺に視線を送り、何事か考えている。
静寂が遺跡を包む。なんだか落ち着かない。ならば喋ろうと口を開こうとするけど、リュハもまた同じなのか口を開きかけた。
そこで同時に口が止まる俺とリュハ。これでは埒が明かない。
「……リュハも話したいことがあるみたいだけど、先に俺が言っていいか?」
「うん」
「なら――」
懐から、露店で購入した物を取り出す。
「これを」
「え……?」
差し出したのは、青い石が埋め込まれたペンダント。
「似合うかなと思って……後ろ向いて」
「え、あ、うん」
戸惑いながら背を向ける。俺は少し慎重にペンダントを彼女へ着けた。
振り返る。彼女は身につけたペンダントを手に取り、それをじっと見つめている。
「あ、その。もし嫌だったら遠慮無く外してもらって――」
リュハは首をブンブン振り始めた。その態度に思わず苦笑。
「あの、セレス」
「うん」
「ありがとう……」
キュッ、とペンダントを握り締めるリュハ。気に入ってもらえたみたいだけど……目がちょっと涙目になっている。
よほど嬉しかったのかと一瞬考えたけど、彼女の表情にはどこか陰があった――それでなんとなく、彼女が話したいことが何なのか察しがついた。
「……もしよさそうなのがあれば次も買ってこようか――」
「ううん、これだけでいい。本当にありがとう」
笑みを浮かべ――それはどこかあきらめたような、申し訳ないようなそんな表情だった。
俺はそれを指摘せず、あえて彼女に話を振る。
「リュハ、そっちが話したいことは?」
「あ、うん」
彼女は躊躇う。向かい合って座る状況で、視線を逸らす。
「話してほしい」
強い言葉。それにリュハは俺を一瞥した後、
「……セレス、一つ頼みたいことがあるの」
「頼み?」
「私は、この遺跡から出られない……セレスは常日頃平気だって言っているけど、私がセレスのことを縛っているのは、間違いないよね?」
「縛るって意識はないよ」
「わかってる。でも、私がこの遺跡から解放されるまでは、セレスはここにいるつもりなんでしょ? それがどれだけ先の話なのか……」
――俺は彼女が出る方法についてわかっている。まだ修行中だけれど、ここで書物を読み鍛練を積み技術を高めれば遺跡の外へ出られる。
けど、彼女にとってはいつの話なのかわからないわけで――そもそもリュハはこれまで自分のことをほとんど語らなかった。邪神そのものを封印しているなんて事実を信じてもらえるか、あるいは話して大丈夫なのか……もしかすると全てを胸の奥に秘め、この遺跡で果てる覚悟だって持っているかもしれない。
俺は最初、リュハに遺跡から出すと約束した。彼女はそれを最初受け入れたが、成長するにつれそれが難しいのではと考え始めたのではないか――
彼女の目が合う。こちらはただ見返し、リュハはそれをどう思ったか……瞳の奥に迷うような雰囲気があった。話したいこととは、やはり――
「……セレス」
「どうした?」
「セレスは色んな書物を読んでいるから、そこから得た魔法とかも使えるよね?」
「そうだな。砂竜相手に実験もしているよ」
「なら……」
彼女は間を置いて、言う。
「私をもう一度封印する魔法も、使える? 何かあったら、それを使ってほしい」
……自分の存在が重荷なら、もう一度眠ればいいってことか。
「使える使えないより先に、どうしてもう一度眠ろうなんて思うんだ?」
「……それは」
リュハは視線を逸らし、
「……セレスには、話すよ。全てを」
遺跡内に風が吹き込んでくる。俺は全てを知りながら、彼女の言葉に「わかった」と応じた。




