第51話 「意気揚揚と思った」
早川さんの通夜に出席するため喪服に着替えた文麿がやってきたのは夕方を過ぎた頃であった。外はまだ明るかったが、俺の心は暗かった。何故なら今から早川さんの通夜に行かなくてはならないからだ。今更こいつは何を言っているのだと思われてしまうかもしれないが、正直のところ、ここだけの話、俺は早川さんのことが好きではない。むしろ嫌いかもしれない。早川さんの一人や二人がいなくなったとしても俺は別段困らないのだ。いや、それは少々言い過ぎた。何故なら、早川さんが死んだことにより、今俺は困っているからだ。
「通夜に行きたくないなあ…」
そうやって俺がごねていると、
「おいおい。君は小さい頃、早川さんに散々お世話になったではないか。何を言ってるのだね」
と文麿がいつものごとく上から目線で俺を叱責する。
「いや、俺の言い分も聞いてくれよ」
俺は文麿の方に体を向けて真剣に話し始めた。
「近所に住んでいる堀内さんとこの女の子、知っているだろ?今年で確か小学三年生あたりだったと記憶している。俺はあの子が本当に許せなくてね。ある日、その女の子が犬が欲しいと言い出して、親に飼ってもらったらしいのだよ。おそらく誕生日かクリスマスのプレゼントにね。それで最初は良かったんだよ。犬も小さくてそりゃあもう可愛らしい顔をしていた。名前はチビスケって言ったかな。俺もよく抱っこさせてもらったさ。ところが、一年ほどたった時にそのチビスケが数倍の大きさになっててね。女の子は別の子犬が欲しいって言い出したらしいのだよ。チビスケって名前なのに体が大きくなったから、もうチビスケじゃないって言い出してね。その噂を聞いた俺は、その女の子の髪の毛を両手で鷲掴みにして砲丸投げのようにグルグル振り回すために家まで行ったのだよ。そしたら運悪くその女の子はちょっと席を外しててさ。何時間か玄関の外で待たされたんだけど、結局その女の子とは会えず仕舞いだったよ。ちょうど年末時で忙しかったから立て込んでたのかもしれないけど、来客である俺を寒い中放置させるとはいったいどういうことなのか。とりあえず、ピン逃げして帰ってきたよ」
「それはご苦労だったね。しかし、君が早川さんの通夜に行きたくない事と何の関係があるのかしらさっぱりだよ」
文麿はあっけらかんとした顔で俺を見ている。
「おまえも分からない奴だな。早川さんの性格はその女の子そのものじゃないか」
「どこがだい」
「俺が小さい頃お世話になったって話だよ。小さい時だけ世話しておいて、今はこのざまさ」
「このざまって、それはそうだろう。何か嫌なことでもされたかね、早川さんに」
「いいや。何もされていない」
「うーん、君の言ってることは僕にはわからんな。とりあえず早く支度したまえ」
文麿はそう言うと、
「ちょっと阿南君にも早川さんのことを連絡しておいたから様子を見てくるよ。また戻る」
と言い残して部屋から出て行った。
「くそ!いったい人を何だと思ってるんだ!」
俺は文麿の素っ気無さに怒りをぶちまけられずにはいられなかった。これで俺はますます早川さんの通夜には出たくないと心から思った。
「よし。逃げるなら今のうちだな」
俺は文麿たちがやってくる前にどこかへ逃れることを試みようとしたが、その前に多少の準備は必要だと考えた。近所の早川さんが死んだのだ。俺が普通にこのまま逃げれば、すぐにその情報が町中に広がり大騒ぎになるに違いない。俺はまず変装することを考え付いた。
「とりあえず屋根裏部屋に忍者の衣装があったはずだ」
俺はすぐに屋根裏へ上り、忍者の衣装を探し始めた。
「あ、これだ!」
探し始めたところ二十分たらずで見つかった衣装は全身真っ白の忍者の衣装だった。背中の部分には黒色のHG行書体で「忍者」という文字が大きく書かれている。
「よし、これを来て逃げるぞ」
そう決意すると、俺は頭に巻いていたターバンを脱ぎ捨て、早速その衣装を身に纏った。埃まみれではあったが、なかなか体にフィットしていてなかなか気持ち良い。満足気に鏡に映った自分に見とれてはいたものの、ふと何かが足りない気持ちでいた。
「あ、そうか。忍者と言えば手裏剣じゃないか」
俺は確か手裏剣も屋根裏部屋に片付けたはずだと探し始めたのだが、いっこうに見つからない。
「どこだったかなあ…」
屋根裏部屋に置かれてある棚という棚をしらみっ潰しに調べてはみたが、やはり見つからなかった。手裏剣が無いことで絶望的になっていた俺であったが、それでもめげずに捜索していると、ある怪しい場所に辿り着いた。それは真っ黒なアタッシュケースであった。
「これだ!これに手裏剣を保管した記憶があるぞ」
しかし、アタッシュケースには鍵がかかっており、強引に開けようとしても俺の腕力ではびくともしない。
「くそお!これだから鍵の付いた鞄は信用ならないんだ!」
俺は鍵を探そうとしたが、どこにあるのかも見当が付かなかったため、潔く諦めることにした。しかし、鍵は諦めるとしても手裏剣は諦めきれない。どうにかなるはずだ。これまでも、俺はどうにかなってきたではないか。そう思うと心の底から勇気が沸いてくるのである。そして、考えに考えた結果、俺は手裏剣を折り紙で作るというアイデアを取り入れることにした。
まず近所にある文房具屋で折り紙を、本屋で「簡単な折り紙の作り方入門(初級編)」を購入した。折り紙は勿論、キラキラの光沢感がある金色と銀色の2種類がセットになっているものを選んだ。小学生の頃はこのキラキラ光る折り紙に憧れたものだ。金色や銀色だけではなく、赤・青・緑・黄など、色々なバリエーションがあることに、幼いながら驚かされたものだった。しかし、金色と銀色の折り紙を見ていると、ふとフィンガーチョコを思い出してしまうのは俺だけだろうか。
自室に戻った俺は、早々に「簡単な折り紙の作り方入門(初級編)」を手に取り、パラパラとページをめくった。手裏剣の作り方が書かれている箇所を探しだそうとしたのだが、はて見つからない。目次を確認しても、手裏剣の作り方についての表記が見当たらないのだ。
「まさか…」
俺は心臓の鼓動が早くなっていくことを抑えながら、目次に書かれた項目を上から下まで何度も読み返した。しかし、残念ながら手裏剣の文字はそこにはなかった。
「いやいやいや、折り紙の作り方の本に手裏剣が載っていないわけがない」
俺は他の視点から物事を考えてみることにした。手裏剣という漢字を見る限り、どうやら手裏剣は剣の一種であるらしい。しかし、俺の中での手裏剣のイメージは剣ではない。あれはどう見ても剣の形をしていないではないか。剣と言えば、まず持つ部分があってそこから長い刃が突き出ている。それが剣であるとするならば、手裏剣の姿は剣とはほど遠い。手裏剣はあくまで投げてなんぼのものなのだ。消耗品なのである。とりあえず俺は、消耗品という項目が目次にないか探してみたのだが、なかったため、
「畜生!まんまと騙された!」
と怒鳴り散らし、本を投げ捨てた。この本もいわゆるひとつの消耗品であったのだろう。
「尽力が水泡に帰し、痛恨の極みだ」
俺は真顔でそう呟き、手裏剣を諦めて折り鶴で妥協することにした。
折り鶴も七羽目に差し掛かった頃、文麿と阿南がやって来た。
「おい君、なんなんだねその格好は。早く行くよ」
俺は自分の意思とは無関係に文麿と阿南に引きずられながら、通夜の執り行われる会場へと向かった。途中、路上の傍らに停まっていたタクシーに三人は乗り込んだ。
「おい、通夜はどこでやるんだよ」
俺が後部座席からそう聞くと、助手席に座っていた文麿が、
「この先にある山だよ。あと二十分程度で着くからおとなしくしたまえ」
と答えた。俺らは文麿の言った通り二十分ほどタクシーに揺られながら会場に到着した。通夜には町から駆けつけてきた人たちが多く集まっていた。その人の数が早川さんの人望の厚さを物語っている。
「俺の時はどのくらいの人が来てくれるかな? 今日は通夜 山は賑やかお祭り騒ぎ」
と、心の中でチキンライスの字余り過ぎる替え歌を口ずさんでいた。
文麿と阿南は集まってきた人たちへ挨拶しにまわっている。俺はそれを見ながら社交辞令の真骨頂だなと思わざるをえなかった。俺はひとり、少し離れた場所にあった公園のベンチで休憩することにしたのだが、疲労感から極度の眠気が襲ってきたため、そのまま眠りについてしまった。
俺が起きた時にはもう通夜も葬式もすんでおり、ちょうど火葬が終わったところであった。
「いったい俺は何しにきたんだか…」
本当に時間の無駄だと思いつつも、とりあえず骨になった早川さんを見届けに会場と隣接する火葬場へ向かった。そこには早川さんなのか何川さんなのかわからない姿のアンデッドが横たわっていた。
「早川さん、スネ夫になっちまったな」
俺はその場を和ませるためにギャグを言おうとしたのだが、流石にそんな雰囲気でもなかったため黙っていた。だが、携帯にはそのギャグを下書き保存しておいた。
お骨拾いが始まったため、俺もやらされた。遺骨を拾う途中、金歯がないか探してみたが残念ながらなかった。しかし、何かしら貴金属が含まれているかもしれないと考えた俺は、人目を盗みながら、早川さんの口元あたりの骨を拾い、その骨を素早くズボンのポケットに忍ばせ、そそくさと先ほどの公園へと戻った。
翌朝、俺はローセキのかけらのような早川さんの骨をドロップの缶におさめて山を降り、そのまま家へは戻らなかった。
「おい、君!」
「あ、早川さん!もう遅いからおやすみ」
「うん」




