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孤影

俺は謹慎が解かれてから、特に大きな問題なく学園生活を送っていた。


もっとも、「デュークを殴った粗暴者」という不名誉な称号がついたために、俺に話しかけてくる者はほとんどいなかった。数人しかいないクラスでは、デュークとその取り巻き、婚約者とその友人たちでコミュニティが固まってしまっている。


男子合同の武術の時間では、俺は打ち合いの相手を見つけるのに苦労していた。俺の腕が飛び抜けていれば話は別だが、中途半端な実力が逆に孤立を深める原因になっていた。


「おい、俺とやろうぜ」


その言葉を投げかけてきたのは、入学式の日に俺に絡んできた男だ。確か、名前はダニエルと言ったはずだ。


「ありがとう」


素直に礼を言い、俺は打ち合いを始めた。


それ以来、ダニエルは声をかけてくれるようになった。俺にとってはありがたいことだが、彼の立場が気になる。


「俺にあまり構うなよ。仲間だと思われるぞ」


他の高位貴族に近づくチャンスを自ら捨ててまで、俺と関わる必要はないはずだ。そんな馬鹿げた選択をする彼に、何の得があるのだろうか。


「いいんだよ。俺は子爵家の三男だからな。父上は王宮で働いているが、俺がどうなるかはわからない。家督は長男が継ぐし、二番目の兄と器量のいい姉もいる。だから、俺はあまり期待されてないんだ。むしろ、ランドのところで働けないかなって思ってる」


ダニエルは笑っていたが、どこか寂しげだった。


「ま、考えておくよ」


俺はぶっきらぼうに返事をしたが、彼の嬉しそうな顔を見ると、本当に頼ってもいいかな、と思った。


ダニエルが俺と関わることで、彼の周りの友人たちは少しずつ離れていったようだが、彼自身は「父に仲良くするように言われただけさ」と笑って気にしていない様子だった。


そうして平和に時が過ぎ、春になった。まもなく、俺たちは2年生に進級する。


進級と同時にメインヒロインであるユーリが転入してくることになっている。彼女は地方の平民として育ったが、実は男爵家の隠し子で、彼女の母の死を知った男爵が養子として迎え入れた。


そんな噂が学園内でも話題になっていたある日、突然の知らせが俺に届いた。


「バルサバ辺境伯が雪崩に巻き込まれた」


「え?」


突然マキシムから告げられた報告に、俺は耳を疑った。


「詳細は不明だ。とにかく、すぐにタウンハウスへ戻れ」


動揺しながらも俺は急いでタウンハウスに帰ると、いつも冷静なローニーまでもが取り乱していた。


「ラトランド様、お帰りなさいませ。父様が雪崩に巻き込まれたという報告が・・・」


「詳細は?」


「それが、詳しい情報はまだ届いておりません。ただ、雪崩に巻き込まれたのは一昨日のことのようです・・・」


手渡された手紙には、父が雪崩に巻き込まれたという報告だけが簡潔に書かれていた。それ以上の情報はない。


「・・・くっ!」


俺は顔を顰めた。


「早馬を借りる」


「ラトランド様!?」


「父上が生きている可能性はほとんどない。俺は領地に戻らなければならない」


「ですが、学園はどうされますか?」


「退学になるだろう。それでもやるしかない」


俺は決意を固めた。ローニーも理解し、すぐに早馬の準備を始めた。


「すまない、ありがとう」


「お任せください。学園の手続きは私が進めておきます」


こうして俺は、必要な準備を整え、領地へ向けて駆け出した。


途中、何度か馬を交換しながら、来る時には6日かけた道のりを丸1日で走破した。


屋敷に着くと、慌ただしい空気が漂っていた。扉を開けた瞬間、俺の名を呼ぶ声が響く。


「兄上!」


声の主は、弟のエリオットだった。


「リオ!」


俺は駆け寄り、すぐに父の安否を尋ねる。エリオットは無言でかぶりを振った。


「さっき、運ばれてきたよ・・・」


その顔には混乱と不安が浮かんでいる。


無理もない。俺だって、父の突然の死にどう対処すべきか、まだ整理がついていない。


「大変なことになったな・・・」


「うん・・・僕、どうしたらいいのか、わからないよ・・・」


エリオットの声には、弟としての無力感がにじんでいた。彼は若干12歳。俺とは違い、前世の経験もない。これから俺が彼を支え、導かなければならない。


「大丈夫だ、リオ。俺に任せておけ。今は母上のそばにいてやってくれ。それが一番の役割だ」


「・・・わかった、兄さん。頼むよ」


エリオットと共に父の元へ向かうと、取り乱した母、母の叫び声が耳に飛び込んできた。


「ランド!」


母は父を深く愛していたし、父もまた母を心から愛していた。数日前に見送った最愛の夫と、このような形で再会するなど予想していないだろう。


「母上、落ち着いてください。何が起きたのか教えてください」


「アルジーが・・・アルジーが!」


俺は涙に暮れる母にそっと肩に手を置きながら、執事長のフェルナンドに状況を尋ねた。


「閣下は雪害の調査に向かう途中、雪崩に巻き込まれました。従者の一人が自力で脱出し、救助を求めたものの・・・旦那様はその場で息を引き取られました」


「護衛や従者たちは?」


「生存者はその従者一名のみ。他の方々は・・・残念ながら」


俺はフェルナンドに、さらなる捜索を命じた。


「どうして!アルジーを守れなかった者など、許せません!」


「母上、父上を守れなかった従者たちを責めるつもりはありません。雪崩という自然の猛威を前に、彼らは最善を尽くしたのです」


母は俺の言葉を聞き、再び泣き崩れる。


フェルナンドに葬儀の手配など簡単な指示を出し、俺は執務室へ向かった。父の死を知らせる手紙を書くためだ。


執務室に入るのは子どもの頃以来だった。中に入ると、机と主を失った椅子が目に入る。父がそこに座って笑っていた光景が、ありありと浮かび、思わず涙がこみ上げた。


涙をなんとかこらえながら、俺は筆を走らせる。


手紙を書き終えた頃、扉がノックされる。返事をするとフェルナンドが静かに入ってきた。


「これからのことを話し合いたいが、その前に、フェルナンドはこれからも俺に付き従ってくれるか?」


俺は単刀直入に尋ねた。


「もちろんでございます」


その声には微塵の迷いもなく、いつもの冷静さがあった。長年、我が家に執事として仕える彼の態度は、ただの執事というより、この家を支える重要な存在だと改めて感じさせる。


「ありがとう。これから忙しくなるが、よろしく頼む」


俺はフェルナンドとしっかりと視線を交わした。


翌朝、食堂に向かうと、母とエリオットが席に着いていた。俺はすぐに話を切り出した。


「母上、リオ。聞いてほしい。葬儀が済んだら、俺が父の跡を継ぎます」


2人は驚いて顔を上げた。


「学園はどうするの?」


母が聞く。


「学園は中退します」


「そんな・・・!」


母は声を上げた。


「では、3年間、母上がバルサバ家を守れますか?」


母は悲しそうに目を伏せた。


一般的に女性が領主として治める例は少ない。母は元侯爵令嬢とはいえ、治世に関しては未経験であり、女性である。俺以上に苦労するだろう。


「俺は社交界に出ていないし、婚約者もいません。だからこそ、母上にはバルサバ家の女性として、社交界で立場を保っていただきたいのです」


これは、バルサバ家のためだけでなく、最愛の夫を失った母に新たな生きがいを見つけてほしいという思いも込められている。


「わかったわ。でも、ランドは本当に大丈夫なの?」


「昨日、フェルナンドとも話をして、サポートしてくれると約束してもらった」


「それなら安心できるわね」


「僕も兄上を手伝うよ」


俺と母のやり取りを聞いて、エリオットが手を挙げた。その意気込みは嬉しいが、彼には別の役割を果たしてほしい。


「リオ。お前は予定通り、騎士学園に入学するんだ」


「えぇ!家が大変なのに、僕だけ騎士学園に通うなんて無理だよ!」


「確かに、今この家は不安定だ。俺が父の跡を継ぐといっても、納得しない者も多いだろう。特に騎士たちがクーデターを起こせば、ひとたまりもない。だからこそ、お前はこの家がどうなっても生き残れるよう、しっかり学んでほしい。もちろん、俺はこの家を守る。もし、卒業後にまだ俺がここに立っていれば、一緒に支えてほしい」


「兄上・・・兄上だって学園を卒業していないのに・・・」


「俺はいいんだ。こう生きると決めたから。それに、こうなったのは俺の判断ミスでもある」


エリオットは涙を浮かべながら、静かに頷いた。


「さぁ、朝食にしましょう。父上の葬儀もあるし、母上もリオも、これから忙しくなりますよ」


俺は少し沈んだ空気を和らげるように、明るく言った。


3日後、父の葬儀がしめやかに行われた。配下の貴族や多くの領民が参列し、父がいかに慕われていたかがよくわかった。棺が墓に収められ、祈りを捧げる時、ついに俺の涙が頬を伝った。


葬儀の翌日、俺はバルサバ家に連なる主だった10人の貴族たちと向き合った。


「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。バルサバ領特別会議を始めます」


議長であるリシュアン・コックス侯爵が会議の進行を始めた。


「先日、アルジー・バルサバ辺境伯が不慮の事故で亡くなられました。本日は、その後継者を決めるための会議です。まずは、辺境伯のご子息、ラトランド様から発言をお願いします」


リシュアンの言葉を受け、俺は立ち上がった。


「皆さん、父の葬儀に参列してくださり、またこの会議にご出席いただき、心より感謝申し上げます。私は父・バルサバの長男、ラトランドです。今後のバルサバ領の運営についてですが、私が父の跡を継ぎ、辺境伯としてこの地を治めていく所存です」


俺が発言した瞬間、会場はざわついた。すでに予想されていたことだろうが、実際に聞くとまた別だ。


「皆さんの不安は理解しています。私は社交界デビューもしておらず、現時点で国王陛下から辺境伯として認められる可能性も低い。そのため、祖父であるマーカス・バスカブル前侯爵に辺境伯代理をお願いしたいと考えています」


俺はリシュアンを見やり、採決を促した。


「何か異議がある方は、挙手をお願いします」


何人かが物言いたげだったが、誰も手を挙げなかった。


一般的に爵位継承者は、よほど能力が劣らない限り、長男もしくは長女の婿となる。俺が爵位継承者となることは問題ない。


また、バスカブル家はバルサバ領でも力を持っている。彼らに反発できる家は少ない。


「それでは、バルサバ領はラトランド・バルサバを次期辺境伯とし、マーカス・バスカブル前侯爵を後援として認めることで決定します。以上」


リシュアンが宣言すると、貴族たちは次々と退席していった。俺は玄関まで出て彼らを見送る。


俺のことを好意的に見る人は多くなかったが、俺は気にしなかった。突然現れた俺が、すぐに全員から歓迎されるとは初めから思っていない。


「ランド。よくやったな」


「おじいさま、ありがとうございます」


全員が退室した後、後援を引き受けてくれた祖父、マーカスに深く感謝した。


叔父である現バスカブル侯爵にも手紙を書き、祖父には社交界デビューまでの3年間、辺境伯代理をお願いしていたのだ。祖父は快く引き受けてくれた。


「なに、かわいい孫のためだ。いくらでも働くさ」


祖父は笑っていたが、すぐに真剣な表情に戻った。


「だが、3年後は違うぞ。少々のひいき目があったとしても、皆を納得させるための実力を示さねばならぬ」


「もちろんです」


俺は祖父の言葉に力強く応じた。


「いい顔だな」


そう言って祖父は俺の頭をくしゃっと撫で、屋敷を後にした。

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デュークってだれぇ?ケビンじゃないのぉ? 最初ただの噛ませ犬みたいな絡み方をしてきたくせにダニエル良いやつじゃねぇか。でもこれ退学しちゃったけど残されたダニエル可哀想じゃね? 辺境伯であるバルサバ…
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