1 椿荘の住人たち
毎日暑い日が続く7月。住宅街の一角に5人用のシェアハウス『椿荘』がある。3階建ての小さな庭つき一軒家だ。1階には共同スペースのリビングやキッチンなどがあり、2階には3つの個室、3階には2つの個室とテラスがある。庭先では黒髪短髪のあご髭を生やした男が額に汗をかきながら掃除をしている。男はシェアハウスのオーナーの椿啓吾だ。レインボーカラーのTシャツとベージュの半ズボンを履き、腰に小さなレインボーフラッグを差している。ケイゴは掃除を終え、家の扉の横にあるポーチライトにレインボーフラッグを差しこむ。
「これでよしと!」
ケイゴは腰に手をあてレインボーフラッグを満足そうに見つめている。すると玄関の扉が開き、エプロンをつけた赤毛の男が麦茶の入ったグラスを持って出てくる。201号室の住人、紫藤充希だ。
「ケイゴさん、おはようございます」
ミツキはそう言って軽く会釈した。
「おはよう」
ケイゴは笑みを浮かべて答えた。ミツキは持っていた冷たい麦茶をケイゴに渡す。
「お掃除ありがとうございます。ほんとは俺たちがしなきゃいけないのに」
「いいんだよ。どうせ暇だし。それにかわいいミチュキにも会えるしな!」
「朝ごはん作ったんですけど、よかったら食べていきますか?」
「もちろん! それが第2の目的だったりする」
ケイゴは冷たい麦茶をいっきに飲み干し、笑顔で言った。
「喜んでもらえるならいつでも作りますよ」
ミツキはそう言って微笑んだ。
「かわいいやつめ! そうやって数々の女を落としてきたんだな!?」
「そんなことで誰も落ちませんよ。それじゃ、支度しますね」
ミツキがそう言って、家の中に入ろうとしたとき、黒髪の目つきの鋭い男が庭に入ってくる。203号室の住人、久龍翔だ。ミツキがカケルに気づいて声をかける。
「おかえり!」
「ああ」
カケルは無愛想に答える。
「カケル! なんだそのそっけない返事は!? ミツキがかわいそうだろう?」
ケイゴがすかさず言った。カケルはケイゴに目も合わせず横を通り過ぎ、ポーチライトに差してあるレインボーフラッグを抜く。
「あ!」
ケイゴが思わず声を出した。カケルが振り返り、ケイゴに向かってフラッグを放り投げながら言う。
「ここに飾るなって言ってんだろ。糞投げつけられたいのか」
「そんなやついないって」
「そんな確証どこにある」
にらみ合うケイゴとカケルを遮るようにミツキが割って入る。
「カケル、カケルも朝食食べるよね? 用意していい?」
「ああ、ありがとう。さっと風呂入ってくる」
「うん、わかった」
カケルはミツキの横を通り過ぎ、中へと入っていく。ケイゴはそのようすを見ながら言う。
「大丈夫か? あいつ」
「え?」
「なんか疲れてんじゃないか?」
「仕事帰りはいつもああですよ?」
「仕事、変わった方がいいんじゃないか? トラックの運転手だっけ?」
「うん。俺もそう言ったことあるんですけど、人付き合いが嫌いだから自分には合ってるって言ってました」
「そうか……。でも小型トラックの運転手とかなら昼間の仕事になるんじゃないのか?」
「まあ、そうですね。でもそれだと給料は下がるし、お客さん宅に直接配達に行ったりしなきゃだめになるから嫌みたいです」
「なるほどな。一応は考えた上なのか」
「昼間の仕事で条件のいい仕事が見つかればいいのにとは俺も思いますけどね」
「そうだな」
「あ、中で話しましょうか」
「そうだな」
二人はそう言って中に入っていった。ケイゴは持っていたレインボーフラッグを玄関のシューズボックスの上に飾った。ミツキはキッチンに向かい、料理を器に盛りつける。ケイゴはダイニングの椅子に腰かけ、テーブルに肘をついてミツキのようすを微笑ましそうに見つめている。そのとき、ドタドタと大きな足音がして、茶髪の男が慌ただしく階段を降りてくる。202号室の住人、緑河斗夢だ。寝ぐせのついた髪に、ミントグリーンのTシャツを裏返しで着ている。
「やばい! 遅刻するー!」
トムはバタバタとキッチンとリビングを行ったり来たりしている。そのようすを見ていたミツキが声をかける。
「トム、寝ぐせついてるよ? それに服が裏返し」
トムは頭を触り、Tシャツを見る。
「え!? あ、ほんとだ! やばい、やばい!」
トムはそう言って風呂場へと走っていく。ミツキは慌てて声をかける。
「トム! 今はカケルが――」
しかし、遅かった。
「な、なんだおまえ!」
「ごめん! 急いでるの! 髪ちょっと濡らすだけだから!」
風呂場で言い合っている声がキッチンまで聞こえている。ケイゴとミツキが顔を見合わせる。
「朝からにぎやかだねえ」
ケイゴが笑みを浮かべながら言った。
「あとで注意しとかないと」
ミツキは呆れたようすでつぶやきながらケイゴの前に朝食を並べる。ケイゴは目をキラキラとさせて朝食を眺めて言った。
「おおー! 今日もおいしそうだ! いっただっきまーす!」
「どうぞ」
ケイゴはみそ汁をすすり、目を閉じて味わっている。ミツキはそのようすを横目で見てフッと微笑み、他のみんなの分の朝食をテーブルに並べている。そこへカケルとトムが戻ってくる。
「だいたいな、遅く起きたおまえが悪いんだろ!」
カケルが不機嫌そうにトムをにらみながら言う。
「わかってるよ。悪かったって……でもそんなに怒ることないじゃん……」
トムが視線を落とし、むくれる。カケルがそのようすを見て言う。
「おまえ、反省してないだろ」
「してるよ! でも温泉だってサウナだって一緒に行ったことあるのになんでそんなに怒るの?」
トムは納得できないと言わんばかりの顔をしてカケルを見ている。そのようすを見ていたミツキがトムに言う。
「トム、了解してないのに勝手に入ったらだめだよ」
トムははっとしたようすでカケルを見る。
「そっか、ごめん。そうだよね」
「わかればいい」
カケルはそう言って、グラスに水を注ぎ、ひと口飲んだ。トムは安堵の表情を浮かべて微笑んだ。そして食事を終えたケイゴが箸を置き、麦茶を飲み干し、手を合わせる。
「ごちそうさまでした。よし、無事に仲直りできたし、みんな揃ったから伝えるな」
ミツキたちはケイゴを見る。




