20 これも、やっぱり【セオリー】ってヤツ
(2)
その後、しばらくして、
――ザッ、バーッ……!!
と、水を滴らせながら、パク・ソユンとドン・ヨンファのふたりは、暗闇の海から上がった。
水の、穏やかになった間隙の岩場に、いったん身を置いて。
「ハ、ハァッ……!! ハァ、ハァッ!! しっ、死ぬかと、思ったぁ……!! ハァ、ハァ……!!」
ドン・ヨンファが、両手両ひざをついて、息を荒げながら言った。
顔面蒼白で目を見開いており、まさに、死にそうな顔といった表現が合っているだろう。
まあ、真っ暗闇の中を――、それも30メートル以上の高さから海面に向かって降下し、何とか着水してからも、上下の空間認識を失いかねない海中である。
死ぬかと思ったのも、無理はない。
そんな、ドン・ヨンファとは対照的に、
「まあ、良かったじゃん。これで、おしっこ漏らしたのも、洗えたじゃん」
「そっ、そこじゃ、ないでしょが……、ハァ、ハァ……」
と、隣の相方のパク・ソユンだが、こんな状況でもケロッとしていた。
そのようにしながらも、岩場に上がってから、ふたりは少し落ち着いてくる。
そうすると、次にすべきは状況の把握と整理である。
「そっ、それで、さ……? ソユン?」
「ん? 何?」
「何って……、いや、いったい? 何なんだろうな? あの……、さっきの、グロテスクな、クリーチャーみたいなの?」
「さ、あ?」
「だ、だって……、間違いなく、幻覚とかじゃ、ないだろ? そっ、ソユンも、間違いなく見ただろ?」
「うん。……まあ、ふたりとも、“同時に同じ【幻覚】を見た”んじゃないかと言われれば、それまでだけど」
「ま、まあ、それはそうだけど……」
と、ドン・ヨンファは、そこは確かにな、と思いつつも、
「と、とりあえず……、僕たちが見た、その、【異形のモノ】――っていうのかな? この、異形のモノたちが、【幻覚“ではない”】との前提で、話を進めよう」
「うん」
と、パク・ソユンも頷いて、ドン・ヨンファのいう前提に同意する。
また、ドン・ヨンファが続けて、
「そう、すると……? あの、【異形のモノ】たちってのは、【何物】なんだろうな?」
「……」
「島の、どこから、現れてきたのか……?」
「……」
と、疑問を列挙するドン・ヨンファに、パク・ソユンは無言で耳を傾け、
「それで……、僕たちに、“した”みたいに……、この島の、招待客たちを襲っているの、か――」
と、ドン・ヨンファはそこまで話しながら、途中、言葉をつまらせる。
すると、
「――それとも、招待客たちが、【アレ】に変えられたか」
と、パク・ソユンが【何か】を察したのか、その続きを言葉にした。
その言葉に、
「……」
「……」
と、ふたりは、互いに沈黙を挟む。
…………、…………
沈黙を破って、
「うっ、嘘……、だろ……?」
と、ドン・ヨンファが、半ば絶句するように言った。
「まあ、仮説よ――。アンタも、“そう”、言おうとしたんじゃない?」
「ま、まあ……、そうだけど……」
と、ドン・ヨンファが答える。
ただ、【この仮説】は、できたら言葉にしたくはなかった。
多くは、知らない他人ではあるものの、昨夜、同じパーティに居合わせたばかりの人たちである。
【人間】――、なのである。
それが、“あのような”、惨たらしくもグロテスクな姿に変えられてしまったなど、とは――
確かに、想像したくはないことである。
そのように、何とも、気味の悪くも悍ましい仮説に、
「し、しかし……! も、もし、そうだとしたら……、それはいったい? どんな力で? そして、僕たちが、まだ“そうならない”でいるのは? もしかして、主催者の、【X財団】とやらが、これに関与しているのか?」
と、恐怖や混乱、さらには訳の分からぬ興奮やらが混じりながら、ドン・ヨンファは慌てて、パク・ソユンに対しいっぺんに質問をした。
「そんな、いっきに聞かれても、分かんないわよ」
「そ、そうだよなぁ……」
「まあ、『主催者が何かしらの関与をしてる』――、ってのが、こういう場合の【セオリー】っぽいけど」
「セオリー、ねぇ……」
と、ここで、いったん会話は切れる。
ひと呼吸おくようにして、間を挟む。
そして、
「――と、いうわけで、さ? さて? どうする、かな?」
と、パク・ソユンが、核心かつ喫緊の課題を言葉にした。
「確かに……、このまま終わり――、じゃ、なさそうだよな」
「うん。そうでしょね。たぶん、このままじゃ、この島から、脱出できないんじゃない?」
「そ、そんな、」
ドン・ヨンファは、一瞬だけ、絶望的な表情になりかけるも、
「まあ、でも……、普通に考えて、そうだよな」
と、そこで“沈み込まない”ように、何とか気持ちを保った。
そうしないと、冷静さを失い、事態は余計に悪いほうに転がってしまう予感がしたからだ。
あくまで、SPY探偵団のメンバーのふたりである。
暇を持て余した、有閑的な探偵サークルのような訳のわからない活動をしているものの、【奇怪な事件】というものを、そこそこ扱ってきたことは確かである。
その中で、窮地や、修羅場といった危機的な場面を乗り越えてきたことも、少なくはない。
ゆえに、そのように、メンタルを保つこともできるのだろう。
「とりあえ、ず……、スマホは、壊れてない、か――」
ドン・ヨンファは、取り出して確認してみる。
そこで、“すべきこと”、“できること”はというと、『しかるべき救助が期待できる相手』に連絡することだろう。
ただ、
「ロウンに、掛けてみるよ」
「う、ん……」
と、通話しようとするドン・ヨンファに頷きながら、パク・ソユンは、【何かの予感】がした。
その間も、ドン・ヨンファはスマホを発信する。
しかし、
――プル、ルルル……、プル、ルルル……
と、10秒ほど経っても、ドン・ヨンファのスマホのほうから聞こえるのは“その音”だけだった。
「つながら、ないよ……」
ドン・ヨンファが、焦り始める顔で、パク・ソユンのほうを見る。
「……」
パク・ソユンは、ジッ……と、無言である。
ドン・ヨンファは、
「っ……!」
と、まだスマホの操作をやめない。
たまたま、カン・ロウンは、電話に出れないだけかもしれない。
次は、チジミ屋台のオッサンのほうの、キム・テヤンに電話をしてみる。
だが、
――プル、ルルル……、プル、ルルル……
と、先ほどと同じく、待機音が鳴るばかりで、いっこうに電話に出る気配がなかった。
「やっぱり、テヤンも出ないんだけど、」
「……」
ますます険しい顔で訴えるドン・ヨンファだが、パク・ソユンは、まだ無言のままである。
それから、ドン・ヨンファはSPY探偵団とは仲が悪そうだが、持ちつ持たれつの刑事こと、マー・ドンゴンたちや、はたまた自分の会社の人間など、期待できそうなところに電話を試みるも、そのどれもがつながることはなかった。
「電話が……、まったくつながらないよ、ソユン……」
ドン・ヨンファが、さすがに心が折れた様子で言う。
「……」
パク・ソユンは、変わらずに、無言のままである。
それを見て、「何か、反応を返してくれよ……!」と、ドン・ヨンファは少し憤って言おうと思った。
そのとき、
「――これも、やっぱり【セオリー】ってヤツなんじゃない?」
と、ようやくのことで、パク・ソユンが口を開いた。
「えっ――?」
ドン・ヨンファが反応する。
ただ、ポカン――とした表情をしているも、パク・ソユンの言の意味することは、“察して”しまった。
「たぶん、このまま電話は通じることないわ――」
「うっ、嘘……、だろ?」
絶句するドン・ヨンファ。
パク・ソユンが、ジッ……と、見て言う。
「恐らく、このまま、誰かの助けを期待することはできない――」
「……」
「つまり、私たちで、この島を調べて……、それで、問題を解決するより他ないでしょ」
「な、何だって――!?」




