ユニコーンの里にてエルダとワシと。
やがて空が白み始めた頃、二人はユニコーンの里に着いた。
カストルは里を見下ろせる小高い丘までエルダを乗せたまま歩いていくと、そこで足を止めた。
「……着いたで……」
エルダが背から降りる。
二人は並んで丘の上に腰を下ろした。
まだ夜の名残を残した里は、薄い靄の向こうに沈んでいる。
東の空が少しずつ明るくなるにつれて、麦畑が淡い金色に浮かび上がり、やがて家々の屋根や、里の中央に建つ小さな城の姿が見えてきた。
城の屋根では、見慣れた紋章旗が朝風を受けて、今日もへんぽんと揺れている。
何も変わっていない。
いつもと同じ里。
いつもと同じ朝。
けれど、カストルの隣には、今までいなかった女性がいる。
エルダは遠くに見える城を眺めながら、ぽつりと言った。
「……ここが、あなたの故郷なのね」
「おう」
カストルは胸を張った。
「ワシの故郷で、これからはお前の故郷でもあるんじゃ」
「……気が早いわね」
そう言いながら、エルダの口元には小さな笑みが浮かんでいた。
やがて朝日が丘を照らし始める。
「ほいじゃ、行くか」
「ええ」
二人は立ち上がり、丘を下った。
*
まず向かったのは、里の中央にある小さな城だった。
城門をくぐり、広間へ入る。
そこにいたユニコーン族の王――カストルの父親は、息子の姿を認めるなり、目を見開いた。
「……カストル?」
「おう! ただいまじゃ!」
「……」
王の視線が、その隣に立つエルダへ移る。
そして、もう一度カストルを見る。
「……お前、本当に嫁を連れて帰ってきたんか」
「ほうよ!」
カストルは得意満面に胸を張った。
「こちらが、ワシの愛するエルダじゃ! どうじゃ! 別嬪じゃろう!」
「お前は……まだ、そんなふざけた言い方しか出来んのか」
王は小さくため息をつき、エルダへ向き直った。
その瞬間――
「初めまして。エルダ・アッシュフォードと申します。カストル様とご縁をいただき、こうしてお目にかかることができました。どうぞ、よろしくお願いいたします」
そう言って、エルダは優雅に腰を落とした。
「……」
カストルが固まった。
(……なんじゃ、今の!?)
王も一瞬目を見張ったが、すぐに表情を改めた。
「……アッシュフォード?」
「はい」
「もしや、マルカム・アッシュフォード殿の娘か?」
「父をご存じなのですか?」
「ああ。名は聞いている。腕の立つ騎士だったそうだ」
「まあ……」
エルダが嬉しそうに微笑む。
「父のことをご存じでいらしたのですね」
「それにしても……そうか。マルカム殿の娘ということは――」
王はエルダの顔を改めて見た。
「アニエス殿の娘でもあるのか?」
「はい」
「なるほど……」
王が小さく頷く。
その横で、カストルは目を丸くしていた。
「ちょ、ちょっと待て」
「ん?」
「エルダ、お前……なんでそがいなことできるんじゃ?」
「何って……挨拶でしょう?」
「いや、挨拶て……。ワシ、そがいなエルダ見たことないんじゃが……」
エルダは少し首を傾げた。
「母に仕込まれたのよ」
「お母さんに?」
「ええ。母は元伯爵家の三女なの」
「…………は?」
カストルの目が点になった。
「伯爵家ぁ!?」
「……カストル」
長が呆れたように息子を見る。
「お前は何も知らんかったんか」
「知らんかったわい!」
エルダはそんな二人のやり取りを見て、くすりと笑った。
「母のことなら、帰ってからゆっくり話してあげるわ」
「……お、おう」
すっかり面食らったカストルを横目に、長はエルダへ向き直った。
「そういえば、まだ名乗っておらんかったな。ワシはハルコン。この里を治める、ユニコーン族の王じゃ」
「エルダさん」
「はい」
「息子が世話になったようだ」
ぶっきらぼうな言い方だった。
けれど、その目には隠しきれない喜びが浮かんでいる。
「よく来てくれた。歓迎する」
「ありがとうございます」
エルダがもう一度、丁寧に頭を下げる。
その横で、カストルがにやにやしていた。
「親父、嬉しいんじゃろ?」
「うるさい」
「顔に出とるで」
「うるさい言うとるじゃろうが」
王は息子を睨みつけた。
しかし、その口元はほんの少しだけ緩んでいた。
*
城でひと息ついた二人は、さっそく里を歩いてみることにした。
麦畑の間を抜け、家々の並ぶ通りへ出る。
すると――
「カストルじゃ!」
「帰ってきたぞ!」
「おい、あれ誰じゃ?」
「女じゃ!」
「まさか……嫁か!?」
一人、また一人とユニコーン族が集まってくる。
みな人の姿だ。
あっという間に、二人の周囲は人だかりになった。
「いつ帰ってきたんじゃ?」
「その人間のお嬢さんは誰なんじゃ?」
「本当に嫁さんなんか?」
「どこで知り合うたんじゃ?」
「どうやって口説いたんじゃ?」
「お前ら、いっぺんに聞くなや!」
カストルはもみくちゃにされながら苦笑いする。
だが、領民たちはお構いなしだ。
エルダはそんな様子を眺めながら、くすりと笑った。
「ずいぶん人気者なのね」
「人気者っちゅうより、からかわれとるだけじゃと思うがの……」
カストルが遠い目をする。
そのとき、一人の若い男がエルダの姿を見て、首を傾げた。
「しかし……この人が剣を使うって?」
「ええ」
エルダが答える。
「私は剣士よ」
「いやいや、剣士っていうから、もっとこう……怖い人かと思っとった」
「私が?」
「ほら、俺でも勝てそうな――」
「試してみる?」
「……え?」
エルダがにっこり笑い、男の腕を取った。
次の瞬間――
「うわっ!?」
男の身体が宙を舞った。
あまりにも一瞬の出来事に、周囲が静まり返った。
やがて――
「……すげえ」
「何をしたんじゃ?」
「見えんかったぞ」
「カストル、お前より強いんじゃないか?」
「知っとるわ!」
カストルが即答する。
少し離れたところで、その様子を見ていた王は、腕を組んだままエルダをじっと見つめていた。
「……なるほど」
「親父?」
王はエルダのもとへ歩み寄る。
「エルダさん。一つ頼みがある」
「何でしょう?」
王は周囲の男たちを見回した。
「我々ユニコーン族は、人の姿になると本来の力を十分に発揮できん。
だが、危機に陥ればユニコーンの姿になればいい。そう考えておった」
ハルコンは、エルダへ視線を向ける。
「しかし、あれを見てしまうと、我々も、人の姿で身を守る術を身につけるべきだと気がついた」
「もしよければ、我々に剣術を教えてもらえんだろうか」
「私でよければ、お引き受けします」
エルダは迷いなく答えた。
「おお!」
周囲から歓声が上がる。
「明日から頼めるか?」
「ええ。もちろん」
「本当か!」
男たちがざわめき始める。
その横で、カストルは満面の笑みを浮かべていた。
「さすがワシの嫁じゃ……」
「あなたもよ」
「へ?」
「あなたにも、ちゃんと鍛錬してもらうから」
「……」
カストルの笑顔が固まった。
*
翌朝。
まだ朝露の残る庭で、エルダは木剣を手に立っていた。
「では、始めましょう」
「よろしく頼みます!」
集まったユニコーン族たちが、一斉に木剣を構える。
少し離れたところでは、カストルが頬杖をつきながら、その様子を眺めていた。
「エルダ、今日も綺麗じゃのう……」
完全にデレている。
その姿を見た父親は、無言で木剣を一本拾い上げた。
「カストル」
「ん?」
振り向いたカストルの胸元に、木剣が突きつけられる。
「お前も稽古してもらえ」
「……」
カストルは木剣を見つめた。
そして、エルダを見る。
彼女もこちらを見て、少しだけ笑った。
「……おう!」
カストルは嬉しそうに木剣を握りしめた。
その顔には、朝日に負けないほどの笑みが浮かんでいた。
――やがて、二人の間に女の子のユニコーンが生まれるのだが……それはまた、別の話。




