第2話 蘇りの力
早すぎる結末だった。「花骸」から生還した人間とはいえ、再発する可能性が無いとも言えなかった状況だから仕方ない。
「花骸」は死んでも血は出ない。その代わり黒い種を残して崩れて消えていく。消える時間は「花骸」の大きさによって変わってくるが、中々夏希の体は崩れない。
もう崩れてもおかしくない時間だった。一同はその様子を見ていた。
最初に気づいたのは美咲だった。夏希の手を掴んでいたから分かる。さっきまで冷たくなっていた手は次第に温かさを取り戻していた。微かに手が動いた瞬間…
美咲:夏希!
と夏希を抱きしめていた美咲。夏希は目を覚まし起き上がる。
夏希:僕は確か…撃たれて。
その時夏希は思い出す。自分が初めて感染して「花骸」になりそうになった時のことを。確かあの時も似たような声を聞いた気がする。
(…、消費しますか?)
…命、の部分があまり聞こえなかったが了承した。その時、「花骸」から人間に戻れた。僕が撃たれて死んだ時も聞こえたんだ。
(…命、消費しますか?)
…命、消費しますか?
命を消費するというのは何なのだろうか。人間の命は一つしかない。一つなくなれば死ぬのに消費したらどうなるのだろうか。…命、消費する。夏希は一つの答えにたどり着く。
夏希:そうか、僕は死ぬかわりに「寿命」を消費していたのか…
夏希は思い出し終わった時には少し汗をかいていた。一気に寿命を消費したこともあり目眩を起こしていた。夏希以外は何が起こったのか分からず、これが「特異点」と言わざるおえない状況になっていた。
その後、夏希は医療班に運ばれ深山隊のメンバーは事情徴集を受けた。今回の件に関しては菊地仙道の謹慎のみとされ終わった。
医療班が撃たれた頭を診るが、傷一つなく、X線検査でも異常な部分は無かったと言われた。
部屋に戻る夏希は少し震えていた。死を体験したこと、仲間だと思った人に殺されたこと。確かにこのユーカリの力は今までの常識を大幅に変えるものなのは理解している。
だからこそ、菊地仙道は自分達の置かれてる状況をみて判断したのだろう。彼らは自身の花の力を使うと体が侵食される。
侵食度が1%から80%に行ったら止める必要がある。力を止めると徐々に侵食が解けて1%に下がっていくが、夏希ミユにそんなものはない。
「花骸」から生還した人、それは侵食を乗り越えた人ともとれる。彼らが必死に自分の体力を減らしながら戦うのに、一人だけそうじゃない。
その一人だけ違う…というのが、チーム内で反発が起きるであろうと予測される。噂は想像をはるかに超えるほど早く広まる。
次の日、恐る恐る部屋から出る。今の時間は朝の4時。この時間帯はあまり人は起きていない。
だが外には警備している非開花者や訓練所では既に開花者達が訓練を始める音がした。夏希ミユは日が浅いことから訓練に参加するのはまだ後になるが、この事件があった事で当分接触を避けられている。
一人で食堂に行くが、今の時間はまだ仕込み中だ。気にしているだけだと思うが、食堂に行くときも食堂の非開花者達もジロジロ見てきている。
なんだろう、昨日までいい雰囲気だと思った空間がこんなにも息苦しくなるのは初めてだった。
夏希ミユは食堂を離れて居住区の図書室による。図書室は誰でも受け入れてくれると思ったから来た。
静かな空間で本を読む人、勉強をする人だっていた。だがその人たちがこちらを見るなり舌打ちをしてくる。近づいてくるな…と言っているようだった。
昼頃になった時、訓練を終えた開花者達が歩いてくる。非開花者達は敬礼して道を開ける。僕は目を合わせないように窓のほうに寄り、外の景色を見る。通り過ぎたときに深い息を吐く。
昼食は接触する可能性があるから、今日は止めておこう。開花者たちを避けて一人訓練所に向かう夏希ミユ。
訓練していた非開花者達は夏希ミユを避けていく。これはこれで都合がいい、一人で訓練するほうが夏希には合っていた。
寿命を失った分、体力は落ちている。訓練して補わなければいけない。夏希が訓練をしているだけで遠くから小さく罵声が聞こえる。
「開花者なんだからそんな事しなくてもいいだろ」
「代償の無い奴があの人たちと一緒の立場なの嫌すぎる」
「今すぐにでも出ていってほしい」
だけど夏希ミユに出ていく権利はない。夏希ミユは開花者であっても「花葬機動部隊」の兵士であっても発言権はない。実力も分からなければ能力の使い道も分からないのだから。
代償がない…か。代償は払ってる、死を体験して寿命を代償に生き返った。おそらくこの先の戦いでも何かを代償にしたりして戦うことになるだろう。
確かに外の視線から見たら僕は花に侵食されていない。彼ら(開花者達)が戦いながら侵食される中、汗を垂らすだけにしか見えないのだろう。
2時間ほど訓練した後、部屋に戻る。帰る途中売店に行って買い物をする。日用品と軽食を買って出る。
どうなのか分からないけど、こっちを見る人たちが僕の噂をしているのかもしれないと考えると…歩く速度が上がった。
好きで適応したわけじゃない、好きで開花者になったわけじゃない。数日前までは普通の人間だったのに…
椅子に座って頭を抱えている時、ドアからノックがあった。そこにいたのは美咲先輩だった。美咲先輩はドア越しで話す。
美咲:あのときは、守れなくて…ごめん。
菊地仙道の行動を同じ隊員だった美咲先輩は止められなかったことを謝っている。
夏希は謝られても分からない。美咲先輩の言葉を信じることができない。夏希が菊地仙道に床に押さえられている時も放心状態で助けを呼んですらしてくれなかった。
夏希がユーカリの能力で生き返った時も、あの目は…人間を見る目じゃなかった。あの目は恐怖していた目だった。
夏希:美咲先輩は何も悪くありません、気にしないでください。
夏希はドアを開けない、接触をさけるのもあるが今の状態で人に向ける顔を持ち合わせていなかった。
だから引き離すわけでもない。来てほしいとも言わない。そっとしててほしいと遠回しに言った事で美咲先輩はドアから去っていった。
何も知らない地で何も知らない場所でたった一人だけ僕を信用してくれていた美咲先輩。
自分でも分かってる、分かってると鼓舞するのだが、どうも力が入らない。本来なら顔合わせして訓練して、深山隊の開花者達で実戦に向かうスケジュールがあったらしい。
この一件でそのスケジュールは無くなり、1ヶ月の間、なるべく接触をしないようにしていかなければならなかった。
訓練所では木刀を何百回、何千回振っても心は落ち着かなかった。何度も息切れして倒れそうになるくらい走っても気持ちが変わるわけでもなかった。
開花者達は現場に特殊な車両で向かう。向かう際も警備の非開花者が施設の扉を開閉して敬礼していた。
本来なら僕もあそこに居たんだろうなと思い、窓から見ていたが警備の非開花者が見ているのに気づき、睨んできた。
そんなある日、いつもの様に訓練所で素振りと体力づくりをしていた時だった。深山隊が任務で花骸討伐に行って2日が経過した所で帰って来た。
だが様子がおかしい。門の前では既に医療班が待っていたのだ。居住区の隊員達も慌てていて、現場で何か起こったのかが分かった。※隊員(非開花者)
深山隊の車両が施設に到着後、医療班が深山隊の一人である帆十倉裕貴だった。彼は普段はヨレヨレしていてとても現場にいるような感じじゃないが、いざ戦闘になると人格が豹変して花骸を狩り尽くすバーサーカーになるらしい。
そんな帆十倉裕貴は血まみれで運ばれていた。隊員達は医療班の通る道を開けて様子をうかがっていた。
「あの帆十倉さんが負傷する相手なんて。」
「市民を庇ったのかな。」
「どちらにしろあの傷では…」
などと言っていた。僕も部屋の窓から見ていた。
ユーカリの力を使えばあの傷は治せるかもしれないと思ったが1ヶ月の接触禁止がまだ残っている。
助けたい気持ちはあるが、僕も同じ隊員である菊地仙道に殺されているからその場で動けず躊躇ってしまう。
ドアがノックされる。
「コンコンコン」
夏希:誰ですか。
美咲:ボクだよ、単刀直入に言うと頼み事がある。
美咲先輩がドアの前にいるらしい。だがその声は震えていた。
美咲:特例で医療室に来てほしい。
夏希:帆十倉さんのことですか?
美咲:うん。
夏希はドアを開け、医療室に向かう。廊下を歩いている際、美咲は夏希の顔を見る。あの時確かに目の前で殺されたのに生きている。
だけど自分の隣で歩いている姿を見ると胸が苦しくなる。ボクらの事がきっと怖い筈なのに、夏希に対するボクの信頼度なんて無い筈なのについてきてくれる夏希を見ると心が締め付けられそうに感じた。
医療室に行くなり、久しぶりに同じ光景を目にする。帆十倉裕貴は単なる負傷ではない。花の力を使うと侵食度が上がっていき、80%まで使うことを許されている。100%に達してしまうと身体が完全に侵食されてしまい「花骸」になってしまうからだ。
緊急時を想定して80%から90%になる残り10%は取っておく必要があったが、今回の現場ではそうも言ってられなかったらしい。
帆十倉裕貴の身体にはホトトギスの花が広がっていた。一見痛みがないように思われるが、花は栄養を欲する。花の栄養はその人の生命力だ。
帆十倉裕貴は全身にホトトギスが生えているので相当生命力を吸われているのだろう。本人も治療中に何度も暴れ出し、取り押さえられていた。
ガラス越しで治療を見ていたが、医療班の一人が「あと一歩で花骸化してしまいます」と言い、ネモはふらつき倒れる。夏希は一度経験しているから分かるが、生命力を底まで吸われる感覚は死んだ時よりも嫌なものだった。
美咲:夏希を連れてきたのには、理由があるんだけど…。
夏希は医療室に行く時に察してはいたが、こうも言われると自分は消耗品なんだと思われているんだと分かる。美咲先輩は僕のユーカリの能力「再生」を頼りにしているんだろうけど、代償がある事を言っていない。
美咲:帆十倉くんを治してほしい。
夏希:僕に治せるものなんでしょうか。
美咲:分からないけど、これしか頼れないの。
医療班も近づいてきてお願いする。真剣にお願いする者もいれば、小言で「早く力使えよ」と陰口を言う人もいた。
美咲先輩の震える手を掴み、起き上がらせる。
夏希:分かりました、全力は尽くします。
なぜだろう、僕自身はまだ抵抗があったのに承諾してしまった。少なくとも同じ隊員であっても、怖いし恨んでいた。
だけど隊員になったからには、自分の能力で助けたい…という正の心が負の感情に浸っていた僕を前に押し出したのだ。
医療室に夏希は入る。医療班からも「夏希さん、貴方の身体への負担が大きい可能性があります。無理をしないでください」と言われた。
無理をしないでって言われても、無理をしないといけない状況に追い込まれてるんだよなぁ…と夏希は思った。だけどこうやって心配してくれる人は少なからずいるって分かっただけでも気持ちが和らぐ。
帆十倉裕貴が昏睡する目の前に立ち、手に力を集中させ目を閉じる。自分の中のユーカリを手に意識させるが何も起こらない。
夏希:………。
もう一度力を込めてみるが花の侵食は止まらないどころか、どんどん「花骸」に近づいていく。
夏希:やはり…、使うしかないのか。
ユーカリの力を使う条件が分からないわけではない。代償にするという条件の他に発動する方法がないかと探っていたが、無いと悟る。
やはり治すには寿命を使うしかないのか。別に寿命じゃなくとも身体の代償を払えばいい、手っ取り早く後から支障が出にくい寿命を選んでいるだけだ。
かと言って自分があとどのくらい寿命が残ってるのかも分からないから使う時は慎重に使う。
侵食度が97%ということで、とても危ない状況だから50%以下に抑える。一旦寿命を1ヶ月分消費してみる。
あまり効果がないが侵食は止まった。止まったからといって下がるまでにはとてつもない時間がかかる。それでは痛みを堪えながら待たなければならないので体力が減ってどの道死ぬ。
ならば、もう3ヶ月消費する。すると97%から少し下がり92%まで減少する。だが呼吸は不安定で、死ぬ可能性はまだある。
8ヶ月分一気に消費する。これで大体1年分の寿命を消費した。するとどうだろう、帆十倉の顔色は先ほどに比べれば良くなった。呼吸も安定していき、侵食度も50%手前まで落ちていた。
そこからは医療班専門の仕事なので夏希は医療室から出る。
出た際に、美咲先輩の他に深山隊長・朽名参謀・烈桜副隊長・菊地仙道の開花者の隊員が全員立っていた。
夏希は深山隊長たちの顔を見るなり、少しドキッとしたが、すぐに落ち着いて医療区から出る。
深山:侵食を止める再生能力か、上層部が特異点と呼ぶ理由も納得がいく。
朽名:ですが再生をした後の彼の顔色は悪く、体力も使うことから燃費は悪そうですね。
烈桜:だが、帆十倉を助けてくれたのには変わりない。俺は仲間だと認めても良いんだがな。
菊地:しけた顔で気に入らねぇ。
美咲:(……夏希。)
深山は純粋に夏希の「再生能力」を称賛していた。朽名は称賛しつつ、力の使い道を考えていた。烈桜は夏希がどう言われようと元花骸だろうと友人を助けてくれたから仲間だと認めている。菊地は「再生能力」に腹が立っていた。
開花者は誰しも能力を発動しなくても1%は侵食されている。夏希は自分の再生能力が侵食に勝り、能力を発動していない時は純人間なのだ。
ただでさえ発動してなくとも侵食されて寿命が縮まってる開花者なのに1人だけ寿命がそのままなのに菊地は苛立っているらしい。
夏希は部屋に戻ると目の前のソファーに寝転がる。意識して寿命を削ると吸い取られる感覚が敏感になり、体力の減りを感じやすい。
顔から出る冷や汗が止まらない、心臓の鼓動は早くなる。まるで致死量のカフェインを摂取した後の様だった。
それから1ヶ月の接触不可期間が終わり、本格的に訓練に参加する資格がある夏希。一日目の朝がこんなにもシンドくて行きたくないと思ったのは残業代が出ないブラックにいた頃と同じ気持ちだ。
帆十倉裕貴を治療した後、開花者たちに会っていないが帆十倉が無事に回復したことは夏希の耳に届いていた。
初めての出勤、事務所に向かう夏希。ドアの取っ手の金属部分がやたら冷たく感じる。そっとドアを開けるが歓迎は無いようだ。誰もこちらを見ようともせず黙々と作業をしていた。
美咲先輩が気づいてくれたが、話しかけるのを躊躇っていた。だが歓迎されていないわけではない。事務所に席もあるし、書類もたんまり机にのせてあった。
その書類を一回、目を通してまとめる。他の開花者達が黙々と作業する中、隣の席の帆十倉裕貴が小さい声で
帆十倉:……ありがとう。
と返してくれた。
時間は昼を回った所で施設全体にチャイムが鳴り、休憩時間になる。夏希は接触を許されたとはいえ周りの反応は依然として変わらない。
開花者達が廊下を歩くと隊員全員が中央を開けて敬礼する。夏希は一番後ろの方を歩いていた。
すると、夏希が通る時には敬礼は終わり、悪質的に前を塞いでくる。前からぶつかられたり、後ろから押されたりする。
そんな中たどり着いた食堂、夏希が入るなり笑い声は消える。開花者達は近くの席で食べていた。その周りを囲むように隊員が座っていた。
夏希が席につこうとすると露骨に避けられる。長机の上にあるスパイスを取ろうとしたら「ひぃ…」と、こっちはスパイスを取ろうとしているだけなのに悲鳴をあげられる。
薄々気づいてはいたが、隊員として認められたが、僕に居場所はなかった。夏希がスパイスを取っただけと説明しても誰も何も言わない。それどころか謝りもせず、悲鳴を上げた人は青ざめて距離を取る。
夏希は怒らない。怒った所で何も変わらない。だから静かに食事を済ませて食堂を出る。
外の景色を少し眺め、図書室に入る。相変わらず隊員には避けられていたが、帆十倉がそこにはいた。
帆十倉:夏希、待ってたよ。
その声は周囲に聞こえていた。隊員達は帆十倉と夏希の関係が気になり、こちらを見たり見なかったりする。
帆十倉:食堂のあれ、嫌だったでしょ?
嫌という感情は正直なところなかった。こういうものなんだろうな…と受け入れていたからだ。
帆十倉:僕も最初は馴染めなかった。
帆十倉は自分でも性格に難があると自覚していて、当時は夏希同様、周りから避けられたり嫌な目で見られたりしていた。
暗いところにいるし、喋らないから何を考えているのかもわからない。
夏希は「花骸になったこと」が理由で避けられている。裕貴は「暗い性格・人付き合いの薄さ」が理由で馴染めなかった。似たような境遇だけど、全てが同じではない。
数日経っても周りの反応は変わらないが図書室にいる帆十倉は変わっていく。数日前の距離感とは違い、真横に椅子を置いて座っていた帆十倉。
夏希:最近、近いですね。
帆十倉:そう?命を救ってくれた恩人には敬意を示さないと。
帆十倉の肩が夏希の肩に当たるくらいまで近づく。周りの目なんて気にしない帆十倉は夏希と話していた。普段一人で行動して、一人で図書室に行く。そんな彼と似たような人が集まり、輪ができる。
だが、今の彼はその輪を抜けて明るく楽しく話していた。相手がどうであれ、帆十倉が楽しそうにしているのを見守る図書室の隊員たち。
帆十倉:夏希がいると安心しんするっていうか…、夏希なら友達になってくれるかなって。
夏希:いつも近くにいる隊員さん達とは友達ではないんですか?
帆十倉:うーん、非開花者の人達は開花者に媚を売るって目的の人達が多いから…なんとも言えない。
するとそこに美咲先輩が入ってきた。美咲は図書室で借りていた本を返却に来ただけだったが、仲良くしている夏希と帆十倉を見るなり近づいてくる。
美咲:(ボクだって我慢してたのに、最初はボクじゃないの…夏希。)
美咲は何も言わず夏希の手を握る。少しずつ美咲は夏希を帆十倉から離そうとする。だけど帆十倉は夏希が離れそうになると夏希の左手を掴んで戻そうとする。
帆十倉:何?
美咲:別に。
なんでもない様には見えない2人。
美咲は夏希は自分にとって大切で特別な人だから他の人に夏希を取られるのが怖い。帆十倉は恩人であり、本当の友達になりそうな夏希を離したくない。
夏希は左右から手を握られて、どういう状況になっているのか分からない。ただ1つ言えるのは、この場からすぐに退出するべきだ。
席を立ち、図書室から出る夏希。ここまではよかった。よかったのたが、手をまだ握られているとこは想定外だった。
廊下を歩くが手だけが少し後をついていくようだった。まるで自分の手が自分の腕についていない感覚、縄で引っ張られている感覚だ。
2人は手を離さない、美咲は「夏希を離したくない」。裕貴は「夏希のそばにいたい」。他人に見せつけているつもりはないが、明らかに隊員達に避けられている。
夏希:2人とも、そろそろ離れ…
美咲:……嫌だ。
帆十倉:まだ、一緒。
夏希の選択は間違いだった。嫌々話してくれるかと思えばさらに強く握られ、近づかれて板挟みにされる結果になった。
そんな中、この状況下で会ってはならない人が横を通り過ぎる。夏希と美咲と帆十倉は居住区に行くための廊下を渡っていたところ、前から朽名慶が通り過ぎる。
朽名:……ふっ。
小さく笑い声が聞こえて、そのまま立ち去る。夏希は思わず…
夏希:違いますからねっ!
と反論するが
朽名:何も見てませんから。
と返される。
居住区に着く三人。夏希の部屋の前に着いた。やっと手を離してもらえると思った夏希だったが…
夏希:じゃあ、ここで。
夏希は二人の手を離そうとするが離れない。
夏希:(いや、なんで?)
二人の顔を見るが悪びれている様子もない。
仕方なく部屋の鍵をポケットから出そうとするが、右ポケットにあるので当然ながら右手が塞がれているので取れない。夏希は美咲先輩に手を離してもらうよう言うが…
夏希:美咲先輩、鍵…
美咲:うん。
夏希:手を…
美咲:嫌。
速攻で断られてしまった。なら、あの手しかない。
仕方なく美咲先輩に鍵を取ってもらうことにした。この時は同時に手を離してもらうよう頼むと了承してくれたので、この一瞬を狙って部屋に入り、鍵を閉める。
ガチャ…。
美咲・帆十倉:夏希?
夏希は部屋に入ったとこで一気に緊張感が押し寄せてきてソファーに倒れ込む。汗をかいたので水を飲みながら窓から外を眺める。
外の空気を吸いながら、少し黄昏れていた。ドアの前からドタバタと音が聞こえるのをフル無視しながら…。
ドア前では
美咲は「なんで閉めるの!」・「夏希開けてよ!」と普通に駄々をこねる。さっきまで手を繋いでたし、部屋に入るのは当たり前じゃんと思っている様子。
帆十倉は反対的に、なんで鍵を閉められたのか考えていた。自分が拒絶された…という発想はなく、鍵を閉めた理由を純粋に分析する。
夏希は考える力を一回何処かに置こうとベッドに行く。部屋の明かりを消して"耳栓" をして眠りにつく。
変な時間に寝たものだから、夜中に起きてしまう夏希。夜中の施設は静かで、物音がしない。さすがの二人もこの時間までドアの前にいることはなかった。
さて、何をしようかな。夜中に起きたせいで、眠くないのが現状だ。せっかくだから夜の施設を見て回ろうとドアを開ける。
ドアを開けると誰もいないのを感じてホッとする。しかし…あの二人がいないだけで変な感じがする。
廊下を歩いている夏希。施設内は静かだが、外で警備をしている隊員はいる。隊員は夏希が歩いてくるのに気づくと一応敬礼する。
巡回してる隊員に挨拶を交わした後、再び施設内を回る。昼と違って夏希を遮る人たちは居ないのでスムーズに廊下を歩ける。
居住区から訓練所の方に行く廊下を歩いていると微かに
カンッ…、カンッ…
と音が聞こえる。もうこんな夜中なのにまだ剣を振るう人がいるんだと様子を見に行く夏希。
訓練所の入り口からそっと中を除くと菊地仙道が剣を振るっていた。ひたすら岩の柱に木刀を叩きつけていて、地面には数本の木刀が折れて散乱していた。
キィ…
夏希は少しだけ見たくなり、ドアを開けるが音がなった。
菊地:誰だ?
夏希:ど、どうも。
菊地:……なんだ、お前か。
一瞬だけ夏希の方を見て、また岩の柱に打ち込む。
夏希:いつもこの時間にしてるんですか?
菊地:………。
菊地は何も答えない。夏希も聞いたから答えを待っているが、返ってこないことで気まずい雰囲気になる。
元々夏希を一度殺している相手だから恐怖がある。そんな複雑な感情があるのに、普通に会話?していることが少し不思議に感じられる。
菊地:2170年、花骸の侵食が初めて確認された事件があった。
2170年は日本で初めて花骸が出始めた時、「花葬機動部隊」が出来た最初の頃。当時26歳だった菊地仙道は結婚していて、彼女とデパートで買い物をしていた。
もう時期子供が産まれる事もあり、菊地仙道は人の目など気にせずはしゃいでいた。
菊地:この服なんてどうかな?
彼女:この子にはまだ大きすぎるわよ。
菊地:ならこっちは?
何気ない会話をしていた。こんな日々がずっと続くのだろうと思っていた。
異変は始まった。
花骸というのは元々ニュースで耳にしていた。日本は島国だった事もあり、あまり影響がなかったのだが、輸入品のコンベアの中に花骸の種が入っていたのか侵食が始まっていたのだ。
侵食は恐ろしいスピードで根が花粉が人間の体内に入っていき、生命力を奪い、花骸にしていく。花骸になった者に触れれば花骸になるという負の連鎖が続いていた。
その負の連鎖はデパートにも侵食を進めていた。
菊地と彼女さんが買い物を終えてフードコーナーで昼食をとっていた時だった。デパート内から悲鳴が聞こえた。
人は何かに逃げるように走ってくる。菊地と彼女さんは何かがおかしいと思い、その場を離れることにした。
菊地は彼女さんの手を掴んで逃げる。後ろから悲鳴が絶えない、何かが迫ってくる。後ろを振り向いたら終わりだったが彼女さんが前駆陣痛を起こして倒れ込む。
菊地は彼女さんを抱き上げ逃げようとした時には花骸の根に侵食された。だが菊地は諦めなかった。最後まで彼女さんとお腹の中の赤ちゃんを守るべく自分の体で彼女さんを覆い、侵食を逃れようとしていた。
彼女:アナタ…。
菊地:絶対に、何があっても助ける!
目を開けた時には花骸の根は消え、夕方過ぎだった。辺りは棚や商品が散乱していた。
菊地は花骸に耐えた日本初めての人間だった。だが、自分が守っていたであろう彼女は花骸になっていた。花骸は息をしないのだが、微かに彼女であった者から息を吸う音がする。
菊地は諦めなかった、諦めたくなかった。なんで自分は適応したのに愛する彼女は帰らぬ人となっていた。菊地は彼女だった者を抱きしめてその場で立ち尽くしていた。
遅れて当時花葬機動部隊になる前の組織がデパートにいる花骸を殲滅しにきた。次々と倒される花骸や花骸になりかけている人をみた菊地は彼女だった者を抱き上げて影に隠れる。
花骸は人間じゃなくなると自我を失うのでさっきまで人間だった彼女でさえ菊地のことなど忘れてしまっている。当然ながら菊地を攻撃し始める花骸。
菊地はそんな彼女の攻撃をただただ受け止めるしかなかった。
1人の隊員が菊地に気づいて近づいてきた。
隊員:なぜ花骸を庇う。
菊地:……妻なんです。
隊員:危険だ、そいつを始末する。
菊地:違う…、まだ俺の妻なんだ。
その願いは叶うことはなかった。菊地と花骸は強制的に引き離され、隊員が花骸を斬ろうとしていた。
殺すなら、殺すなら自分の手で彼女を葬りたい。これは勇敢ではなく他の誰かに彼女を殺されるのが嫌だった。
菊地:俺は…、その時初めて花骸を殺した。愛する妻と子を。
夏希:どうして、その話を僕に?
菊地:あの時代にユーカリ適応者がいれば変わったのかもしれない。
菊地仙道はユーカリの能力を知っていた。だから新人隊員の能力がユーカリであり、花骸から生還したと聞かされた時には驚きは一切なく、憎しみでしかなかった。
なんで自分の時代に来てくれなかったのか…と、自問自答した挙句、一度殺す事件を起こしてしまったのだ。
いつの間にか朝になり、居住区から隊員達の声がしたところで菊地は訓練を終えた。




